バンパイヤハンター ナンジャ

大葉カヤロウ

第一章 魔法使い

第1話 落雷

 雷に撃たれたことはあるか?



 俺はその日、異様に調子が悪かった。全身がだるく、頭が重たい。胸のあたりからムカムカとがこみ上げてくる。

 昼休みだというのに、いい天気だというのに、俺は机に突っ伏したまま不快感を必死に抑え込んでいた。


火馬ひまくん」


 鈴の鳴る声がした。耳に心地よい音とふわりと清潔な匂いと共に、俺の頭に影を落とす。


「よく寝るね。今日は機嫌悪いのかなあ」

「その通りだ。寄ると触ると怪我をするぜお嬢さん」

「どんな怪我なの?」

「お嫁にいけなくなる怪我だ」

「わあ」


 黒縁の眼鏡の奥で目を細め、俺の軽口ににっこりと笑みをこぼす。長い黒髪を後ろで綺麗にまとめあげ、真っ白なブラウス、膝丈のスカート、そして無地の靴下。完璧に校則を守り切り、おそらく下着も純白に違いない。微笑みながら俺を見下ろすいかにも委員長な風態ふうていの女生徒は、やはりクラスの委員長である。


 名を由葉沙希ゆばさきという。


「数学の課題、今日が締め切りなんだけど?」

「ああ……」


 無論やってない。それもそのはず。昨日から続く体調不良でそれどころではなかった。学生の本分を貫くため、登校するのがやっとだったのだ。


「うーん、しょうがないね。じゃあ放課後まで待ってる。提出は昼休みまでだけど、私が提出し忘れてたってことにしとくから」

「それは悪い」


 沙希は返事もせず、微笑んだまま俺を見下ろしてる。何かを待っているようだ。


「お節介だなあ、委員長」


 沙希はクスッと笑うと、俺の耳元に桃色の唇を寄せてきた。


「わたしがおせっかいなのは、灰也かいやくんだけだよ」


 ぬおっ。不意を突かれて、心臓が跳ねた。下の名で呼ばれた。息で耳たぶをくすぐられた。やられた。見事な仕返しだ。ほわほわしてるくせにあなどれない。俺は観念した。


「…………ありがとう」

「どういたしまして」


 沙希は望んだ成果を手に入れて、ようやく俺の席から離れていった。


「さて……」


 俺は重い頭を抱えながら、課題にかじりつき、なんとか答えのマスを埋めた。正解か不正解かはどうでもいい。とにかく形にするだけだ。

 沙希を散々待たせた挙句、帰る頃には日が傾いていた。もう夏も終わりだ。衣替え直前のワイシャツだと、今日は少々肌寒い。

 それにしてもどんどん気分が悪くなってくる。休み休み歩いていたら、丘沿いの道にたどり着く頃にすっかり日が暮れてしまっていた。

 ぞわりと何かを感じる。胸のムカムカが熱気のように喉をこみ上げてくる。


 なんだこれは。


 異様な感覚は、頭上の光景から降り注ぐものだった。丘沿いのけやき。樹齢を重ねた巨木の枝に夜空よりも暗い影がいる。


 なんだあれは。


 獣のような影が、何かを抱えている。

 人だ。

 人の喉笛に、何がが喰らいついているのだ。


 俺は叫び声もあげなかった。全身が凍りついたのだ。獣が振り向く。視線が交錯こうさくする。頭の中で警報がわんわん鳴っていた。気づかれてしまった。間違いない。次の獲物えものは俺だ。


 頭の中で何かがはじけ、俺は転げるように走り出していた。叫び声をあげようとしていたのだが、ひああああと情けない息しか出なかった。

 追いかけてきていたのだ。影が。


 パニックで息すらおぼつかない。走っているつもりだが本当に走れているのだろうか。足が地を蹴ってる感覚すらない。それくらい動転している。

 なぜ誰もいない。なぜ人影すらない。街は凍り付いたかのように動きを止めていた。その中を俺一人が走る。まるで悪夢に閉じ込められたかのようだ。

 ひたひたと影が近づきとうとう追いつかれてしまった。それが俺に飛びかかろうとしたその時。


 何かが影と交錯し、弾き飛ばした。小さな、丸い何かだ。

 影はまたたくまに消え失せ、丸い何かが残った。それは俺に近づくとなにか杖のようなものを俺に向けた。そして。


「んぎゃあああああああああ!」


 俺は雷に撃たれて失神した。

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