9-12:進化への招待

この日、大山は町はずれの自然公園に来ていた。

以前、覇氣の習得のために、真樹や梨花と修行した場所だ。


相変わらず閑散としており、周囲を囲んだ木々が僅かな風に揺られて囁くような音を立てる。

申し訳程度にあるベンチに座った大山は、深くため息をつくのだった。

今日の大山は、青色の薄いシャツとミニスカートというラフな恰好。

およそ戦いには向かない可愛らしい格好であるが、それが彼女の心境を表していた。


夏の朝は、既に暑さを感じられるほどの快晴である。

だが、大山の気持ちはひどく曇っていたのだった。


梨花に聞いたのだが、真樹もまたここ数日はコロシアムに現れていないという。

どうやら、三都ミトを離れて里帰りしているらしい。

壮絶な敗戦と、それに伴う恥辱のショックは大きかったようだ。


それは大山にとってもそうだった。

憧れの人にはボコボコに敗れ、満身創痍な状態で真樹と再戦する羽目になり、両試合で敗北。

そして、敗北を受けてのペナルティで、徹底的に辱められたのである。

1度目は憧れの霧子の目の前で……

そして2度目は、3戦目で敗北した真樹とセットで仲良く……


拘束されて身動きできないのをいいことに、鞭をはじめ様々な道具で痛めつけられ、服を脱がされ、身体中を触られ……


「んっ…………」


思い出すだけで身体が疼いてしまう。

思わず胸に手を当ててしまい、顔も火照ってしまう。


何よりもショックなのは、そんな恥辱の行いに、快感を覚えてしまっていたことだ。

裸を晒したまま『気持ちいい…』と呟いてしまったことは、既に映像としてV.G.Hubで出回っているだろう。


自分はどうやら、淫乱な女の素質があるらしい。

前々からそうなんじゃないかという疑念はあったのだが、今回の遠征でそれをはっきりと自覚してしまったのだ。


ヴァルキリーゲームズで敗北した者は、ペナルティという恥辱を受ける。

それに同意している者だけが参加できる。

だが、それ故に参加している選手は、淫らな女の子の素質を持っている者ばかり。

ペナルティを繰り返し受けるうちに、その快楽に目覚めていき、最終的にはその身体を売り物にしてしまう女戦士ヴァルキリーもいるという。


自分は、このまま戦い続けていけるのだろうか…?

もしまた、ペナルティを受けたら……

あの恥辱を、あの快楽を味わってしまったら…………



この場には、真樹も梨花もいない。

たった一人で悩んでいたことで、余計に弱気になってしまう。


そんな時だった。



「おや、大山ちゃんだけかな?」


聞き覚えのある男の声がして、大山は思わず飛び上がる。


「てめっ……!!」


ベンチから飛び降りた大山の前には、憎たらしいほど爽やかなイケメンが立っていた。

お馴染みの青メッシュをつけた青年、ヤミト。

自分を何度もペナルティで辱めてきた張本人でもある。

イズモでも、わざわざ回りくどい手を回して、自分と真樹を辱めてきた男。


その横には、深い緑の髪をポニーテールに結った女、裕がいた。

可愛らしいワンピースを着ていたが、彼女の得物が入っているであろう背負った細長い袋が、恰好とのミスマッチ感を漂わせる。


ヤミトに恋し彼に従順な彼女は、イズモのペナルティにも『弄ぶ側』で参加してきた。

自分を襲ってきた男女が、揃ってこの場に現れたのは偶然ではあるまい。


「なんでここに…!?」

「いやぁ、この公園は人が少ないから撮影にはもってこいなんだよね。

僕、表社会でも動画投稿者なの、知ってるでしょ?」

「んふー、これはこれは、意図せずして良い撮影が出来ちゃうかもね~?」


さらりと説明するとヤミトと、ニヤニヤしながら言う裕。

まさか、こんな昼間から自分のカラダを狙っているのか。

2人の予想外の登場に、大山は思わず身を抱き寄せる。

そのせいで自身の胸が強調されてしまっているのを、大山は気付いていない。


「あはは、冗談だよ。

裏社会の人をホイホイと表社会用の動画で撮らないってば。

にしても、大山ちゃんこそ何してたの?

ぼけーっと黄昏ちゃってさ」

「大方、イズモでエロい目に遭ったから、これからも続けていけるかって落ち込んでたってところじゃない?」

「…………チッ!」


裕の疑問に、ヤミトはさも見透かしたように言う。

図星だったことで何も言えず、大山は舌打ちだけするのだった。


「あー…まぁ、あそこは強烈だったものねー」

「一緒にアタイを弄ってたやつが言うなよ……」


イズモでノリノリでエロ攻めをしてきた裕に、大山は呆れるしかない。


本来、女戦士ヴァルキリーは関係者特権として無料で試合を見れるのだが、その分ペナルティには参加できない。

ただし、他の観客と同様に賭けに参加して勝つことが出来れば、女戦士ヴァルキリーでも『敗者を弄ぶ側』でペナルティに参加することができるのだ。

イズモでは、裕はあえてヤミトと一緒に大金を出して賭けに参加し、真樹と大山を弄ぶ権利を獲得。

ペナルティにノリノリで参加し、散々に自分たちを辱めてきたのだ。

イズモ・コロシアムの流儀に従って、目隠しされたところを、あの香澄と共に玩具攻めされたことは、当分忘れられないだろう。


「あはは、でも……気持ちよくなっちゃったんでしょ?」

「うぐっ……」


裕の問いに、大山は言葉に詰まる。

今まさに、そのことで悩んでいたのだから。


「女の子なんだもの。

男に見せつけることは恥じゃないでしょ?

自分が一番美しいんだ、艶やかなんだって見せつけたくなるのは自然じゃない?」


頬に手を当てて、顔を赤らめながら話す裕の顔は、どこか恍惚としていた。


「…………おい、コイツこんなに変態的だったか?」

「うーん、僕と付き合うようになってから、エロに対してどんどん積極的になっちゃってね」


裕のあんまりな言い分に、大山は思わずヤミトに聞き返す。

大山は裕との接点はほぼ無いが、以前ミトで会った時の印象は、この男に惚れ込んでいるあまり、彼のお気に入りである真樹に決闘を吹っ掛けるほど一途だった。

ただ、それ以外のところは、いかにも武士といった生真面目な印象を受けていたのだが。


裕は真樹に負けた時のペナルティの際、ヤミトに公開告白をする羽目になった。

それが切っ掛けで、何かが吹っ切れてしまったらしい。

ヤミトもやや苦笑気味だ。


「まぁ、えっちなことが好きだからといって、女戦士ヴァルキリーとして弱くなるとは限らないでしょ。

カグヤさんとか凄いじゃん」

「うぐ…………」


ヤミトの言い分を聞いて、大山の顔が曇る。

確かに、『最強の痴女』と呼ばれる彼女の恐ろしさを、イズモでは散々に分からされた。

しかし、ああなりたいかと言われると……


黙っていた大山を見たヤミトは、更に追い打ちをかける。


「ふーん……落ち込んでるのは、僕らやカグヤさんにエロい目に遭わされたこと、だけじゃないね?」


ヤミトは真剣な顔になって、問う。


「あのカグヤさんに食らいつくほどの力を見せた、真樹ちゃんとの実力差に落ち込んでるんじゃない?」

「…………っ!!!」


その指摘に、大山の表情は明確に変化した。

怒りと悲しみ、そして悔しさが入り混じった表情。

分かりやすいほど図星であった。


イズモ・コロシアムでの3戦目にて、真樹はとんでもない力を見せた。

覇氣の光を身体中から放ち、まるで獣のように暴れまわったのだ。

マスタークラスであるカグヤに食らいつくほどの超人ぶりで。


まさか、あれほどの力をまだ隠し持っていたとは。

覇氣使いとなってからずっと後ろを追いかけていっていたが、その差があまりにも大きいことを知ってしまったのだ。


「あのとんでもない覇氣……神氣って言ってたっけ。

あれは凄かったねー」


裕も感心する様子を見せる。


「うーん、初めて見た時からそうじゃないかと思ってたけど。

真樹ちゃん、やっぱりとんでもない欲望を抱えてたんだねぇ」

「……欲望?」


感心するように言うヤミトの言葉の中で、その単語が大山には引っ掛かった。


「覇氣は命の力。命の力は欲望から生まれる。

カグヤさんとか誰かが言ってなかった?」


確かに、カグヤがそんなことを言ってたような。


「……なんで欲望が、覇氣に関係するんだ?」


大山は純粋に疑問に上げた。

これまでも、何度か欲望をキーワードに上げる人が何人かいた。

あまり深く考えていなかったが、そもそも覇氣についても、あまり詳しいことが分かっていない。


「そうか、まずそこからか」


ヤミトは納得したように呟く。

大山は、確かに覇氣使いとして天才なのかもしれない。

ここまで、感覚だけで覇氣を身に付け、使ってきたのだから。


「うーん、僕の解釈でよければ、覇氣や神氣について教えてあげるよ。

それから、ヴァルキリーゲームズになんで覇氣使いが集まるのかも」


ヤミトの言葉に、大山は頷く。

この男に講義されるのは癪だが、彼がヴァルキリーゲームズについて自分より詳しいというのは、この数ヶ月でよく分かっていた。


「んじゃ、さっそく。

そもそもだけど、覇氣使いってカッコよく言ってるけどさ。

身体がとんでもなく頑丈になったり、波動出したり、炎や氷出したり、空飛んだり……

ぶっちゃけ、人間としておかしいよね?」


今更ながら、とんでもない正論をぶっこんで来た。


「だけどね、覇氣を習得できた者はそれが出来てしまう。

もっと強くなれれば、もっと遠くまで攻撃出来たら、もっと高く飛べたら……

そうやって願い、身体を鍛えていたら、いつの間にかそれが出来るようになっていた。

大山ちゃんもそんな経験あるんじゃない?

ヤクシマで茜ちゃんの試合を見てたから、炎の王羅オーラとかイメージしやすかったんじゃない?

『あんな技、自分でも使ってみたいな~』って」


言われてみればと大山は思い返す。

右手から覇氣を炎として纏って戦う、炎の王羅オーラ

確かにこの技は、茜と真樹の試合を見ていたから生まれたものだ。

自分でも出来ないか試行錯誤して出来上がった技なのだ。


「そう。

覇氣使いっていうのは、一言で言っちゃえば進化した人類なんだよ」


ヤミトは簡潔に答えるのだった。


「自分の中の、こうなりたいっていう欲望。

それを叶えるために身体を作り変えた新人類、といっていいかもしれないね」


唖然とする大山を見ながら、ヤミトは言葉を続ける。


「人は生きてる限り、欲望からは逃げられない。

いろんな欲望を内に秘めながら暮らしているんだ。

生きたい。美味しいもの食べたい。綺麗になりたい。強くなりたい。目立ちたい。

面白い漫画が読みたい。海外に行ってみたい。お金持ちになりたい。社会を動かしたい。

あとは、いい異性と交わりたい、とか」


生きとし生ける者すべて、無欲ではいられない。


「その欲望を叶えるために、人は変われる、努力できる。

綺麗になりたくてダイエットしたり化粧したりするし、海外に行ってみたいから外国語を学ぶ。

お金持ちになりたくて投資とか勉強する人だっているし、強くなりたいから身体を鍛える。

表社会の人だって、普通にやってることだよね?」


ここまでは、みな当たり前にやっていること。


「だけど、常人には抱えられないような、強い欲望を持った人間というのもいるんだよ。

普通の生活では満足できないような、とんでもない欲望を持った人たちが満足するには…………

普通じゃなくなってしまえばいい」


ヤミトの言い方に、大山はごくりと息をのむ。


「超常の力を振るう、特別な人間。

その根幹にあるのは、欲望。

己に宿る強大な欲望を叶えるため、身体の作りから変化した、人間の革新した姿。

それが覇氣使い。

僕はそういう風に解釈しているよ」


大山は自分の右手を眺める。

ヴァルキリーゲームズで戦っているうちに、いつの間にか人のカテゴリーから外れていた。

うすうす感じていたが、改めて言われてみるとショックではある。


「まぁ、まだヒトの範疇だから。

普通の人間と一緒に暮らそうと思えば暮らせるよ。

けどま、はみ出し者にはなりがちだよね。

人よりちょっと容姿が優れたり能力が高いだけでも、妬みやら何やら向けるのが人間だし」


ヤミトは呆れたように笑う。

彼自身も美少年だからこそ、謂れのない妬みを言われた経験があるのだろうか。


「だから裏社会なんてものがある。

いくらトンデモ能力持ってても、少数派ではあるからね。

そういう奴らのための受け皿は必要だよねぇ」


表社会にいる者達とは少し外れた力を持ってしまったが故に、馴染めなくなる人はいる。

そんな者達が集うのが裏社会というものだ。


「とまぁ、それはさておき。

覇氣使いになると、そんな欲望が身体にカタチを与えていく。

女戦士ヴァルキリーに美人が多いのは、やっぱり女性ってのは根本的に美しさを求めちゃうからなのかもねー」


裏社会で出会った女性は、そのほとんどが妖艶な美女や可愛らしい美少女だ。

進化の過程で美容も進化してしまうのかもしれない。


「ただ……覇氣がもたらす力は危険な力でもある。

例えば、何かを破壊したいとか、人を殺したいとか、世界征服したいとか。

そんな欲望で進化しちゃう人だっているかもしれない。

そんな奴らが覇氣を思うままに奮ったら、社会はひとたまりもないだろうねー」


確かに、裏社会なんてものが存在しているのだ。

悪の秘密結社のようなものが存在していてもおかしくない。


「けどね、欲望とは誰も一つだけ抱えてるわけじゃない。

美味しいものを食べたいと思いっきり寝たいが共存できるように、人は常にたくさんの欲望を抱えて生きている。

その中で特に強い欲望が表に出て、その人の性格っぽく見えてるってだけだ」


人の性格というのは、人の欲望によって決まる、とヤミトは考えている。

いかにも金にうるさそうな奴というのが顔に出る、というのはこの理屈だと考えている。

抱えている欲望が、人格にも見た目にも表れるのだと考えていた。


「……そして、人は変わることが出来る。

表面化する欲望が変わることによって」

「おい、まさか…」


ヤミトが言いたいことに、大山は気付く。


「あはは、気付いた?

なんでヴァルキリーゲームズで、えっちなペナルティが行われているのか。

それが表社会から黙認されているのか」


負けた者はその身を弄ばれる。

この卑猥な罰ゲームが裏社会でまかり通るのにも理由がある。


「そう、性欲っていうのは、とても分かりやすく強大な欲望だ。

なんせ生物の3大欲求の1つ、生き物の本能そのものだからねぇ。

抑えることは出来ても、無くすことは出来ない」


意識している人は少ないかもしれないが、生物の3大欲求とは人が生まれた瞬間から抱えているものだ。

そして、身体の成長と共に強大になっていく欲望そのものである。

これほど身近で強大な欲望は他にあるまい。


「覇氣使いが恐ろしいのは、その超常の力を破壊願望や殺人衝動やらに使ってしまうこと。

なら、そんな欲望よりも、別な欲望で上書きしちゃえばいい。

より強大で、よりシンプルな欲望に。

人を殺したいとかに比べれば、エロに興じたいなんて可愛いものでしょ?」


とんでもない理由でヴァルキリーゲームズのペナルティは設定されていたことに、大山は唖然となる。

一見すると馬鹿馬鹿しい理屈。

だが、このペナルティがあるために試合が熱狂を帯びることも確かだ。


「それに、どうせならエンターテイメントとしちゃえば、みんなが愉しめるし。

ついでに、噂が集まれば裏の連中を一箇所に集められる。

だから、この国のヴァルキリーゲームズは、かなり組織的に運用されているんだよ。

それこそ、警察とか政府とか大企業とか諸々にも協力してもらってね。

もしサイコキラーみたいなのが紛れても監視しやすいし、内々に処理できる。

おまけに、お金を流動的に動かせるから表で停滞してる経済も動く。

『負けた女の子にえっちな罰ゲーム』というルールを軸にして、この国の裏社会は一大秩序を築き上げているんだ。

まさに、エロで国を救ってるわけだね」


思ったよりも壮大な舞台で戦ってることに、大山はくらくらとしてくる。


「……けどよ、そこで戦ってエラい目に遭う女戦士ヴァルキリーは、まるで生贄じゃねぇか」

「そうだよ?」


大山の疑問に、ヤミトはあっけらかんと応える。


「だから、このゲームの参加には同意がいる。

負ければえっちな目に遭うけれど。

たくさんの人の欲望に晒され続けることになるけれど。

それでも戦いの場に出るのかってね。

その分、力を示せればお金や名誉が手に入る。

自分の夢や野望を叶えられる可能性は高くなる。

だから、このゲームに挑んでいく覚悟があるのか、常に試されるのさ」


これまでにも何度か聞かれてきた。

このゲームで戦っていく覚悟はあるか?


その意味の重さを改めて突き付けられて、大山は黙り込んでしまう。

ヴァルキリーゲームズという舞台が、想像以上に巨大な舞台であったことに、委縮してしまう。


「まぁ、難しく考えなくてもいいんだよ。

己の力と美貌で、欲しいものを手に入れる。

それがヴァルキリーゲームズだからね」


ヤミトは慰めるように言葉を続ける。


「もちろん、僕も含めた観客の男どもも、自分の欲望を叶えるために動いている。

強い者を味方につけたいとか、あるいは単純に弱い者を嬲りたいとか…

負けた女の子をえっちなオンナノコに仕立て上げて、いつでも好き放題出来る様に手に入れたい、とかね」

「う……」


ヤミトの言い分に、大山は顔を赤らめる。

実際に手懐けている女が傍にいるだけに、この男も強い欲望を抱えた人物なのは間違いない。

そして、その狙いが自分にも向けられていることも感じ取る。


「そんな奴らの欲望に打ち勝つほどの欲望ねがい……君にはあるかい?」


問いかけるヤミトに、大山は答えることが出来なかった。

自分が想像するよりも、ずっと大きな欲望に囲まれた世界で戦ってきたことを、今更ながら思い知らされたのだから。


「ねぇ、大山ちゃん。

大山ちゃんはなんで、ヴァルキリーゲームズに来たの?」


沈黙する大山を見かねたのか、それまで静観していた裕が聞いてくる。


「あ、アタイは……」


裕の質問に、大山は弱弱しく答える。


大山の原点、ヴァルキリーゲームズに挑む理由……

それは……


「アタイは……アタイのは、ただの意地だ。

世話になった人に、認めてもらいたかっただけだ……」

「霧子さんだよね。表社会のプロレスやってた時に知り合ったんだって?」

「あぁ……あの人に勝ちたいって、ずっと意地張って生きてきた。

それだけのために、裏社会なんてものに飛び込んじまった…」


ただの意地。

恩師でもある霧子に対する意地。

それが、大山の戦う理由だ。


粋がっていた時にあっさりと打ち倒されて、それが悔しくて。

自身がプロレスラーになった時には、もう恩師は引退していて。


そして、裏社会にいると耳にして、このヴァルキリーゲームズに飛び込んだ。



全てはただ、意地なのだ。



あまりにも、戦う理由が弱い。

ヴァルキリーゲームズを取り囲む強大な欲望に対抗するには、あまりにも弱い。

そんな風に感じてしまっていた。


「それで、久々に会ったらボコボコにされて傷心?

それともエロい目に遭って、自分がえっちなことされるために参加してるんじゃないかって悩んじゃった?」

「うぐ……」


ぐさぐさと言葉を紡ぐ裕に、大山は怯む。


だが、裕はまったく別の切り口を狙ってきた。


「…そのままじゃ負け犬じゃん」

「……んだとっ!?」


裕のあまりにもストレートな挑発に、流石の大山も思わず反応する。


「霧子さんには表社会のプロレスでもボコボコにされてたんでしょ?

それでも負けたくなくて、ずっと鍛えてきたんでしょ?

なのに、裏社会で一回ボコられたくらいで諦めるの?

真樹ちゃんや他にも負けっぱなしのまま、ただのエロ女って評判のままで諦めちゃうの?」


大山は決して弱くはない。

戦績も実力も凄まじい勢いで伸ばしている、紛れもなく今年注目の新人の1人だ。

しかし、真樹や沙耶といった超新星と比べると、どうしても負け試合の印象が強いのも確か。


それだけに、この煽りには反応した。


「てめぇ……喧嘩売ってんのか?」

「そうだよ?」


ピキリと来た大山相手に、裕はあっさりと答える。


「ヤミト君がピース5ファイブなんて持ち上げて、ボクら同世代をライバル同士に仕立てようとしてるのは知ってるでしょ?

ボクはそれに乗るのは構わないけど、キミみたいな腰抜けを同じ土俵のライバルとしては認めたくないかな?」


裕はそう言うと、背負っていた袋から薙刀を取り出して構えた。

どこからか裕を取り囲むように風が吹き、薙刀の先に風が纏っていく。

風の覇氣を纏い、戦闘態勢を取る裕。


「……上等だよ。

その喧嘩、買ってやる!!」


ここまで言われて黙っているほど、お淑やかな女ではない。

そう奮い立った大山も、すぐさま覇氣の力を炎に変えて拳に纏う。


「そうこなくちゃ!」


風と炎の覇氣の使い手が、お互い闘志を隠す気も無く睨み合う。



これは試合ではなく喧嘩だ。

それだけに、何の合図もなく戦いは始まったのだった。

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