第12話 激闘

「右じゃ」


 肩の上に乗るナンジャの指示に従って、俺は道を右に曲がる。


「どうした」

いたえさにかかったようじゃ。思いのほか動きが早いのう」

「餌?」

「はよう走るのじゃ」

「わかった」


 俺はあしで道を急ぐ。日のれかけた街角に現れたのは、改装中のビルだ。百貨店系の商業施設が撤退てったいし、しばらく放置ほうちされていた建物だが、今度大手パチンコチェーンが入居にゅうきょするという。


「先に行くのじゃ」


 そう言って、ナンジャは俺の肩から工事用のフラットパネルを乗り越えて、さっさと中に入ってしまった。


「おい!」


 乗り越えようにもフラットパネルだ。とっかかりもなく、とても乗り越えられそうにない。しばし周囲を走りまわり、隣のビルの非常階段から、中を見下ろせることがわかった。壁を乗り越え足を伸ばすと、フラットパネルに足が届く。


「よっと……」


 支柱パイプを足がかりに、なんとか進入に成功する。パネルが倒れるんじゃないかと心配したが、現場のおっさんが良い仕事をしたらしい。無事に着地した俺はそのまま、はいビルのとびらに向かった。

 鍵の心配はなかった。なぜなら扉が半開きだったからだ。

 建物の中に一歩踏みこんだ瞬間、空気をく音が聞こえ、何かが突き刺さった。


「あれ?」


 奥から黒い何かが伸び、たったいまくぐり抜けたばかりの扉をやりのようにつらぬいている。俺が呆然ぼうぜんと見ていると、するするとそれは縮み、闇に消えていった。


「やべえな……」


 完全にわなだ。警戒けいかいして進まないと、死んでしまう。俺はナンジャに追いつくべく慎重しんちょうを進める。黒い槍の伸びてきた方向に身をさらさぬよう、物陰ものかげでかばいながら奥へと進む。

 床にはいつくばる影を見つけた。

 俺は影に駆け寄り、かかえ上げる。警戒けいかいなど必要ない。これはさっき会ったばかりの女子高生三人組の一人。髪が黄色く、足の太い子だ。


「息はしてる……な」


 口元に手を当てると呼吸を感じる。

 ぐったりしているが命に別状べつじょうはなさそうだ。俺はその子を抱えさらに進む。重たい。60kgはあるだろうか。


 シュボウッ、と音が聞こえ、光が闇を貫く。ナンジャの雷撃だ。すでに戦いは始まっているらしい。もう一人女子高生を見つけた。長い髪の細い子だ。持ち上げる。二人合わせて合計100kgを越えている。これは運ぶのは無理だ。

 俺は二人を物陰ものかげに横たえると、光の方向へ進む。フロアを区切る壁の向こうから、稲妻が伸びてくる。せわしなく、細かい雷撃が続く。


「おっと」


 後ろ跳びに、影の攻撃をかわしたナンジャの身体を避けきれずとっさに受け止める。

 ナンジャの右手にはあのつえだ。どこに持ってたんだよそれ。


「おぬし……」


 そのまま柱に隠れる。たったいま立っていた足元に、影の槍が突き刺さる。あぶないところだった。


「邪魔じゃの」

「おいおい、せっかく来てやってんのにどういうこった」

「うーむ、さっさと仕留しとめておぬしに後始末を頼もうと思ったんじゃが……」


 あれ? 何か脳に違和感を感じる。あーこれ……。

 完全にやられてるわ、と認識したが、とりあえずこの状況を何とかしてからだ。


「何すりゃいい?」

「今はない。せいぜいわらわの稲妻に気を付けるが良いのじゃ」


 確か稲妻は秒速150km。うん、せいぜい気をつけることにするよ。


「てや!」


 ナンジャが稲妻を放つ。俺はとっさに飛びついてナンジャの杖を掴んでねらいをらした。


「なにするんじゃ、おぬし。邪魔するんじゃないのじゃ」

「なにするんじゃじゃねえ! お前はあれが見えないのか!」

「見えとるが?」

「見えとるがじゃねえよ!」


 影をまとい、闇に溶け、正気をなくした姿でたたずんでいるのは、三人組のギャル女子高生、最後の一人だった。髪が赤く、スカートの短い子。

 人間だぞ。お前は人間相手に電撃喰らわせる気なのか。


「拾ったのじゃろ、あの二人を。心配いらん、死ぬほどではないのじゃ」


 と、ナンジャが電撃を放つ。女子校生が避けると、コンクリに穴を穿うがつ。おい、話が違わねえか?


「ナンジャー!」

「ちょっと手元が狂っただけじゃ」

「そっちじゃねえよ! 威力が強すぎねえかっての!」

「なりそこないになりかけじゃ、この程度、なんてことないのじゃ」

「信じていいんだろうな!」

「当たり前じゃ」


 再度、ナンジャが電撃をはなつ。電撃が壁に跳ね返って、フロアが稲妻の蛇の巣だ。俺はのけぞり暴れ、退く。


「うーん、狭い場所では電撃がねるのう。ちなみに前の二人は、加減をあやまってあやうく殺しそうになってしもうた」


 全然信じられねえ。


「うーん」

 ナンジャは首をひねり、杖を二、三度素振すぶりする。


「本調子じゃないのじゃ」

「不調で何人も殺しかけんな! ……どうすんだこれ」


 ギャルの身体から槍が伸びる。カカカカッとコンクリート壁に穴を穿うがつ。


「殺すのか」

「まだ人間に戻せるのじゃ。要は電撃で、あるじの毒を焼き尽くしてしまえば良い。じゃが……」


 ナンジャが杖で影の槍を叩く。バチバチッと、火花が目をおおわんばかりに立ち、一瞬で焼き尽くす。


「こいつはさっきの二人より毒が強いんじゃ。加減がめんどくさいのう。このおなご、いっそ最大火力で……」

「ダメに決まってんだろ!」

「この女がなりそこないにててしまえば、どのみち始末せざるを得ぬのじゃ。なら、わらわがここに来なかったことにすれば結果は変わらなくはないかなのじゃ?」


 ボケかマジか判断がつかない。そんなナンジャにガチツッコミは無理だ。


「とりあえず最大火力はやめてくれ、誤爆ごばくされてはたまらない」


 ふんと鼻を鳴らすナンジャ。大きく杖を振りかぶる。


「まあ心配するななのじゃ! 電撃でおぬしの心臓が止まっても、心臓マッサージくらいしてやるのじゃ!」

「そりゃありがてえな!」


 ナンジャが電撃を放った瞬間、俺は柱から飛び出した。稲妻がギャルの目をくらますすきをついて、足にしがみついた。おーすげえ力だ。


「な、なにをしとるんじゃおぬし!」

「いいから攻撃続けろ! 俺に当てるなよ!」

「無理いうななのじゃ!」


 俺はばたつくギャルの足に必死にしがみつく。スカートがまくれるが、パンツに目をやる余裕もない。

 ナンジャが電撃をはなち続け、稲妻のえだが俺の身体を打ち続ける。衝撃で身体が勝手に海老反えびぞるが、思った通りだ。死ぬほどではない。床をのたうつように背後に回ると、ギャルの両手首を握りしめる。こいつが槍をてのひらから出すのをみた。攻撃をふうじるためだ。

 俺もそこそこ腕力には自信があるぜ。絶対に離すもんか。


「ナンジャ! いまだ!」


 俺ごと撃て、という意思表示だ。さっきからナンジャの電撃は不安定だ。今の攻撃は危険すぎる。俺を殺さない程度の手心てごころさえ加えてくれれば、この子も死なずに済むはずだ。

 俺はナンジャを信じる。


「ふん」


 ナンジャが一気に距離を詰めると、ギャルの胸に杖のを当てた。


「んぎゃあああああ!」


 柄から稲妻が絶え間なく流れ出、俺たちを包み込む。皮膚一枚の下に絶えず流される電撃が、全身の筋肉をしびれさせ続け、凄まじい不快感に悲鳴が上がる。


 メチャメチャ足が痺れた時のあれが、全身を包み込むような感覚だ。


「……なにをやっとるんじゃ、おぬしは」


 おう、それは自分で自分に聞かせてやりたいぜ。まさかこのガキ、ここまで容赦ようしゃないとは思わなんだ。ギャルをかばったつもりだったが、何の役にも立たなかったぜ。


 ようやく電撃が止まると、ナンジャはギャルの髪の毛をつかみ、じっと目をのぞむ。ギャルが犬のようにうなる。だが、身体は動かない。電撃のダメージが残っているのだ。


「見とるか? こやつのよ」


 ナンジャがギャルの目を覗き込みながら、ささやく。俺は思い出した。なりそこないと主人あるじの感覚は、一方向だがつながっていると。


「ようもまあこんな安いエサにガブガブ喰いついてくれたもんじゃの、ダボハゼのように。しかもいではないかなのじゃ」


 ナンジャが主人あるじ挑発ちょうはつしている。


「確かに餌をいたのはこちらの方じゃ。こちらはおぬしをほっとくわけにはいかんからの。あのようにいカスをポイ捨てされちゃかなわぬのじゃよ。これは警告けいこくだったんじゃ」


 喰いカスとはこないだのなりそこないのことだろう。つまり警告とは……。


「のうあるじ、ぬしはそれとわかってわらわの目の前でポイ捨てして見せたのじゃ。それはつまり、そのつもりである、ということじゃろ。よろしい、ならば戦争じゃ」


 ギャルがナンジャの手首に喰いつこうとする。ナンジャが電撃を流す。のあああああ。俺までしびれるううううう。


「なに、ぬしにうらみなどない。ぬしもわらわに恨みなどなかろう。われらはこのように生まれついただけじゃ。かなしきさだめよのう!」


 ナンジャが杖をかかげた。


刮目かつもくせい! わらわはぬしを滅ぼすもの! わらわの名はナンジャ!」


 え? そっち? そっちを名乗るの?


「そして……おい、なのじゃ」


 電撃で息もえの俺の頭をつかみ引っ張り上げる。


「おぬしのなまえ……なんじゃったかな……」

「カ、カ、カ、カイ…………」


 そういえば名乗ってない。というかこの流れで名乗らねばならんのか? 完全にろくでもないことにしかなりようがないではないか。おいナンジャ、どうする気だナンジャ。


「カ、カ、カ……カンジャ……」


 ナンジャに抗議したつもりが、電撃で痺れた舌からおかしな言葉が出た。カイヤとナンジャが混ざったのだ。だがこれさいわいよ。どのみち雷にやられた頭にマシな偽名ぎめいなど浮かぼうはずもなく。ざつだがこれを名乗りに使う。


「……ってことでよろしく」


 本当の名を吸血鬼に知られるより相当マシだ。

 するとナンジャは俺の顔を、ギャルの眼前に突きつけて叫んだ。


「こやつの名はカンジャ! 火馬ひまカンジャ! われらナンジャカンジャ! うつろなる畢生ひっせいげるナイチンゲールよ!」


 うおおおおナンジャ! こいつめ! 吸血鬼に俺の顔をドアップでさらすばかりか、俺の苗字みょうじを教えやがった! それを言っちゃあ、偽名を名乗った意味がねえ! とつられるじゃねえか!


 結構、珍しい苗字なんだぞ!


「てやあ!」


 ナンジャの杖から伸びる稲妻のみきは見たことないくらい太かった。稲妻は俺たち二人を貫くと、ビルの壁をぶち抜いた。

 俺は特大の電撃を浴び、全身がジーンと痺れると痛みも衝撃も感じるまもなく、自分の心臓が止まる感覚を覚えた。

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