第8話 鬼ごっこライクヘル

 朝になってもナンジャはまだ寝ていた。親父の寝室をのぞく。幼女にはでかいベットだ。寝汚いぎたなく眠りこけるナンジャを余裕で受け止めている。

 まあ昨日は大活躍だったしな。好きなだけ寝させてやろう。朝飯と書き置きを残してやる。


【朝飯を用意してやった。食ったら出て行け。かぎはポストに。歯をちゃんとみがけよ】


 俺は学校でうとうとしていた。昨日のバタバタの疲れが少し残っていたらしい。窓際まどぎわで、あたたかい日光に照らされているとどうにも気持ち良くなってきてたまらん。

 小春日和こはるびよりというやつだ。

 退屈たいくつな授業中、ぼけらっと校庭を見つめていると、白い小さいのがとことこ歩いてきた。まっすぐ校舎を目指している。あ、あのガキ……。


「せ、せんせい! らしそうです! トイレ行っていいですか!」

「……行っとれ」


 有無うむを言わせぬ迫力に、初老の古典講師はうなずかざるない。

 俺はダッシュで校舎の入り口までたどり着くと、ナンジャを待ち受けた。


「おー、おぬし。わらわを出迎でむかえるとは関心関心なのじゃ」

「おいこら、何しにきた、というかどうやってここをつきとめた」

「おぬしにはいんきざんでおる。刻印こくいんがあればだいたいの居場所はわかるのじゃ」

「てめえ、人間にはかないと言ってたじゃないか!」

「ダメージがないだけで刻印の効果はあるんじゃよ」

「ほほうなるほど……じゃねえ。じゃあ昨日のなりそこないはなんなんだよ」

彼奴きゃつとおぬしの両方に刻んでたんじゃな。わらわもおかしいなと思ってたんじゃが、まあばやい方を優先した、というわけ……」

「手っ取り早いじゃねえだろ」


 食い気味にナンジャの頭にチョップを見舞みまう。


「いたいのじゃ~」

「痛みを感じるだけマシだ。殺されたら痛みすら感じないんだぞ」

「何度も言うななのじゃ~……悪かったのじゃ~」


 明るいの下で幼女に殊勝しゅしょうな顔をされると、悪いことをしてるかのような気分になってくる。わかったわかった、もう言わねえよ。


「ところで何しにきた」

「おひるごはんどうすればいいかと思ってじゃな」

「あん?」

「お、おひるごはん……」

「なんで俺がお前のごはんを?」

「じゃ……じゃって……」

「犬もひろえば世話の義務が生じるが、お前を拾ったおぼえなどないぞ?」

「せ、せっしょうなのじゃ、いたいけな幼女をお前はほうそうというのかなのじゃ……」

「いや……まあそんなつもりじゃないんだがな……」


 俺はしゃがみ込んでナンジャと目線めせんを合わせた。


真面目まじめな話をしよう、お前はなんだって一人でうろうろしてたんだ」

「……つまりそれは……おきてなんじゃ……」

おきて?」

「い、一族いちぞくの……」

「一族の?」

「う~~~~…………」

「…………ふう」


 言いにくそうだ。どうしたもんか。こんなあやしげなガキが一人でうろうろしているのもおかしな話だ。親のことを問いただそうかと思ったが、重たい話になってしまっては、それはそれでが重い。


「わらわを追い出すとして、おぬしはあれをどうする気なんじゃ?」

「あれ?」

「なりそこないのじゃよ」

「??」

「なりそこないがおるのじゃから、あるじがおるのは当然じゃろう?」

「???」

「わらわはな、なりそこないのあるじを狩るために、おぬしの家を根城ねじろにするつもりなんじゃ。まちがいなくそやつはこのへんにひそんでおる」

「ほう……?」


 胡乱うろんな話になってきた、が、昨夜のあれを見たからには、無下むげにもできない。ナンジャはそのあるじとやらを狩り出す心算しんさんなのか。家をそんな危ないさく拠点きょてんなどにされては、はた迷惑この上ない。やはりここはガツンと追い出してしまおう。


「あるじのねらいはな、わらわとおぬしじゃ」

「は? おれ? 俺がなんで?」

「あるじと眷属けんぞくは、一方通行いっぽうつうこうじゃが感覚がつながっておる。通常であれば、あるじはなりそこないなど気にもめないであろう。じゃがな、通常でない場合はそのかぎりではない。たとえば魔法で殺されたりとかとじゃな……」

「ほう…………」

「そやつは殺し屋が縄張なわばりにんできたと認識にんしきし、排除はいじょこころみるであろうな。なりそこないが最後にた記憶を手繰たぐり、わらわとおぬしを必ず探し当てるであろう」


「おうぅぅぅーーーーい! おいおいおーーーーーいぃ!!!」


 なんたるとばっちりだ! らんに俺は得体えたいの知れない化け物に命をねらわれてるというのか!


「死んでも知らんのじゃと言った!」

「……言ってたな」

「ほらあ!」


 ほらあじゃねえよ……なんで得意顔とくいがおなんだよ。バンパイヤとかどうやって逃げればいいんだ……喉笛のどぶえ千切ちぎられんのか? おいおいカンベソしてくれや…………。


「まあいい……昼飯だったな。なんでもいいぞ、好きなもん食わせてやる。寿司か? 肉か?」

「わらわはな……おぬしに根城を追い出されるので旅立たねばならぬ。準備とかいろいろあって忙しいんじゃ、またな」


 俺はガッシとナンジャの肩を掴んだ。


一宿一飯いっしゅくいっぱんれいは忘れぬ。次の街でもおぬしのような優しいなさけを受けられたらと願うばかりじゃ」


 ガシガシッと両手でナンジャの肩をつかむ。ナンジャは俺の顔を見上げると、ふりほどいて校庭へとけ出した。


「あはははは! 世話になったなおぬしよ! あたたかい風呂、そして美味うまいパスタ、冷えた心におぬしが与えてくれたものを、わらわは生涯しょうがい忘れぬであろう!」


 待てやコラ。にがさんぞオイ。俺は必死で追いすがろうとする。なぜこいつはこんなに素早いのだろう。


「わらわはな、おぬしにあまえるのはやめる! この街にはひとりで来た! だからひとりで出て行くのじゃ!」


 白いブラウスをひるがえし、満面まんめんの笑顔でねるナンジャの銀髪ぎんぱつが、陽光ようこうかえして、きらめいている。飛びかかってはひらり。飛びかかってはひらり。つかまえようと腕を伸ばすも、すんでのところで逃げられる。わざとだ。完全に遊ばれてる。


「ありがとう、おぬしよ! 満腔まんこうの感謝を! わらわは遠い空から、おぬしのさいわいを末長すえながいのろうぞ!」


 うおりゃあああ。俺は渾身こんしんのカエルジャンプで、ようやくナンジャを捕まえた。ぜえはああらい息を浴びせながら、背後からがっしりと小さな身体をかかむ。大笑いのナンジャ。息もえの俺。


「行かせるか……」

「なんじゃあ? ずいぶん情熱的じゃなあ。そんなにわらわに一緒にいて欲しいのか? んん?」


 からかうようなナンジャの笑顔に、息が切れて言葉も返せず、こくこくとうなずくばかり。生命の危機だ。なりふりかまっていられない。


「ものには頼み方があるじゃろう?」

「お、おねがいしま……」


 気がつくと、授業中の校舎の窓が、すずなりの人だかりだった。一人の男子生徒が校庭で幼女を追いかけ回し、熱烈ねつれつなハグをかましている。われかえるととんでもない絵面えづらだ。

 俺は全身真っ赤になって、ナンジャを小脇こわきかかえ、校門を出る。

 カバンを取りに戻る勇気などなかった。

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