第10話 ギャルとドンキと由葉沙希と 1

 会計を済ませて店を出ると、ナンジャはギャル女子高生に囲まれてた。


「ウェーイ」


 れるだのえるだの、一緒に写真を撮っては、おそらくSNSにアップしているのだ。俺が恐れていたのはまさにこれだ。


「あ、あんたら、ちょっと待ってくれ」

「なに?」


 女子高生がうろんな目でこちらを見ている。三人組だ。手に値札ねふだ。おせっかいにも切り取ってしまったらしい。もう返品はきかないなこれは。

 俺はナンジャの背後に周り、両肩に手を置く。


「こいつの保護者ほごしゃだ、勝手に写真を撮るのはやめてくれ」

「えー? なに関係? 全然似てねーし」

「あー……兄だ。ぎ、義理の」


 女子高生からわっと声が上がる。


「やべー。こんな可愛いギリの妹ってやばくね?」

禁断きんだんの匂いすっし。ぴえん」

「一生の運使い果たしてるっしょ。ぱおん」

「そうだ、妹は可愛いんだ。だからさらし者にしたくない。撮った写真を消してくれは言わないが、せめてSNSにアップした分は消してくれ」


 女子高生は顔を見合わせる。


「……そーいうことならまー」

「妹さんの了解りょうかいは取ってっけど」

「しゃーない消しとくわ」


 よかった。話のわかるギャルどもで。胸をで下ろしていたら腕を掴まれた。


「じゃ最後におにーさんもいっしょに」


 全員集合で、パシャリ。


「おにーさんだけ空気ちげーしww」

「ギャルに囲まれて少しは嬉しがれしw」

「両手に花のチーぎゅうしw 嘘嘘ww」


 写真はエアドロップでシェアしてもらう。別にいらんが刺激しないように適当にノリを合わせとく。ナンジャ目当てに遊びに誘われたが、何とか振り切って、その場を離れる。


「ナンジャ」

「なんじゃ」

「これが怖かったんだよ、お前は目立ちすぎる」


 ナンジャの機嫌はすっかり治っていた。ぴょんと跳ねるとあご下ピースでウインクポーズ。


「似合ってるかなのじゃ」


 似合ってるどころじゃねえ。目を奪われんだよ。


「調子に乗んな」

「なにするんじゃ~」


 ナンジャの頭をワシワシする。ちいせえ頭だなおい。


「お前が言ってたんだぞ、俺らは狙われてるって。人鬼ひとおにだかバンパイヤだか知らんが、人の生き血をすする恐ろしい化け物に。目立つわけにいかねえだろうが」


 だからこその俺渾身こんしんのダサコーデだったのに。ナンジャを鉄壁てっぺきのクソダサコーデで包み込み、敵の目をくらませる作戦だったのに。恐ろしい店員に阻止そしされてしまった。


「平気なのじゃ、わらわはそこそこ強いぞ」

「基準がわかんねえよ」

「なりそこないの強さはあるじの強さに比例ひれいするんじゃ。つまり戦えばあるじのおおよその強さはわかるのじゃよ」


 ナンジャが胸を張り、キメ顔で言い放つ。


「こないだのあれな、わらわはあれの十倍は強いぞ」


 うーん頼もしい。俺はナンジャの手を引いて、店に入る。


「いかにあるじが強いとて、なりそこないの十倍はあるまいてなのじゃ」

「そうかそうか。で? お前はどの髪色がいい?」


 山と積まれた圧縮あっしゅく陳列ちんれつ。POPの洪水こうずい。ここはドンキの染髪料せんぱつりょうコーナーだ。


「お、おぬし話を聞いとるのかなのじゃ」

「聞いてる聞いてる、聞いてるが念のためだ。お前の目立つ髪色をだな。その他大勢と同じに染め倒す」


 ナンジャが髪に手をやり、さっと青ざめる。


「やー、なのじゃー」

「おとなしくしろ。俺のためだ。我慢しろ」

「おぬしのためだけなのかなのじゃー」


 俺も命がかかってる。用心に過ぎることはない。手首から必死に俺の手を引きがそうとするナンジャ。そんな非力で俺が逃すわけがない。


「これは一族伝来でんらい、じまんの髪の色なのじゃー。ままといっしょで染めたくなんかないのじゃー」


 しかたがない、ナンジャが役に立たないならば、俺が染髪料を選ばざるを得ない。暴れるナンジャの手を握り締めたまま、染髪料の箱をひっくり返していると、背後から声がした。


火馬ひまくん、なにしてるの?」


 由葉沙希ゆばさきだ。いきなり声をかけられた。


「沙希か。お前こそ何だよ。ドンキに何の用だ」

「わたしは火馬くんの姿が見えたから、様子を見にきたの。なあに? 女の子いじめてるの?」

「そうなんじゃー、ひどいんじゃー」

「あーこの子」


 にっこりと沙希が微笑ほほえむ。


「こんにちは、わたし由葉沙希ゆばさきっていいます。火馬ひまくんのクラスメイト」


 腰をかがめて目を合わせる。ナンジャは沙希と目を合わせるも、なにも言わず、じっと見返している。


「こないだの女の子でしょ、火馬くんが校庭で鬼ごっこしてた」


 言われて顔が勝手に赤くなる。バツが悪いにもほどがある。


「学校中で噂になったのよ、火馬くんが小さい女の子と抱き合ってたって。週明けが楽しみね」


 恥ずかしいったらありゃしねえよ。あーと声を上げて頭をむしる。思わず手を離してナンジャがさっと商品だなに隠れてしまった。ここはドンキ。かくれんぼにはもってこいだ。


「あのこ、誰なの?」

「あー、親戚しんせき

「全然似てないじゃない」

姻戚いんせきだ。血はつながってない」

「血のつながってない親戚の女の子とデート? 何だかけちゃう」

「デートじゃねえ。しばらく預かることになったんで、服を買いに来てやっただけだ」

「あのかわいい服? 買ってあげたの? ますます妬けちゃう」


 ナンジャが商品だなからこっちを見ている。様子をうかがってるようだ。


「ここではなにを買ってあげるの?」

「染髪料だ」

「なにそれ? 火馬くん、髪でも染めるの?」

「あいつの髪を染めてやろうと」

「……なに考えてるの火馬くん」


 腰に手を当てて、顔を近づけてくる。


いやがってたじゃない。なんであの子の髪を染めようとしたの」

「こ、校則違反だからだ。日本の学校では地毛じげでも黒く髪を染めさせられる。日本中で当たり前の行為だ」


 適当に話を作ったんだが、沙希はに受けたようだ。スッと目を細め真剣な顔になる。


「どこの学校? 小学生に髪を染めさせるなんて許せない、しかもあのこ、外国人でしょ。わたし抗議してくる」


 思わぬガチな反応に俺はあわててしまった。


「う、嘘だ。校則のことは嘘だ。髪を染めるのも嘘。ちょっと生意気だったから、脅かしただけだ。髪を染めるつもりなんてない」


 こっちの方が嘘なんだが、この場をつくろうにはこれしかない。沙希が本気で怒ってるところを初めて見た。

 なんて日だ。今日はおっかない女どもに、俺の計画がことごとくつぶされてゆく。


「ふーん…………」


 あせって作り笑いを浮かべる俺の顔をしばし見つめ、沙希は表情をゆるめた。商品だなからこちらをうかがうナンジャを見る。


「ねえ、あの子なんていうの?」

「ナンジャ」

「ナンジャ? 変わった名前ね。なにナンジャ?」

「ひ、火馬ナンジャ」

「ひまなんじゃ? あはは、本当なのそれ?」


 名を聞かれる場面を想定していなかった。とっさに答えたが、今回ばかりは、マシな嘘も思いつかない。

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