3話:古物を愛する彼女はまるで晴れの様

「退屈と怠惰は両立しないようで両立するものです。私などはよくかまけてしまうことが多くて。やらなければならないことはあるのに、それからは逃げ、かといってそれ以外にやることもやりたいこともないから、退屈だ、と言ってしまう。そういう時はいつも雨が降ればよいのに、と思ってしまうのです」


 最近のあなたは喫茶店に通うようになっていた。

 あれほど恐ろしい体験をしておきながらまた来てしまうというのはきっとあなた自身おかしなものだと思ったかもしれない。

 しかし、人間超常の現象に遭遇すると特別感を抱いてしまうようで。

 初めはあなたも喫茶店に近づくことはなかったかもしれない。ただ、あの時の体験は中々記憶から離れてくれない。考え事をすれば自然とあの時のことを考えてしまう。

 そうすると、自然体は喫茶店へと向いてしまい。さすがに曇集怪々食処に行くというのはできないが、雨草悠々亭には通うようになったのだ。

 それに、特別感を求めて、というだけが理由の全てではないのかもしれない。

 例えば、美味しい飲み物が飲みたかったのかもしれないし、店主と縁ができて通いやすくなったのかもしれない。仕事や学業の帰りに雨の安らぎを求めて立ち寄っているのかもしれないし、雨の降る景色を眺めて一杯という店主の想いに共感したのかもしれない。

 ただ、様々な想いからあなたはこの喫茶店に足を運ぶようになったのだ。

 そのおかげなのか、最近は店主もくだけた様子を見せたり、自身のことについて話すことが増えてきた。


「夏は梅雨や季節の影響もあって、長く営業することができましたが、冬になるにつれ、雨の降る時間も減ってきたので少し寂しい思いです。この時期は曇りになることが多いですから、曇集怪々食処の開店率が高いですかね」


 店主の言葉に相槌を打ちながら、あなたは窓の先の空を見上げる。

 12月の空。風もいよいよ鋭さを増し、雨が降ればそれだけで凶器になるような季節。

 確かにここ最近は雨草悠々亭が開店する時間も減ってきていた。今も降る雨は勢いが弱く、ともすれば突然止んでしまうのではないかという不安定さがあった。


「それでも、開店するとかなりの頻度であなたがご来店くださるのは嬉しい限りです。いつもありがとうございます」


 そういえば、いつの間にかあなたへの呼び方も変わっていた。初めはお客様、途中ではお客様とあなたの混合、そして今はあなた、と。

 これも親しみの表現なのだろう。

 あなたはいえいえ、と手を振った。


「この店舗の運営体制だと常連のお客様は中々つかないのですが、最近はいつもあなたがいらっしゃってるような気がします」


 その言葉にあなたは言葉を返した事だろう。

 そういえば、自分以外の客を見かけたことがない、と。


「ええ、普段はお客様がこられること自体が稀でありましたから。こられても一期一会の出会いが多いもので。もしくは数カ月に一度、というような頻度ですね」


 なるほど、とあなたは頷く。

 そのままカップを傾けると、中身が空であることに気づいた。


「おや、いかがいたしますか?」


 おかわりをもらうかどうか。

 あなたはもう一度空を眺める。勢いは弱いが、この調子ならまだ降り続けてくれるだろう。

 あなたは店主にカップを渡す。


「それでは、次は別の珈琲を試してみませんか? ちょうど旬のものを仕入れることができましたので」


 そうして、店主は新しい珈琲を淹れてくれた。

 カウンターに置かれた珈琲カップ。

 アンティーク調の古めかしいながらも美しい細工の白カップだ。

 あなたは砂糖を入れるかもしれないし、ミルクも入れるかもしれない。なにもいれずにブラックのまま頂くかもしれない。

 ただ、どうしようかと癖のような感覚でティースプーンを持ち上げるぐらいはしたかもしれない。

 目に映るのはこれまた細かく細工がなされた銀のティースプーン。

 どちらも喫茶店に自然に馴染んでいるものだからあまり注目していなかったが、こうして眺めるとひどく価値あるものにみえる。

 喫茶店やカフェというのはこうしてお洒落な小物を用意しているが、一体どこからこのようなものを仕入れているのだろうか。

 そんな疑問があなたの顔に浮かんでいたのか、店主が笑いを含んだ声で答えてくれた。


「そのカップとスプーンがお気に召しましたか? それはさる古物商から仕入れたものでして。……はい、ご察しの通り、晴れの日に営業している晴々青風古物雑貨店の商品です。よくこの店にも来るのですよ。……商品の押し売りのような形ですが」


 店主の顔が苦笑いに変わる。


「彼女も、商才はあるので私の好みに合った品を卸してくれるのはありがたいのですがねぇ」


 ただ、ぐいぐいくるのは少し困りものだと言う店主にあなたは興味を引かれた。

 どのような人物なのだろうか。


「恐らく会えると思いますよ。彼女は3か月に一度のペースできますので。時間が良ければ今日か、次か——」

「やっほー、ユウくーん! 晴々青風古物雑貨店、商品紹介の時間だよー! て、ぐえっ!?」


 噂をすれば影、というが、これほど相応しい言葉もないのだろう。

 店の奥から突然少女が大きなリュックを背負って現れた。しかし、あまりにリュックが大きいためにつっかえてしまい、少女が引きつった声を上げる。

 あなたは目をぱちくりとさせながら少女を見つめたかもしれない。

 そして、そのような少女をみて、店主はため息をついた。


「あー、はい。ええ、そうですね。ご察しの通り、彼女が晴々青風古物雑貨店の店主、古桂明ふるがつらあかりさんです」


 ・

 ・


「いやー、やっぱね? 商品を沢山見せたいからってギュウギュウに詰め込むのは良くないねー」


 あなたの隣の席。そこでは晴々青風古物雑貨店の店長がなはは、と笑いを響かせながら珈琲を啜っていた。


「そもそも、一度にあれだけ持ってきては商品に傷がつくと毎回申しているでしょうに」

「さすがにそこはわたしも気をつけてるって! だからほら、私の大事な子達はこの通り! とっても素敵なままでしょ?」


 あなたが客席のテーブルに目を向けるなら、そこには晴々青風古物雑貨店の店長がリュックに詰めていた古物や雑貨がところぜましと置かれていることだろう。3つあるテーブルはすべて商品で埋まり、それでも置き足りないため、椅子や床にも商品が置かれている。

 はっきりいって営業妨害も甚だしいだろうとあなたは感じたかもしれないが、店主は肩をすくませて返答するのみだ。

 2人の間の雰囲気をみるに、これがいつもの光景なのかもしれない。

 あなたは2人が話しているのを後目に、そっと商品の1つを手に取ってみる。それは果たして何を形容しているのか分からない動物の置物だった。


「それはねー、とあるおじいちゃんが昔、外国の秘境を探検している時に出会った民族から交換してもらったものらしいよ? 本当かどうかは分からないけど!」


 すっと横合いから声がかかり、あなたは驚いて横を振り向くだろう。晴々青風古物雑貨店の店長はにこにこと明るい笑顔をたたえながらあなたを見詰めていた。


「ね、ね、あなたはこういう古物って好きだったりする?」


 それに対し、あなたは好きだ、と肯定しようとするかもしれないし、そうでもない、と言おうとするかもしれない。ものによる、とも答えようとするかもしれない。

 何れにせよ、何らかの回答を提示しようとしたあなたではあったが、その前にずい、と晴々青風古物雑貨店の店長の手が出される。


「やっぱ今言わなくて大丈夫! もし好きって言ってくれるなら嬉しいし是非買っていって欲しいし、そうでもないって言うなら私が全力で魅力を教えてあげるんだけど、そういうのって、こんな辛気臭い雨の日じゃなくて、天晴れからからな晴れの日にするのが一番だから!」


「なら、私への押し売りも晴れの日にされるのはどうでしょう?」とカウンターの奥から雨草悠々亭の店主の声が飛ぶが、それに対しては「ユウくんは別なのです!」と快活な返事が返ってくる。


「そもそも、ユウくんが私のお店に来たのって何回あったっけ?」

「さて、何回でしたかねぇ」

「そんな数回あったかどうかなんじゃ全然ユウくんに商品を売ることが出来ないもの! だから私がユウくんのためにわざわざ、わざわーざ来てあげてるって訳なのです! 出張営業ってやつだね!」


 雨草悠々亭の店主がため息をつくのが聞こえた。


「だからといって、毎度これだけ持ってこられても困りますよ?」

「別に全部買って欲しいから持ってきたわけじゃないし。少しでもユウくんのお眼鏡に合うような子達が見つかるようにって持ってきたわけだから。それに、私はいっつも無理して買うのは絶対しなくていいって言ってるけど、ユウくんは買ってくれるじゃん」

「それは、あなたが絶妙に喫茶店の雰囲気に合うような古物を持ってくるおかげで……はぁ」


 そこまで言って店主は参ったというように首を振った。

 どうやら舌論では晴々青風古物雑貨店の店主が何枚も上手のようだ。商売上手とも言える。


「ってことで、今回もユウくんが好きそうな子達を用意したから見てくれない?」

「わかりました、わかりました、今行きます」


 そうして雨草悠々亭の店主も品定めを始めた。


「あ、あなたも自由も見ていってね! でも、もし欲しいのがあったら私の時間の時にお願い!」


 そう言って晴々青風古物雑貨店の店主は雨草悠々亭の店主の周りをうろちょろとしながら説明を始めた。

 ひとり取り残されたあなたはなんともなしに商品を見渡す。古めかしい色彩のティーセット、非対称な作りの置物、意匠の施された小刀、雲や波の描かれた土焼きの皿や小物。そのようなあなたが想像するような古物から何の為に作られたのか分からない鉄の棒、ゴミと見間違うような微かに赤茶けた麻縄の束、知らない言語で刻印のされた動かない時計など、ガラクタと思ってしまうようなものも並べられていた。

 もしかしたら価値を感じるものもあったかもしれないが、その大半はあなたの食指を動かすようなものではなかった。それでも、気になったものなどを手に取ってみるとすぐさま晴々青風古物雑貨店の店主が隣に来て説明をしてくれる。そのお陰であなたはどの古物も飽きずにみることができた。

 少なくとも、晴々青風古物雑貨店に行ってみたいと思えるくらいには楽しめたことだろう。

 あなたが大体の古物を見終わった頃、雨草悠々亭の店主も品定めを終えたようだ。その腕にはいくつかの古物が抱えられている。


「毎度あり、毎度あり〜。本当はユウくんも晴れの日に買いに来て欲しいんだけど、こればかりは妥協かなー」


 そう言いつつも彼女は嬉しそうにお金を懐にしまっていた。


「そういえば、あかさぎさんからの連絡は読みましたか?」

「あー、読んだ読んだ! なんか態度の悪いお客さんが来てお皿とか割れちゃったんでしょ!? それは仕方ないけどさぁ、私の大事な子達なんだからもうちょっと大事にさぁ」

「それはしかたないと諦める他ないでしょう。あかさぎさんは定期的に商品を買ってくださるお得意さまであるわけですし。それに、あかさぎさんのお客様から古物を買い取ることもあるのでしょう? それでしたらそういった事故も認めなければならないでしょう」

「うぅ……」

「ちなみに、その時に私が巻き込ませてしまった方がこちらのお客様なのですよ」


 すると、先程のしょんぼりした姿勢から一転、「そうなの!?」とあなたの手を握ってくる。


「うわぁ、すごく災難! 怖かったでしょ? 怪我とかしなかった? あそこ、結構魔境だからさー、よく帰ってこれたね!」


 晴々青風古物雑貨店の店主があなたを励ましている間に、雨草悠々亭の店主が声をかけてくる。

 やはりというか、彼女も化け物や人外といった類のものが存在することに疑問はもっていないようだ。


「そういえば、あかさぎさんからあなたに言伝を受け取っています。『あれはしっかりと処理した。間違いとはいえ、玄関から入った以上客であり、客に迷惑をかけた責任がある。もし曇集怪々食処にくるようならもてなしをさせてもらう』とのことです」


 処理した。それはいったいどのような意味なのか。恐らく、これもまた深く突っ込んではいけないのだろう。

 曇集怪々食処に行くということはもう二度とあるのかもわからない。ただ、もういかないから、と言う訳にもいかないため、あなたは頷くことで返事とした。


「大丈夫大丈夫、あかさぎさんが傍にいる時は安全だから! もしあっちにいくならそれだけ気を付けてね?」


 そのように晴々青風古物雑貨店の店主が助言を挟むと、次には「というか、次会ったら、絶対にもっと古物を大事にしてって言わなきゃ!」と感情露わに叫んでいた。

 それから少し雑談をし、壁にかかった振り子時計が鐘をならすころになると、外の様子も変わり始め、雨が窓を叩く音は聞こえなくなっていた。


「さて、そろそろ私は店仕舞いでしょうね」


 そう言って「会計をしてしまいましょうか」と雨草悠々亭の店主はレジに向かう。


「今日は騒がしくて申し訳ございません。彼女にはあとで言っておきますので」

「え、裏で説教はずるいって! きっと、この人だって楽しいって思ってくれたよ! ね、ね?」


 晴々青風古物雑貨店の店主があなたの手をとる。

 あなたは普通に肯定したかもしれないし、彼女の勢いに押されてつい頷いてしまったかもしれない。

 ただ、否定することはなかった。


「ほら! あ、次は私の店で会お? 折角の縁、あなたにはもっと沢山の古物に触れてほしいし、太陽の差し込む暖かな空間で古物を眺める幸せを知ってほしいから!」


 会計を終え、あなたは扉を開けて外に出る。

 空を見上げると、雨はちょうど上がり、分厚い雲が垂れ下がっていた。

 少し歩いて振り返れば、垣根の間から辛うじて見える店の灯りは消えていた。

 雨草悠々亭の時間の終わり、曇集怪々食処の時間。

 次来た時はもてなす、と言われたが、あなたはまだあの店に赴く勇気は持っていない。

 されど、いつか行った方が良いのだろう。あの時はどたばたしていたし、あの後のことやもっと深いことを教えてくれるかもしれない。

 そして、あなたは冷たい風の吹く午後の街を歩き始めた。

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