第9話 幼女殺しの俺コーデ

「どうなんじゃ~」


 試着室のカーテンが開く。オフショルキャミに、ピンクでサテンのスカジャンを羽織はおり、デニムのダメージショートパンツ。ロークルーの靴下をいた足に、ピンクのバッシュでスタジャンと色を合わせ、ショーパンと素材そざいを合わせたツバの赤いデニムのダメージキャップを頭にかぶる。

 肌の出たギャルっぽいコーデで悪戯いたずらっぽく笑うと、小悪魔こあくま魅力みりょくにハートをつかまれる。うん可愛い。百点満点。


「こっちはどうじゃ?」


 チュール素材そざい長袖ながそでフリルワンピース。素足すあしにストラップサンダル。フェルトのボーラーハットは造花ぞうかがアクセントだ。

 おすまし顔で上目うわめがちにフリルをらされると、勝手に笑みがこぼれそうだ。ラベンダーの素材に細い手足がけて、愛くるしいにも程がある。こんなの連れて歩きたいに決まっている。


「だめおしなのじゃー」


 白い丸襟まるえりのついた黒のフォーマルミニワンピースに、これも黒のニーハイソックス。黒のローファーに黒のベレーぼう

 モノトーンでシックにまとめているが、黒縁くろぶちの大きな伊達だて眼鏡と絶対領域ぜったいりょういきが、実にお茶目ちゃめでソーキュート。ベリーキュート。キューテスト。


「こ……これはちょっと今までのとは違うのじゃ……」


 ラクダ色のハーフパンツに、カラシ色のダボT。そしてドブネズミ色のバケツぼう。足元はトロピカル緑のクロックスだ。

 よし、もっさり。実にもさもさ、イモくさい。女の子を殺し切ることに完全に成功している。


 よし、これだ。これに決定DA。


「な、なあ、おぬし、ほんとにこれにするのかなのじゃ~」

「何だお前、クロックスに文句があるのか。軽量合成樹脂じゅし製サンダルのオリジンであるクロックスは、強度、デザイン、心地ごこちと、数あるパチモンの追随ついずいを許さない圧倒的クオリティがあるんだぞ。サンダルのくせに小走こばしり程度びくともしないフィット感、そして何年も保つ頑丈がんじょうさ。クロックスこそ世界最強のサンダルだ」

「ち、ちがうんじゃー、クロックスに文句言っとるわけじゃなくてそのう……」

「文句がないならこれで決まりだ。お姉さん、会計かいけいお願いします。このまま着て帰るんで値札ねふだ取って……」


 店員のお姉さんがにっこり笑うと、ナンジャの前に立つ。


「すみません、お客さま。ただいまこちらの商品全て在庫切ざいこぎれとなっておりまして……」

「なに言ってんすか、いま着てるじゃないですか」

「こちらの商品ですが……」


 店員のお姉さんがかがみ込み、ナンジャの頭をでる。


「こちらの商品、ディスプレイ品となっており、少々よごれがございまして……」


 ナンジャのバケツ帽にいつのまにか赤いみができている。口紅くちべにのようだが……ちょっとお姉さん、あなたの口元くちもと、少しルージュが乱れてません??


「ひどいんじゃ……服を買ってくれるというから、かわいいのってすごーく楽しみにして来たのに……」

「あのね、お兄さん……妹さんもこうおっしゃってますしね……」


 ゾッとする笑顔で店員さんが威圧いあつしてくる。ちなみに前三つは店員さんのコーデ。いま着てるのは俺のコーデだ。


 俺のコーデを全力で妨害ぼうがいしてくるこの店員、ナンジャのコーデにいやに熱心だった。そりゃそうだ。銀色に流れる髪、真っ白な輝く肌、すみれ色の瞳、ほっそりした手足。この店に足を踏み入れた時から、この店員はナンジャのてくれに心を奪われていたのだ。


 で、でも、こっちにもいろいろわけがあるんだよ。


「お金を出すのはにいちゃんなのじゃ……我慢するしかないんじゃ……」


 店員がすごい笑顔でこちらを見る。真っ赤なバトルオーラを身にまとっている。アパレル店員に殺意をぶつけられるのは生まれて初めてだ。


「……でも最後に、この服、もう一度、着てみていいのかなのじゃ?」


 服を胸にぎゅっと抱いて、せつない声でお願いするナンジャ。店員のオーラが阿修羅あしゅらとなり、天井てんじょうに届く。戦鬪神せんとうしんの恐ろしい目で見下みおろされては、俺はビビってうなずくしかない。


似合にあってるのかなのじゃあ……」


 最初のピンクのスカジャンコーデだ。百点満点だっつーの。そんなのわかってるっつーの。


「だめかの……」


 泣きそうな笑顔で猫の手ポーズをとるナンジャ。わあ、かわいいなあ、せつねえなあ。だが俺は口を結び、腕を組んだまま何も言わない。隣で紅蓮ぐれんの炎と化した店員のプレッシャーに肌が焼け焦げてしまいそうだ。


「うー…………」


 ナンジャがうなると、試着室を飛び出し、あっという間に外に出てしまった。


「おい、待て!」


 俺が追おうとすると、ガッシと手首を掴まれた。すごい力だ。ゴゴゴゴと店員がバトル漫画の擬音ぎおんを背負っている。


「お客様、妹さまが店を出てしまってはお買い上げいただくしかございません」


 し、しまった。そうきたか。


「い、今すぐ連れ戻しますんで、ちょっとだけ……」

「……………………」


 店員の頭上に星がかがやきはじめた。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ…………八つ……。


 や、やばい。死兆星しちょうせいが見える。これはさからうわけにはいかん…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る