第25話 まるで天使
「遅かったんじゃー!」
家に着くとなんとナンジャが泣きながら玄関に走ってきた。
「なんで昨日帰ってこなかったんじゃ! なんでわらわをほったらかしにしたんじゃー!」
ナンジャが俺の腰にすがりついて、わあわあ泣いている。これには俺もめんくらった。まさかあのナンジャが一日ほったらかされただけで、泣き
いやまあ、実を言うと朝、俺は帰ってきていた。急いでたから、制服に着替えてカバンを取るだけで、玄関と部屋を素通りだ。ナンジャも寝ていると思って声もかけなかった。
それがこんなザマとは思いもよらなかった。ひとりぼっちにされて泣くとは。
たった一声でもかけてやっていればよかった。罪悪感に
「悪かった、もう黙って外泊なんてしない。だから泣きや……」
ナンジャをなだめすかしながらリビングに戻って、
テレビがカチ割れている。机がひっくり返っている。部屋の中がメチャメチャになっていた。
「なんだこれは……」
俺は腹の底に冷え冷えとしたものを感じながら、テレビに突き刺さったプレステコントローラーを引き抜く。
俺の問いにナンジャはグズグズとベソをかいて、しゃくりあげながら答える。
「……あのな? 最初はみんな仲良かったんじゃ……。初めて来たんじゃーって言ったら、よしよしってみんな親切に、グリッチとか課金とか色々教えてくれてな? チーデスの時はみんなちやほやしてくれたんじゃー。ナンジャちゃんやるねーすごいねーつよいねーって……。なのにデスマで一気にムードが変わったんじゃ、わらわのキルレが上がるにつれてみんなイライラしてきたんじゃ……」
ほうほう、意味はわかるが使ったことのないワードがバンバン出てくる。はて、俺のPS4にそんなゲームはなかったはずだが。課金……はて?
俺が無表情で首を
「だいたいランクがなんじゃというんじゃ、高ランク武器持ち出して低ランクにキルされるのは弱いから悪いんじゃ、そんなウスノロどもは
なるほど、何やら
「初心者
クッションにしがみついて、ぐぬぬという顔で目の奥に暗い炎を揺らめかせるナンジャ。俺はコキコキと肩を回した。なぜか肩に力が入っている。ほっといたら間違いなく肩が
「わらわは詐欺などしとらん! ゲームだってこないだ触ったばかりじゃ! 初心者にやられるお前らがどヘタクソなんじゃ! 初心者にバカにされるお前らの自業自得なんじゃ! くだらんいいがかりでタゲりおって! ネカマだのボイチェンだのバビニクおじさんだの言いたい放題! 四、五人まではあしらえたんじゃが、十人越えたらわらわもお手上げなんじゃ
女のどうでもいい話は川のせせらぎに聴こえると聞くが、今の俺はまさにそんな感じだ。なんだかもうナンジャの話が全然頭に入ってこない。
ふう。水おいしい。
「カンジャ……」
「なんだ」
「テレビ買ってなのじゃ……」
「ダメだ」
「テレビ買って! テレビ買って! テレビ買って!」
ナンジャが再びジタバタと
「今すぐ買って! ドンキに行けばまだ買えるんじゃ! 今すぐ特訓してあいつら皆殺しにしてやるんじゃ! 十人だろうと二十人だろうとまとめて血祭りなんじゃ! だから今すぐテレビ買って! 買ってなのじゃ!」
身体をのけぞらせてビンビン
これは地デジ化の時に買ったテレビと聞く。子供の頃から使っていて、修理歴のある古いプラズマテレビなのだ。まあ正直、4kテレビに買い替えようかという話が随分前から出ていたくらいだ。
買い換えるのは構わない。が、
俺は、鍋に湯を
ナンジャは、テレビ買って買ってとベソをかきながら、鼻水といっしょにタラコパスタをすする。
飯を食うとナンジャは泣き疲れて眠ってしまった。涙のあとをほおに残して、親指をくわえてスヤスヤしている。なんて可愛い寝顔なんだ。まるで天使じゃないか、
俺は風呂に入る。丸一日というもの色々ありすぎて、俺は頭の中が空っぽだった。今日は泥のように眠れるだろう。
その前に全身を時間をかけて洗うことにした。全身を石鹸の匂いにして、歯を念入りに
早く部屋に行こう。
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