第24話 人の昼飯を笑うな

沙希さき

「なあに? 火馬ひまくん」


 にっこりと笑う沙希。その表情は他のクラスメイトに見せる表情と同じだった。昨日までの沙希と違う。すきのない笑顔。


「今朝の……」

「ごめんね、お話ししたくない」


 一瞬で無表情になり、教室から出ていく。ざわっと教室の空気が変わる。俺が追いかけようとすると、クラスの女が俺の前に立ちふさがった。


「な……なんだよ」

「それはこっちのセリフだよ火馬」

「あんな沙希見たことない」

「火馬くん、いったい何をしたの」

「いや…………」


 言いよどむ俺に、女どもの表情がピリッと変わった。


 だがなんと説明すればいいんだ。俺は何もしていない。なんというか……いろいろタイミングが悪かっただけ。コントのような展開で話が転げ落ちただけ。運命の神様がいれば、多分、笑い転げていることだろう。


「とりあえずちょっとどいてくれないか」


 うんざりした顔でそう告げると横をすり抜けようとする。すると、クラスの志位しいが、胸を突き出して立ちはだかる。小柄なくせに気の強い女子だ。がんとして動かないぞという気迫に満ちている。しばしにらみ合うと、俺はあきらめた。もういまさら追っても、追いつけない。


「何もいうことないの?」

「ねえよ」


 吐き捨てる俺にクラスの目が一斉に向くのを感じた。なんか今日は変なムードだ。沙希がヘソを曲げただけでずいぶん、クラスがピリピリしている。そんなムードメーカーだっけ、あいつ。

 喉がかわいた、ついでにトイレに行こう、と教室を出たら児玉こだまが寄ってきた。


「どこいくの?」

「トイレだ」

「僕もいくよ」


 なんだ? 高校生にもなって連れションか? と思ったが断る理由がない。矢神と草野もついてきた。なんだかこの人数は気恥ずかしい。何か用があるのかと思ったが、俺の後ろからついてきて何も言わない。

 用を済ませて席に戻ると、いつもの三人組は解散した。結局、言葉を交わしていない。なんなんだよ。

 それから休み時間のたびに、沙希に接触しようとするが、なぜかクラスの女子どもに邪魔されることが続いた。昼休みに逃げられた後はもうクラスにいるのがバツが悪く、俺は中庭に逃げることに決めた。スロープわきのコンクリ段差に腰を下ろしてタッパーを開ける。ちゅるちゅるとタラコパスタをすすってるとろうがやってきた。


「何食ってんの?」

「昼飯だが」

「ふうん」


 なんかこんな会話最近あったような? 俺の昼飯がなんだというんだ。


「お前は飯、どうしたんだ?」

「ああ、僕は昼ごはん食べないんだ」

「何言ってんだ、昼くらい食えよ。腹が減らないのか?」

「心配いらないよ。その代わり朝いっぱい食べてきてるからね」


 朗は身長のわりに身体が細い。 180cmの背丈に60kgくらいの体重じゃないだろうか。とてもじゃないが、健康的には見えない。だから入間いるまみたいな連中におちょくられてしまう。


「だからそんなせっぽちなんだよ。ほれ、食えよ」


 俺はタッパーのふたにパスタをよそい、朗に分けてやる。朗は手掴みすると、ひとみした。見かけに似合わずワイルドな食いっぷりだ。噛まずにいったんじゃないか? こぶし一つ分のパスタが一瞬で消えた。


「これなに?」

「タラコスパゲッティだ」

「不思議な味だね」

「いたって普通のタラコスパゲッティだが」

「初めて食べた。こんなパスタ見たことないよ」

「そうなのか? 日本じゃ、ど定番ていばんだぜ?」

「へえ、知らないなあ。あっちにはないからね、タラコ」


 あっち? 俺が怪訝けげんそうに朗を見ると声が聞こえた。

 おい、朗、と入間の取り巻きが廊下から声をかけてきた。俺は立ち上がり威嚇いかくする。簡単に頭にきた。俺は今日不機嫌なんだよ。

 やる気かこら的なジェスチャーはしたが、連中はさっさと消えてしまった。俺は腹の底がえ立つような気分になった。


「……入間と話つけていいか?」


 朗はあははと笑うと首を振った。

「入間くんね、ああ見えて良いとこあるんだよ」


 俺は朗を見た。なにも強がってる感じはない。俺はふうと息を吐くと、腰を下ろした。


「見るに見かねたら、俺も黙ってられないぞ」


 にっこりと笑う朗。

「君は良い人だね、火馬くん」


 同級生の男子にそんなこと言われて、照れ臭いやらバツが悪いやら、俺はなんかむくれてしまった。


「そんなことより、火馬くんのクラス、空気ちょっとおかしくない?」

「……あー……」

「ぼくが話つけてあげようか?」

「…………やめてくれ」

「見るに見かねたら、ぼくも黙ってられないし」

「わかったわかった、俺が間違ってた。これは俺がなんとかする問題だ。他人のおせっかいはいらない」


 朗はそう言いたかったのだ。だが気持ちは嬉しい、と。そういうフォローまで入れて。


「どうにもにならなくなった時はお願いするよ」

「ああ……」


 こいつは俺が思っている以上に大人だ。俺は自分の子供っぽい思い込みを自覚させられて、恥ずかしくなった。俺もしょせん、入間とその取り巻きと同じなのかもしれない。


 結局、沙希とは放課後までその機会もなく、下校時間を迎えてしまった。

 やれやれと俺は図書館の席を立ち、暗くなる前に帰ろうとする。そういえば昨日は泊まりだった。ナンジャのことだから心配いらないだろうが、ほったらかしすぎは流石さすがに気がとがめる。


 校門を出るところで沙希が立っているのを見た。こちらに気づくと、カバンを抱いたまま、しばし目が合うと、背を向けて行ってしまう。

 追いかけねば、という気持ちに突き動かされる。大声を上げて呼び止めねば、と肺が大きく息を吸う。なぜかブルブルと手が震える。追いかけねば、という気持ちと、帰らねば、という気持ちが心中しんちゅうでせめぎ合っている。


 が、今日ももう遅い。さっさとスーパーでタラコを買って帰らねばならない、と思い、俺は息を吐き出した。とりあえず、沙希のことは後回しだ。


 今はタラコタラコタラコ…………。

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