9-11:再起、そして再起

「ん……」


目を覚ますと、見覚えのある天井。

周りの樹の匂いが、小屋の中であったことを思い出させる。


(あぁそうか、また瑠璃亜さんに気絶させられたんだっけ…)


ぼんやりとした頭が徐々に働き出す。

窓の外からは日の光が差し込んでいた。

どうやらもう朝になっているようで、自分はぐっすり眠ることが出来たらしい。


ふと横を見ると、瑠璃亜がすぅすぅと息を立てて眠っていた。

相変わらずタンクトップから谷間を見せた、セクシーな体勢のままである。


「ッ……!」


それを見た真樹は、急激に顔を赤らめていく。

昨夜、とんでもないことをしてしまったことを思い出したのだ。

真樹は慌てて立ち上がると、そのまま逃げるように小屋の外へ出ていってしまうのだった。




外は既に明るくなっており、夏の朝日は真樹のことを明るく照らす。

滝の傍まで来ると水辺特有の涼しさも手伝い、気持ちの良い気候を感じ取れる。

だが、真樹自身の心は悶々としたままだ。


「はぁ……」


昨夜の失態を思い出し、ため息をついてしまう。


いくらすぐ横にいたからとはいえ、憧れの人へ触れようとした。

欲情の赴くままに、彼女のカラダへ、胸へと手を伸ばそうとしたのだ。


瑠璃亜さんは笑っていなしてたけど、自分はなんと未熟なのだろうか。


神氣という力を手に入れたことはよかった。

そのために、自分の中の欲望と向き合う覚悟もしたはずだった。


だが、自分の中にある欲望というのは、思っていたよりも大きいらしい。


神氣とは、より強く進化した覇氣。

そして、覇氣とは己の欲望が源となる力。

神氣を引き出せるということは、己の欲望もまた進化しているのかもしれない。


「ふぅ……」


夏の朝日の光を浴びながら、深呼吸を繰り返す。

自然と一体になったようで気持ちが良い。

どうにか昂る気持ちを落ち着けていく。


それでも、身体がどこか疼くような感覚が残る。


何か別のことで気を紛らわせられないか、と考えた真樹の目の前には、轟々と流れ落ちる滝。

4段になって流れる復路雫の滝は、今日も途切れることなく流れ落ちている。

真樹は、その1段目の滝を見つめてみる。

勢いのついた水は激しく流れ落ち、大きな水の壁となってそこに在った。


(そういえば、昨日の戦いの中で、瑠璃亜さんはあの滝を爆発させてたっけ…)


滝の中から神氣を纏って飛び出してきた時、その衝撃で滝の水が全部吹っ飛んでいた。

流れ落ちる滝の流れが、一瞬とはいえ完全に途切れていたのだ。

この勢いのある滝が途切れるなんて、よほどの力で吹き飛ばさなければ出来ないだろう。



今の自分は、どれくらいのことが出来る…?



己の感じたままに、真樹は精神を集中させる。

自分の中の覇氣を、右手に集中させていく。

真樹の右手に、ぐんぐんと覇氣の光が集まっていく。


「松葉破!!!」


覇氣のエネルギーで練られた氣弾を一発、滝に向かって放つ!



どぱぁん!!



流れ落ちる滝へ飛んでいった氣弾は、着弾と同時に破裂した。

その衝撃で少しだけ、水の壁に穴が開いた。

しかしそれも一瞬のこと。

すぐに滝は元通りになってしまう。


この程度ではまったく届かないか。


真樹はもう一度、自分の中の力を引き出そうと試みる。

自分の中の力を、より強大な覇氣…神氣へと変えてみる。


再び右手に力を込める。

精神を集中し、身体の中にある覇氣を右手に集める。

ただし、もっと強力なものをと意識する。


もっと力を、もっと強さを!

自分の中にあるものを、ごっそりと右手に持っていかれるような感覚がする。

身体全体が熱くなり、気持ちがどんどん昂ってくる。



あの滝、全部ぶっ飛ばしたい!!



そんな気持ちに応えるように、右手に集まる覇氣が黄金色に輝きだす。


ゴウ・松葉破!!」



真樹の掌から、金色に輝く氣弾が放たれた!!

右手から放たれた巨大な光の弾が、滝に向かって飛んでいく!



どぱあああああんっ!!!



滝に着弾すると同時に、派手な爆風が巻き起こった。

今度は滝に大穴が空いた。


だが、水を途切れさせるほどには至っていない。

再び滝は流れ落ち、水の壁はさも何事も無かったかのように流れ続けていた。



「はぁ……はぁ……私はまだ、こんなものか」



右手から神氣を出しただけで、身体が妙に熱い。

神氣を少し使っただけで、身体中から高揚感を感じた。


それに、やや疲れを感じる。

普通に覇氣を扱うよりも、やはり消耗は激しいらしい。

あまり気軽に使っていいものではなさそうだ。


「うふふ、さっそく練習?」

「あ……瑠璃亜さん!

すみません、起こしちゃいましたか?」


いつの間にか、瑠璃亜が後ろに立っていた。

先ほどの滝爆破の音で起こしてしまったのだろうか?


頭を下げる真樹に、瑠璃亜は手を振って応える。


「いいのいいの、気にしないで。

でも……」


瑠璃亜は一瞬だけ言葉を切ると、真樹にとあることを指摘する。



「せめて服はちゃんと着た方がいいわよ?」

「へっ…………ひゃうっ!?」


瑠璃亜の指摘に、真樹は思わずうずくまる。

なんせ、今の今まで、素っ裸のままだったのだから。

慌てて胸と股を手で隠し、その場で座り込んでしまう。


そういえば、昨日戦いに負けて気絶した後、身体を拭いてもらうために脱がされていたんだった。

そのまま寝てしまって、起きた直後に瑠璃亜さんに赤面して外へと飛び出してしまった。

結果、裸のままで小屋の外に出て、堂々と身体を晒しながら神氣の練習をしていたのだ。


そんなことある!?…と自分で問いただしたかった。

今の今まで、服を着るという考えがすっぽ抜けていたとは。


瑠璃亜に手を出さないようにという意識のせいだろうか。

それとも、さっそく神氣を使ってみたいという欲望のせいだろうか。


何かをしたいという欲求の為には、服を着ることすら忘れてしまう。

行動力があると言えばそれまでだが、一歩間違えれば痴女一直線。


早くもこれからの生活に、不安を覚える真樹であった。








それから2時間ほどして……

真樹と瑠璃亜は並んで電車に乗っていた。


瑠璃亜はモデルの仕事もあるため、そろそろ戻るという。

『一緒に帰る?』と聞かれて、真樹は2つ返事で承諾したのだった。


既に日が昇りきった夏の午前。

ローカルな電車には相変わらず人が乗っていない。


そんな列車に、デカいリュックを抱えた少女と、ブランドもののカバンを下げた女性が乗っていた。

もちろん、流石に服は着ている。

真樹は可愛らしい柄物のシャツとハーフパンツを着ており、来た時と同じくデカい荷物を脇に置いていた。

隣にいる瑠璃亜は、昨日とは違い色のジャージを着ており、サングラスも着用していた。

彼女は身を隠す時には、わざと質素なジャージで出掛けているそうだ。

確かにトップモデルがわざわざダサいジャージを着ていると考える人は少ないだろう。

大きな荷物を抱えた2人の女性は、まるでキャンプ帰りか何かのように見えるだろう。


そんな2人は、電車の中でも談笑を続ける。

車内に人がいないからか、裏社会の話も続けられた。


「まぁ、しばらくは、1人でいる時は神氣を使わない方が良さそうね。

まだまだ危なっかしいし。

誰か実力のある人が見ている時の方がいいと思うわよ」

「そうですね……気を付けます、本当に」


瑠璃亜の言葉に、真樹は顔を赤らめて項垂れる。

この人には随分と恥ずかしいところを見られてばっかりだ。

心配されるのも無理はなかった。


神氣を扱うと、身体からの衝動がとてつもなく大きくなる。

引き出すことは出来るようになったが、制御するにはまだまだ修行が必要。

しかし、1人で修行するとなると、この衝動に飲み込まれかねない。

服を着ることを忘れるなんて、まだ可愛い方だろう。

衝動の赴くままに行動した結果、取り返しのつかないことをしでかす可能性も無くはないのだ。


「まぁ、ミト・コロシアムならば修行に付き合ってくれる人はそれなりにいるでしょ。

梨花ちゃんもそうだし、レイアやカグヤちゃんもそうだろうし」

「カグヤさん、ですか……」

「あぁ……彼女だと変な方向に覚醒させられちゃいそうね」


カグヤと聞いてげんなりとする真樹に、瑠璃亜は同情して苦笑するのだった。

あの人に近づくと、自分の欲望を良くない方向で解放させてきそうである。

いずれはあの人にも、また立ち向かわなくてはならないのだろうが。


「後はまぁ、神氣を使える人と戦ってみる、とかね。

マスタークラスはもちろんのこと、エキスパートクラスにも何人かはいるけど……。

まぁ、言葉で教えるのはまず難しいから、実戦修行が一番手っ取り早そうね」


神氣を扱う領域に達した者は何人かいるが、この能力をきちんと教わることは難しいだろうと瑠璃亜は考えていた。


神氣の源となる欲望は人それぞれ。

だから、神氣の操り方は人それぞれに違い、本人に適した形があるのだ。

誰かに教えてもらって出来るものではない。

結局は実践して磨くしかないのだ。


そういう意味では、ヴァルキリーゲームズはうってつけである。

その力を持て余し、解放する場を求めている実力者が集っているのだから。





「少しは私もコロシアムに顔を出そうかしら」


三都ミトの駅へと帰ってきた2人はその場で解散する予定だった。

だが、瑠璃亜は何か気になることがあったようで、コロシアムへ向かうという。

真樹もまた、休暇から戻ってきたことを報告するために、ご一緒することにした。

少しでも瑠璃亜と一緒にいたいという欲望も、ひっそりと感じながら。



ミト・コロシアムへ向かうには、繁華街の裏にある地下道へ向かう必要がある。

その地下道の入り口で、真樹は見覚えのある人物を見かけた。


「うんうん。初心忘れるべからず、だね」

「まぁ、僕としては注目の女の子がリタイアしなくて嬉しいけどね」

「うるせぇ、てめぇにだけはどんなことされてもなびくもんか…!」


やり取りをしている3人の男女のうち、大柄な女性は真樹もよく知っている人物だった。


「大山ちゃん!」

「お、真樹か。里帰りから帰ってきたのか?」


大山は真樹に気付くと、パッと表情を明るくして近づいてくる。


「それに、ヤミトさんと裕ちゃん!?」

「へぇ……イズモでの敗戦のショックで落ち込んでるって聞いたけど、元気そうじゃない?」

「あはは、よかった。ボクはいつかリベンジの機会を狙ってるんだからね!」


ヤミトと裕もまた、真樹の復活を喜ぶ様子を見せる。

自分のカラダを狙う悪魔イケメンはともかく、ライバルの一人であるポニーテールの薙刀使いは、闘志を滾らせているようだった。


「それに……まさか、チャンピオンにお会いできるとはね」


ヤミトは、真樹の隣にいる瑠璃亜にも挨拶をする。

ジャージ姿であえて抑えめにしているのだが、流石に間近で見れば気付く人は気付く。


「うふふ、よろしくね。

なかなか興味深いことを企んでいるみたいじゃない?」


一方の瑠璃亜の方も、ヤミトのことは簡単にだが知っている。

ヴァルキリーゲームズの常連客にして、表社会のMyTubeでも、裏社会のV.G.Hubでも人気の動画投稿者。

彼が真樹を初めとする若い女戦士ヴァルキリー達の人気を煽るように動いているのは流石に知っている。


「ファンの動きを止めることは出来ないし、盛り上げてくれるのはありがたいけれど……

一線は超えないようにね。

裏社会は表よりもずっと、ルール違反には厳しいからね」

「ご忠告感謝しますよ」


笑顔で圧を掛ける瑠璃亜を、ヤミトはさらりと流す。


「それじゃ、僕らはそろそろお暇するかな。

これからも期待してるよー」

「それじゃ、またねー!真樹ちゃんに大山ちゃん!」

「けっ、せいぜいアタイの賞金上乗せしとけよー!」


ヤミトは挨拶もそこそこに、裕を連れて去っていった。

帰っていくヤミト達に、大山は捨て台詞を浴びせるのだった。



「うふふ、若い子同士の切磋琢磨はいいものね」


ニコニコと笑う瑠璃亜が先導する形で、真樹と大山は連れ立って地下道へと入っていく。


「なんにせよ、真樹が元気なようで何よりだぜ。

里帰りしたって聞いたから、もしかしたら帰ってこないんじゃないかってよ」

「あはは、ごめんね。何も相談しないまま行っちゃって」


大きな荷物を背負ったまま、真樹は大山に対して謝罪する。

真樹は己の気持ちの向くままに、火太刀の里へ帰っていったのだ。

いきなりのライバルの帰郷に、大山としては気が気じゃなかったのだ。


「大山ちゃんこそ、元気そうで何よりだよ。

イズモの時、凄かったからさ」

「あぁ……まぁな。

流石に堪えたが、どうにか戦う気力を取り戻せたよ」


真樹だけでなく、大山の方もイズモでの敗戦はかなり心にクるものがあったはずだ。

憧れの師匠にボコボコにされた上、真樹とも再戦で敗北。

1日で2度もペナルティをやる羽目になり、かつてないほどの恥辱を味あわされたのだ。

実は大山の方も、この数日間はコロシアムに顔を出していなかった。


「うふふ、さっきの子達と何かいいことでもあったのかしら?」

「うっ…!」


振り向きながら聞く瑠璃亜は悪戯っぽく笑う。

それを聞いて大山の顔が、ほんのりと赤くなった。


「えっ!?

大山ちゃん、もしかして……」

「いや違う、違うけど…!」


真樹が顔を赤らめて大山を見てきたので、慌てて大山は弁明する。


ヤミトは顔はイケメンであるものの、女戦士ヴァルキリーのカラダを文字通り性的な意味で狙っている変態男である。

そんな彼に、何かいいこと……人には言えないことをされてしまったのではないか。


思わずそんな想像をしてしまった真樹だが、それは違うと大山は慌てて否定する。

とはいえ、顔を赤らめて可愛らしく手を振り否定する大山を、真樹と瑠璃亜は興味深そうに見つめていた。


2人の視線に耐えられず、大山はそのまま頭を抱えて唸り出す。


「うぅ……悔しい!

よりにもよって、アイツらに元気づけられちまうなんて…!」


地下道に、大山の叫びが響くのだった。

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