第11話 ギャルとドンキと由葉沙希と 2

「ナンジャちゃん。おにいちゃん、もういじめないって」


 沙希さきが近づこうとすると、ナンジャは沙希の横をすり抜け、俺の背後に回る。


「恥ずかしがり屋さんなのね」


 クスッと笑い、沙希が距離をめようとすると、ナンジャが俺の背中にしがみついて、さらに身を隠そうとする。


「どうした?」


 ナンジャは俺の背中から、沙希の顔をじっと見つめている。

 沙希は気を悪くするでもなく、しゃがみこんで。


「お姉ちゃんのこと嫌い? あんまり嫌うと、ナンジャちゃんから、おにいちゃん取っちゃうよ?」


 ちらりと俺に視線を投げる沙希。れた表情を見せるんじゃあない。ガチっぽく聞こえるだろうが。


「取ってもいいけど、近づくななのじゃ」

「あーっ」


 笑いながらふくれたような表情を作る沙希。


「どうする火馬ひまくん?」

「なにが?」

「あたしに取られとく?」


 まーたこいつは。


「お前に取られるなら本望ほんもうだぜ」


 平然へいぜんと受けて立つ。まあ、こいつは見栄みばえも良いからな。おっぱいもでかいし、性格も良いときてる。お嫁さんならパーフェクトだろう。特に拒否する理由も見当たらない。


「んふ」


 というと、沙希は俺に腕をからめてきた。今日はグイグイくるな。胸が当たってんぞ。


「じゃーね、ナンジャちゃん。おねーちゃん、おにいちゃんを取っちゃうね。バイバイ」


 そのまま店先まで連れてかれてしまう。ナンジャは置き去りだ。


「さてと……」


 沙希が身体を離す。


「いじわるしちゃった。ナンジャちゃんに謝っといてね」

「気にすんなよ。そんなタマじゃない」

なかよさそう、いいなあ、わたしきょうだいいないから……」


 両手の指をからめて、微笑む。


「ナンジャちゃんと仲良くしたいな。よろしくね、おにいちゃん」


 エンジのベルトで巻いたチェックのラップスカートをなびかせて、立ち去ろうとする。


「あー、沙希」


 その後ろ姿に俺。


「なあに?」


 振り返る沙希。


「その服、似合ってるな。俺みたいなガキには釣り合わないくらい大人っぽいぜ。ナンパに気をつけて帰れよ」


 その言葉に、口を手に寄せて、あははと笑う沙希。


「どう解釈すればいいの? わたし、褒められたの? 遠回しに振られたの?」

「さあな。好きにとればいいぜ」


 五分袖ごぶそでの黒のニットが、彼女の身体のラインを強調し、だがシックで清楚せいそに見せている。高校生にしては大人っぽい身体つきだ。これは学校の制服じゃなかなかわからないぜ。

 沙希が行ってしまうと、いつの間にか隣にナンジャがいた。


「世界は広いのじゃ」


 腕組みして、なにやらつぶやくナンジャ。


「おぬしはあれと付き合ってるのかなのじゃ」

「ねえよ」

「それにしては気安きやすいんじゃ」

「いつの間にかああやって鞘当さやあてする間柄あいだがらになってしまっただけだ。まあなんだ、あれはそういうんじゃない。軽いマウントの取り合いってとこだ」

「はー、ややこしい間柄があるもんじゃのう。それ、いくとこまでいったらどうなるんじゃ」


 ど、どうなるんだ。それは考えたことがなかったぜ。


「それにしても意外だったぜ」


 俺はナンジャを見下ろして言った。


「お前が人見知ひとみしりだったとはな」

「人見知り? わらわが?」


 ありゃ? ナンジャの表情に眉をひそめてしまう。

 この表情、俺の勘違いのようだ。


「沙希が仲良くしたいってさ」

「わらわがあやつと? それは無理じゃぞ」

「どういうことだ?」

「あやつはわらわの精神せいしん操作そうさが全く効かぬ」

「おおん?」

「わらわがくは修羅しゅら道行みちゆき。関わり合う世人よひとどもを凡俗ぼんぞくに帰す義務がある。なのでことがんだあかつきには、記憶をいじくることに決めておるんじゃ。選ばれし血脈けつみゃく。逃れられぬ使命。運命とはつらいのう。孤独じゃ」


 ちょっと待て。ナンジャが聞き捨てならんことをノベた。


「精神操作だと?」


 なにをいまさらという顔で、俺を見上げるナンジャ。


「血まみれの記憶など凡夫ぼんぷどもには不要じゃろう。望むと望まざるとにかかわらず、我らと関わり合ったがゆえ、いらん記憶にさいなまれる労苦ろうくを取りのぞいてやる。それが我らの流儀りゅうぎなんじゃ。アフターケアというやつじゃな」

「そこじゃねえ。お前は人の記憶をあやつれるのか」

「前も言ったじゃろう。襲われてたおなごの記憶を……」


 言ってたな。聞き流してたわ。まだこいつのことを信用してなかったし、小芝居こしばいかましてるか区別がつかんかったし……。


「たまにかん奴がいるんじゃよ。そういう奴らには近づかんようにしてる。いろいろ危ないし」


 なるほど、幼女一人がウロウロして平気な理由がひとつわかった。


「おい、あの店員はひょっとして」

「あれはじゃ」


 だと思ったよ。あの迫力は、完全オリジナルだ。人に操られて出せるオーラではなかった。

 でもそこではない、肝心かんじんなことは。


「……俺はどうなんだ?」

「あー……残念じゃ」


 面白くないという顔でそっぽを向いた。


「おぬしに効いてたら、店での苦労はなかったんじゃー……」

「ふっ、だろうな」


 内心ヒヤヒヤしていたが、アパレル店での顛末てんまつを思い出した。なるほど、ナンジャに俺の心が操れたら、あんなザマにはならんだろう。さっさと俺を操って、好きな服を好きなだけ買わせてしまえば良いのだ。


「お前のようなガキにぎょせる俺様ではねえのだよ」

「……いつか操り人形にしてくれるのじゃー」

「やかましいわ」


 疑念ぎねんが晴れて、気分が上がってきた。俺はナンジャの腰を掴むと持ち上げて肩に乗せてしまう。


「高いのじゃー! 速いのじゃー!」

「わはははは」


 肩車して走り出す。見た目通り、お前軽いなあ。


そですり合うも他生たしょうえんよ。いつまでこの街にいるか知らないがな、精神操作が効かないというなら、お前のことは俺が覚えててやるよ」

「なにを言っておるのじゃ、お前に忘れられても痛くもかゆくもないのじゃ」


 俺にはわかる。強がっているが、ナンジャは照れた顔をしているに違いない。俺は気づかない振りをしてやる。

 小さい女の子が、得体の知れぬ化け物とたたかって、平気なわけがないだろう。そして戦えど戦えど、それを知る人たちの記憶から自身を消してゆく。そんなのつらすぎるぜ。

 ならこいつが心を操ることのできない俺は、こいつのことを覚えておいてやる義務がある。俺ができる小さなことと言えば、そのくらいのものだ。


 さてもう用事は済んだ。日が暮れる。家に帰って飯の支度したくをしよう。

 今日はスーパーでたらこを買って、パスタを買って、そしてたらこだ。

 おっとたらこも買わなきゃならないな。パスタも忘れず。


 そして肝心なのはたらこだ。そしてたらこ……。

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