第2話 埋めるな!

 ざくざくと音がする。頭の上だ。ぱらぱらと何かが落ちてくる。薄目を開けると、土がまともに目に入った。


「のああっ!」


 目が痛い。涙が出る。なんだ、俺はどうなっているのだ。


「しぶといんじゃ。もう目が覚めたんじゃ」

「だだだれだおまえは!」


 目をぬぐおうにも身体の自由が効かない。どうやら縛られているらしい。そしてここは穴の中だ。身体は半分土に埋まっている。なるほど俺は生き埋めにされそうになっているようだ。ふざけるな。


「だまれ人鬼ひとおになのじゃ。お前に名乗る名などないんじゃ」


 声がおさない。薄目うすめにチラチラ見え隠れする影。これはガキだ。女のガキだ。ガキのいたずらにしてはぎてる。


「何が人鬼だ! さっさと縄をほどきやがれ! さもないと……」

「もはやかたる言葉など持たぬのじゃ」


 気配を感じ、とっさに身をよじる。ドコッと音がして、何かが土に突き刺さった。


「お……おい……」


 マジかよ。先のとがった木のくいが深々と地面に突き立てられている。


「外れたのじゃ」


 幼女が両手を広げる。左手には杭。右手には小槌こづち躊躇ちゅうちょなく杭が打ち据えられた。またも身をよじり、とっさにそれを避ける。お、俺を殺す気なのかこのガキャ……。


「わあっ!」

 ドスッ。


「おおっ!」

 ゴスン。


「ひいっ!」

 ドゴォ。


 必殺の杭打ちを必死で避ける。


「くのぉ、おとなしく…………」


 ごうを煮やした幼女が俺にまたがる。そして杭と小槌を振り上げた。も。もうだめなのか。幼女が胸元を掴む。俺は身をよじる。胸のボタンが弾け飛ぶ。するとなぜか幼女の動きが止まった。隙有すきあり。


「おりゃあ!」


 俺は渾身こんしんのブリッジで幼女を跳ね上げる。しょせん幼女。体重の軽いそれは、跳ね飛ばされて丘を転げ落ちる。俺は立ち上がるや、全力で二の腕に力を込める。


「ふんっ!」


 幼女の非力よ。縄はゆるみ、抜けた。


「おっと」


 あの幼女、丁寧ていねいにカバンも持ってきていたらしい。証拠隠滅いんめつ目論もくろんだのか。俺は転がるカバンをつかむと、脱兎だっとの如く丘を駆け下りた。住宅街に至り、とうの光に包まれると全身から力が抜けた。


「け……警察……」


 だがなんと説明したら良いのだ……。

 しょせん、度を越えたガキのイタズラ……俺はこれ以上頭のおかしなガキにかかずらうことをあきらめ、歩き始めた。

 よれよれと家にたどり着き、玄関をくぐる。


「ふああああ~~~~っ…………」


 俺は思いっきり息を吐くと、玄関に崩れ落ちる。


灰也かいやちゃん?」


 おふくろの声だ。台所から聞こえてくる。とことこと足音が、玄関に近づいてくる。


「どうしたの灰也ちゃん、泥んこで遊んだの?」

「いや…………」


 泥まみれの理由。幼女に襲われた、生き埋めにされかけ、木の杭を心臓に打たれかけた。必死で逃げた。つくづく説明が難しい。どないせえっちゅうんだ。


「そ、そこで転んだ」

「まあまあ、それは大変ね」


 おふくろは俺をぐいっと抱き起こす。細腕のくせに軽々と、だ。おふくろは昔から力持ちなのだ。


「んふっ」


 俺を抱きあげたまま、おふくろが笑う。


「灰也ちゃんったらすっかり大きくなって……身体つきがパパそっくり」

「気色の悪いことを言うな」


 高校生の息子が子供扱いされて気分良いわけないだろう。俺は内心むくれたが、身体が言うことを聞かない。俺はおふくろに抱きしめられるがままだ。


「ナマちゃんね」


 というとおふくろは俺の首筋に吸い付いてきた。


「わああああああああ~~~~」


 いつもこれだ。おふくろは時々、俺の首筋にキスをしてくる。そのたびに全身総毛そうけ立ち、俺は腰が抜ける。不意を突かれれば逆らいようがない。

 それをいいことに、おふくろは強く首筋を吸い続ける。キスマークがついたに違いない。母親のキスはいい。だが首筋にキスマークはよろしくない。


「でああっ!」


 俺は渾身こんしんの力で母親を退けた。ぜえぜえと息が荒い。おふくろはにっこり笑って言った。


「元気でた?」

「なにをたわけた……」


 反抗期はんこうきバリバリの思春期男子高校生が、おふくろのキスで元気が出るだと……?

 と思うもさっきまでの胸のムカムカはすっかり消え失せていた。

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