第15話 ナンジャどこだナンジャ

「さっきも言ったようにだな! 二度と俺に催眠術は使うなよ!」

「高いのじゃー。速いのじゃー」


 俺はナンジャを肩車かたぐるましたまま走っている。ナンジャはニコニコ笑っている。


「いいかたがダサいのじゃ。メンタルマニュピレーションというのじゃ」

「さっきと違うじゃねえか! 言い方なんてどうでもいいんだよ」

「ぜいたくいうななのじゃ、さっきはわらわの催眠術で助かったくせに。ほれ、もっとはよう走るのじゃ」


 俺はスピードを上げた。


「そう言う問題じゃねえ! お前みたいなクソガキに催眠術で操られるかと思うと我慢できん! 沽券こけんに関わるんだよ!」

「わかったわかった。おぬしにはもう催眠術はかけん。ほれ、もっと馬のように走れ」

「本当だろうな!」


 俺は馬のように走った。


「約束するのじゃー。ハイヨー。ほれ、ギャロップじゃー」

「信じるからな! 嘘つきやがったら承知しょうちしねえぞ!」


 俺はギャロップした。


「ふう」


 日曜ともなると街中は人が多い。なんか視線を集めてるような気がするが、気のせいだろう。俺たちは目的地に到達した。

 生々なまなましい事件現場は、野次馬でごった返し、張り巡らされたバリアラインで人の接近を阻止そししている。

 本来なら来たくもない。昨日、影と戦ったパテントビル。忌々いまいましい場所だ。


「なんか見えるか?」

「もちっと向こうへ」

「おい、催眠術はナシだからな」

「わかっとるのじゃ。中まで入ろうとは思わん」


 ナンジャは肩の上で、キョロキョロしている。こいつが何をやろうとしてるか、わからないしわかろうとも思わない。俺はただ一刻も早くこの場から逃れたくてそわそわしていた。

 だが、ナンジャが落ち着いているのに、俺様が逃げ出すわけにはいかないだろう。畜生ちくしょう、落ち着かないぜ。


「わかったのじゃ」

「なにがわかった?」

「なにもわからんことがわかったのじゃ。痕跡も何も残っとらん。これ以上ここにいても無駄じゃ」

「じゃあ帰ろう」


 俺はきびすを返す。こんな場所からは今すぐにでも遠ざかりたい。


「おにーさーん」


 声がした。人混ひとごみにまぎれて、知らん顔で通り過ぎよう。


「ナンジャちゃーん」


 つかまった。どうして追いつかれたのだろう。昨日の三人組だ。今日は私服だ。赤毛が、ハアハア言いながら笑っている。


「ナンジャちゃんがさ、人の頭の上に見えてさ、何かなって思ったら。おにーさんが肩車してんの」

「わらわの馬なのじゃ」

「ウケるw」

「ニンジンどこだしww」


 なるほど。肩車のせいか。俺はナンジャを肩から下ろした。えーと。


「あたしナル、ね。こっちがミキ、マコ」


 赤毛がナル、細いのがミキ、丸いのがマコ、ね。


「ナンジャちゃんに会えるかなってナルが」

「マジで会えたし」

「ウケる」


 俺はしゃがみこんでナンジャに言った。


「おい、めんどくせえ、こいつらの記憶消しちまえ」

「そんな簡単じゃないんじゃ。記憶の操作も催眠術の延長なんじゃ。襲われた記憶を悪夢に付け替えるとかそういう単純な仕組みなんじゃ。そういう作業を繰り返して、あったことをまるまる消すとかややこしいんじゃよ」


 ふむ、昨日のカラオケを消すとか、撮られた写真を消すとかそういうのは難しいと言うわけか。


「完全に消せるのは、わらわに関することだけじゃ」

「……何でだ?」

「慣れとるからの」


 うーん、何と答えたら良いものか……。


「なにするんじゃ」

「おっと」


 気がついたらナンジャの頭をでていた。髪の毛がサラサラで、すっぽりと手の中におさまって、気持ちいいなこいつの頭。


「仲良いっすね」

「ああ? そんなことねえよ。これはな。生意気なガキの頭をアイアンクローしてやってんだ」


 ゴリゴリと指先でナンジャの頭をめ上げる。


「コリがほぐれるんじゃー」

「おにーさん、こないだのナンジャちゃんの写真あげる」

「ま……もらっとくか」

「ツボにあたるんじゃー」


 本当はいらんが、無碍むげにするのも悪い。


「めんどいからラインのID教えてよ」

「ラインやってないんだ」

「気持ちいいんじゃー」

「入れてよー!」

「わ、わかったよ……」


 俺は見ての通り、デジタルは強くない。スマホなど俺にはただの文鎮ぶんちんけん電話機だ。四苦八苦しくはっくしてラインをインストールする。外だと通信に時間がかかるな……。


「ほんと妹さんのこと好きっすねえ、おにーさん。でもあんだけ可愛けりゃそりゃそーなるよね」

「いいのは見てくれだけだ。中身はクソガキだぜ」

「あはは、そう隠さなくっても、シスコンなおにーさんも、そのー、素敵っすよ? ……でも、カンジャさんって、ナンジャちゃんと血がつながってないんだっけ?」


 カンジャ? ああ、そう名乗ってたっけ。訂正ていせいするのもめんどくさい。


「まあな、見たらわかるだろ。髪の色も違う、目の色も違う、顔も似ていない」

「あーじゃあ、あれだ、ひょっとして、シスコンじゃなくて、……ロリコン?」


 あーん? 聞き捨てならんな。俺は真顔のまま、ナルに歩み寄った。


「じ、冗談だって……そんなマジになんなくても……」


 ナルを壁際まで追い詰める。そして壁にドンと手を当てて、笑う。


「俺がロリコンかどうか試してみるか?」

「あ……あのっえっと……そのっ…………」


 気がつくとナルが顔を真っ赤にしてあわあわしていた。おう。これはしまった。沙希のせいで、探り合うような会話がならしょうになっている。これを気安きやすくない仲でやったらどうなることか。俺は想像力が足りてなかった。

 微妙な雰囲気になってしまった。さて、どう収集しゅうしゅうつけるべきか。


「あれ? ナンジャ?」


 知らん間にナンジャがいなくなってしまった。


「ナンジャ? ナンジャー!!」


 俺はあわてた。ナンジャがいなくなったらどうしよう。俺は軽いパニックになった。


「お、おにいさん、おちついて!」


 見かねたナルが俺に声をかけた。


「これが落ち着いていられるか! ナンジャがいなくなったんだぞ!」

「だからっ……ナンジャちゃんはあそこ!」


 ナルが指差した先は、アパレルショップ。こないだ服を買った店だ。


「ミキとマコが一緒だから! 心配いらないから!」


 俺は脱兎だっとごとく駆け出して店に飛び込んだ。中にナンジャとギャル二人の姿を認め、安堵あんどのあまりひざから落ちた。


「あ~~~~よかった…………」

「ご……ごめん…………」

「勝手にナンジャちゃん連れてきちゃって……」

「そんなに心配するなんて思わなかったし……」


 俺の狼狽ろうばいっぷりに、ナルが本当にすまなそうに言う。


「ホントごめん。妹思いのおにーさんを茶化したりして……今度からこんなことしないから許してくれる?」


 ギャルどもが何か言ってたが、俺の耳には入らない。ナンジャがいなければ俺は、吸血鬼に命を狙われても、身を守る術もないのだ。まだ近所をウロウロしているはずの化け物を想像して俺は震え上がった。


 顔を上げるとナンジャがいない。


「ナンジャーっ! ナンジャーー!!」

「落ち着けし」

「試着室だし」


 あわって試着室のカーテンを開けようとする俺をギャルどもが止める。


「おにーさんシスコンすぎだし」

「シスコンつーか、ロリコン?」

「ちょちょちょっと……」


 マコの言葉に顔を青ざめるナル。その時には俺も少し落ち着いてきた。ニヤッと笑って余裕で返す。


「妹より、君の方が全然魅力的だぜ」


 またやってしまった。ワハハと笑うマコ。なんか怒ってるナル。


「どうなんじゃー」


 試着室からナンジャが出てきた。おおっと盛り上がるギャルども。ぬうっと顔をしかめる俺。


「映える映える!」

「ちょーいけてる!」

「うわっ、こらたまらんわー」

ひかえめに言って最の高よな」


 おい、一人多いぞ、マネキンのねーちゃん。

 俺らをポリこうに売り飛ばしといて、知らん顔で混ざるんじゃない。


「おにーさん、めたって」


 うむ。清楚せいそで真っ白な丸襟まるえりフリルブラウス。そでとタイにくるりと巻かれたワインレッドのリボンが良く映えている。シックなブルーグレーのチェックスカートは膝上丈ひざうえたけで、可愛らしい膝小僧ひざこぞうを見せている。くるぶしで折り返した白い靴下には赤いさくらんぼがちょこんとのり、光沢こうたくのある黒いフォーマルシューズはかざがなく、それが一層いっそう、背伸びした女の子の可愛らしさを際立きわだたせる。

 み上げた髪でハーフアップにした顔でおすましされると、妖精のようだ。


 ハートをギュッと掴まれる。そんな俺が言いたいことはただ一つ。


「おい、これはどういうわけだ」

「トータルコーディネートですが」


 ギャルどもが写メを撮りまくる。ナンジャはおしゃまなポーズをとる。


「お買い上げ前の写真はご遠慮いただいてます」

「髪の毛はなんなんだよ」

「髪の毛もトータルでコーディネートでございます」


 マネキンねーちゃんのナンジャへの執着しゅうちゃくはヒシヒシと感じてはいたが、接客せっきゃくほったらかしで子供の髪を編み上げるとはね。職場放棄ほうきに等しい。腕組うでぐみする俺にナルが耳打ちする。


「で? ラインのIDは取れたの?」

「あっと……えーと、これでいいかな……」

「じゃあ……昨日のナンジャちゃんの写真、これ」

「うちでお買い上げの服ですね」

「送るね」

「可愛いっすね」

「ああ……」


 いつの間にかマネキンのねーちゃんがスマホをのぞんでいる。ただならぬのオーラをはっしている。無視しようかと思ったが無理だった。つい気持ちが折れて、ライングループに招待してしまった。

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