第14話 WMにようこそ
俺は朝から、玄関先だ。
「うるさいのじゃあ」
ナンジャがぼさぼさあたまで眠い目をこすりながら出てきた。Tシャツいっちょだ。おいおい、女の子がそんな
「なにやってるのじゃー」
「表札を
「そんなことしても無駄なのじゃ。住宅地図で調べればパツイチなのじゃあ」
住宅地図とかよく知ってんなオイ。
「それでもよう……しないより少しはマシかも知れんだろうがよう……」
「
悪気のひとかけらもないナンジャに、怒りの
それにこいつは俺の
実に不本意なことだが、吸血の化け物とやらに
ある程度、文字が削れたところで
家に戻ると、ナンジャが
俺はナンジャにバスタオルをかけてやり、紅茶を
それをすすりながら、
茹で上がったパスタをフライパンでタラコと
「お
「これでも飲んでろ」
甘いミルクティーをカップで渡す。
「む、ちょうどいい濃さなのじゃ。おぬしなかなかできるのうなのじゃ」
「これ、テーブルに並べてくれ」
「えーなのじゃ」
「飯抜くぞ」
「えーなのじゃ」
ナンジャに皿とサラダを運ばせて、大皿にタラコスパゲッティをよそう。
「わーいなのじゃー」
ナンジャが大皿のパスタの大半を自身の皿によそってしまう。そんなこったろうと思って、フライパンに分けておいた。俺はそっちを皿によそう。
「おい、野菜も食え」
「うるさいのじゃ」
「野菜とらないと便秘になるぞ」
「いいのじゃ。レタスなんて
「まあとにかく食え」
サラダを無理やりナンジャの皿によそう。
「トマトがぐちょっとしてるんじゃー」
「
ナンジャがいやそうにサラダを口に運ぶ。一口食べて、表情が変わる。
「……なかなかうまいのじゃ」
ナンジャがもりもり芋虫の
「まんぷくなのじゃー」
ナンジャがテーブルから離れ、ヨギボーに飛び込む。しがみつきながらうーんと
「ほれリンゴ、切ってやったぞ」
「おなかいっぱいなんじゃ」
「口の中、油だらけだろ。りんごで綺麗にしろ」
俺はフォークに刺したリンゴを、ナンジャの口に押し込む。
「大きいんじゃー。もっと薄く切るのじゃー」
「
「非科学的なこというななのじゃー」
こ、このガキが非科学的というのか。自称、魔法使いが。ナンジャはしゃくしゃくと口を動かしながら、目を閉じる。ふう。俺はソファに腰掛けてテレビをつける。
ワイドショーが爆発事故を報じていた。改装中のテナントビルが、謎の爆発で、壁に穴が開いたらしい。現場には火の気がないのに、内部のコンクリ壁がところどころ焼け焦げていて、放火の疑いもある、と。ほう。実に不思議な事件だな。
「おいナンジャ」
「むにゃむにゃなんじゃー」
「お前の大活躍がテレビでやってるぞ」
ナンジャの頭を膝に引っ張り乗せ、目を指で開いてやる。むいーと顔を
「知らんのじゃ」
「
「暗くてよく覚えとらんのじゃ。どうせ証拠もないし。それにわらわは世のため人のため害獣退治をしたのじゃぞ。壁に穴が空いたくらいで、責められるいわれなどないのじゃ」
ピンポンが鳴った。なんだろう。玄関の
「あああああの、ななななんのごようでしょう」
「
「いい、いたずらされたのかなあははは」
「近所の人が、あなたが朝からカンカンやってたって」
「ききき聞き込みですか。ちょっと思春期の
「ところでねえ、火馬さん。昨日の夜、あなたどこにいましたか」
実にストレートで実にクリティカル。おお神よ。警察にすべてを知られているのか。ドキドキ
「ええと、買い物して、えー、カラオケとか、あー」
「この荷物、火馬さんのですよねえ」
見覚えのある紙袋。昨日寄ったアパレル店の
「そそそれがなぜわたしのだと?」
「あなた昨日この店でお買い物しましたよねえ。ご記憶ですか?」
警察官がレシートをひらひらする。しまった。店でポイントカードを作ったのだ。それで住所を突き止められたのだ。スリーアウツ。ゲームセット。
「あーーーーーーーー…………」
「間違いない?」
「…………はぃ」
「じゃあねーちょっとねーお話をねー署のほ……」
鏡もないのに顔が青ざめていくのがわかる。これはカツ丼コース。天気の良い日曜日の朝からなんてことだ。
「えー……………………」
突然、警察官が紙袋をこちらに渡した。
「はい?」
俺は受け取る。
「では忘れ物、確かに届けましたよ」
「気をつけてくださいね」
「では我々はこれで」
俺は玄関先まで出た。
「お巡りさん! ありがとうございました! 忘れ物わざわざ届けていただいて、本当に助かりました! 感謝します!」
不自然なほどの大声だ。聞き込みされてパトカー横付けにされては、近所で
「ふう~~~~~~~~~~~~」
どっときた。俺は玄関に崩れ落ちる。
「や……やばかった…………」
「ポリスなどものの
ナンジャの催眠術だ。人生最大のピンチだった。
「うかつよの。おぬし、これはお気に入りと言ったはずなんじゃ」
「そうか、忘れてたぜ。いろいろ荷物が多かったからな」
ナンジャがころころと笑う。
「あるじも近くにいたであろうに。顔を見てやりたかったのじゃ」
おそらくな。ナンジャが餌を
そしてあの
その気なら
「こないだの話の続きなのじゃ。
ナンジャがアイス食いながら、途中で寝てしまったときの話か。
「ああそうだな。いまいちピンとこない」
「奴らは知性もあり、理性もある。そやつらが知性も理性もある相手に
「……まあ、
「その通りじゃ。奴らの狩りは慎重かつ
「なるほどつまり……」
「そうじゃ、
ナンジャの言葉を聞きながら、俺は
「そんな奴に
「平気じゃろ?
それは前に聞いた。ナンジャも絶対の自信があると言うことか。
なら俺はせいぜい、ナンジャの尻に隠れ続けることにするわい。
「それにしてもおぬし、まさかなりそこないに抱きつくとはのなのじゃ」
「なりそこないだなんて言うなよ」
「おかげで珍しいことになったのじゃ」
「?」
「狩りとはな、相手に気づかれぬよう、近づいてゆくもんなんじゃ。ここまで相手を露骨に挑発する、こんなことは普通やらんのじゃ。おぬしがバカやったせいで、わらわも乗せられてしもうた」
ナンジャはヨギボーにどっかと身体を
「ふふっ。それにしてもおぬしのおかげでこんどの仕事はおもしろいのじゃ」
「俺は面白くねえよ!」
「なにするんじゃーっ!」
大人しく聞いてりゃ好き勝手言いやがって。俺はナンジャを肩に
「おかしかったんだよ。俺があんな危ない橋を歩くわけねえ。俺をあのビルの中まで誘導したのは、お前の催眠術だろうが」
「マ、マ、マ、マインドオペレーションと……」
「横文字にしてもカッコよくねえ!」
「ギブなのじゃーーーっ!」
俺は力を入れた。ナンジャが悲鳴を上げる。
「まあ百歩
ナンジャの身体を回しながら落とし、背骨を膝に叩きつける。ケブラドーラコンヒーロ。メキシカンレスラーの
「じ、じなながっだじ、あれがいぢばんでっどりばやがっだのじゃ!」
「ひとつ間違えば大怪我してただろ!」
俺はナンジャを
「でも、ほっといたら被害が増えるだけなのじゃー!」
「だからって誰かを
再びナンジャの身体を抱え上げ、ベッドに背を向ける。そのままリバースデスバレーボム。
今度は正面からナンジャの身体を抱え込む。
「そそそそれだけじゃないのじゃ……こちらはある程度、居場所を知られてるのじゃ、
ノーザンライトスープレックス。
「なにか言えなのじゃ!」
「わーんなのじゃー!」
スパインバスター。
アリウープ。
キャプチュード。
ペディグリー。
決まった。見事な人間
「
「はあはあなのじゃー……」
「怪我がなくとも、注意をしていても、危ない目に合わせるとはこういうことだ」
俺は今、
事故とは起こるものなのだ。いまも何かの間違いでナンジャは怪我したかも知れないのだ。
「これに
はあはあ言いながら、ナンジャが目を細めてる。心なしか
「……ちょっと楽しかったんじゃー」
げ、俺のやったことは
「またこんどこれやっても
はあはあしながら目を閉じるナンジャ。しまった、優しく
何の
これには俺もガックリ。
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