9-10:欲望を律してこそ人
「ん……」
ゆっくりと目を覚ますと、そこは見覚えのない天井……
かと思ったが、見覚えのある天井だ。
(そうか、ここに運び込まれたんだ……)
少しずつ記憶がはっきりしてくる。
瑠璃亜との手合わせは、空へと舞台を変えるほどだった。
神氣の覚醒によって新たなステージで戦える喜び。
衝動の赴くままに瑠璃亜の元へと飛び掛かったものの、綺麗に返り討ちにあったのだ。
水場とはいえ、あの高さから叩き落されたのに無事で済んだとは…
そこからの記憶は無いが、どうやらこの小屋に運んでもらったらしい。
真樹はよろよろと身体を起こしてみると、布の擦れる感触がした。
小屋に備え付けてあった布団が掛けられていたのだ。
布団と呼んでいいものか分からないほど薄ーい布ではあるが。
それがはだけ落ちると、ちょっと寒い。
…寒い?
「…………ひゃっ!?」
真樹は思わず悲鳴を上げて、身体を手で押さえる。
なんせ、自身が素っ裸だったからだ。
「いっ……!?」
ピキッ…!
びくっびくっ…!
急に身体を動かしたからだろうか。
身体中に激痛が走り、苦悶の声を上げてしまう。
真樹はそのまま、胸を隠すこともなく、仰向けに倒れ込んでしまう。
「あら、起きた?」
小屋の隅でポットを沸かしていた瑠璃亜が、真樹の目覚めに気付いたようだ。
戦っていた時とは違う格好で、ラフなタンクトップとショートパンツを着用していた。
モデルとして磨かれた、豊満な膨らみと綺麗な脚線美を惜しげもなく見せつけてくる。
並の人物なら見ただけで赤面しそうな恰好のまま、瑠璃亜は真樹に近づいて優しく微笑むのだった。
「神氣を初めて使った反動でしょう。
しばらくは身体が痛いでしょうから、無理はしなくていいわ」
そう言って瑠璃亜は真樹の布団をかけ直してやる。
「流石にびしょ濡れのまま寝かせるのもアレだから、身体を拭かせてもらったわね」
「あぅ……」
戦いの最後に滝壺に叩き落されたのだ。
自分は気を失っていたが、あの後に瑠璃亜が助けてくれたのだろう。
裸を見られたことは流石にちょっと気恥ずかしいが、濡れたままになるのも確かに困る。
拭いてくれたことに感謝する。
いや、それよりもだ。
「その、瑠璃亜さん。手合わせ、ありがとうございました…!」
どうにかそれだけは伝えねばと、真樹は言葉を絞りだすのだった。
「うふふ、始めた時よりは随分といい顔をするようになったじゃない?」
「…はいっ!」
仰向けのまま、真樹は晴れやかな笑顔を見せるのだった。
戦いに負けはしたものの、真樹の心は随分と軽くなっていた。
突発的な戦いに応じてくれた上に、色々なことを教えてもらった。
結果的には、自分は修行をつけてもらえたようなものなのだ。
本当に感謝している。
特に、神氣を自力で発動できたことは大きな収穫だった。
自分の中にある強大な欲望を受け入れ、それを力に変えることに成功した。
なんだか、殻を1つ破ったような実感があったのだ。
里帰りをして得た物としては、十分すぎる成果だろう。
「くすくす、今回は私の勝ちね」
瑠璃亜が微笑んだことで、真樹は一つの事実に思い当たる。
「そっか……私、負けたんだ」
負けて元々の手合わせだったとはいえ、やっぱり悔しいものは悔しい。
手応えがあった分、届かなかったことには悔しさが残るものだ。
そんな風に戦いについて軽く反省していると……
「なんなら、ペナルティでもする?」
「え"っ!?」
微笑む瑠璃亜の言葉に、真樹は思わず頓狂な声を上げる。
ニコニコと笑う瑠璃亜を前にして、顔を真っ赤にしながら唖然となる真樹。
負けた
惨めで淫らな姿を見せなければならない、というのが定番だ。
それは、エキシビジョンの試合でさえも変わらない、というのは知っていたはずだ。
何より、今の自分は身体1つ。
しかもまともに身動きが取れない。
まさか、今この場で、憧れの人の手で……
この身体を隅々まで触れられて、気持ちよくされてしまうのだろうか…?
「くすくす、冗談よ。
私はそういうことは好きじゃないし。
今のオモシロ顔が見れたから良しとするわ。
まぁ、真樹ちゃん的にはカラダを見られただけでも十分恥辱かしら?」
「あぅ……」
悪戯っぽく笑う瑠璃亜を見て、安堵の息を吐く。
とはいえ、真樹の顔は真っ赤のままだった。
実際に裸を見られたことや、妄想が先行してしまったこと、色々な意味で恥ずかしい。
少しだけ残念な気持ちが心の中にあったのは、いったん置いておく。
「でも真樹ちゃん、大変なのはこれからでしょうね」
「え……?」
「せっかくだから教えてあげるわ、神氣のリスクについて」
瑠璃亜が真剣な表情になったのを見て、真樹も表情を真剣なものにする。
「さっき神氣を使って戦った時、空を飛んだり身体から波動を飛ばしたり……
今までとは桁違いの力を引き出せたのは実感できたでしょう?」
「はい……」
自分の中から湧き上がる衝動、漲る力。
まるで自分が神か何かになったかのような高揚感があった。
実際に神氣を振るってみて、自分は確かに超人の域に入ったという実感はあった。
「けど、戦い方は前よりも直線的になってしまった。違う?」
「…そうだと思います」
戦っている最中は夢中だったから意識していなかったが、今思い返してみると、かなり直線的な動きが多かったと思う。
まっすぐ瑠璃亜の元に突っ込んでいっては殴りかかる。
高速で移動したり空を飛んだりと動きは超人的ではあっても、やってることは単調な攻撃。
熟練の格闘家、神氣に慣れた戦士であれば、簡単に見切れる動きではあったのだろう。
「神氣にしろ覇氣にしろ、その源となるのは自身の欲望。
己の中にある衝動を超常現象に変える力よ。
だけど、神氣と呼べるほどの力を引き出すには、自分の中に強い欲望が無いといけない。
その衝動は、常人よりも遥かに大きなものになるわ。
相手と戦いたい、殴りたい、勝ちたい。
そんな気持ちで頭がいっぱいになって、戦略とかが完全に頭からすっぽ抜けていたんじゃない?」
瑠璃亜の言葉に、真樹は頷くしかない。
己の衝動の赴くままに身体を動かし、攻撃を図った。
その動きは確かに今までの比ではない攻撃を可能にしたが、冷静さはほぼ無いに等しい。
さすがに以前のように自我を失うほどではなかったが、冷静に戦えていたとは言い難い。
「覇氣でさえ、己を律しなければ扱えないもの。
これが、更に大きな衝動を伴う神氣になると、どうなっちゃうのかしらね?」
くすくすと笑う瑠璃亜に、どこか恐れを感じる真樹。
戦いたいという気持ちが大きくなり、衝動の赴くままに力を振るう。
そこにどこか快感を感じてしまっていたのも確かだ。
もし、その快感に溺れるようなことになったら、どうなってしまうだろう…
恐ろしい想像が頭をよぎり、真樹は震える。
「戦いたいという欲望に溺れる…?」
「そうね。
戦いを求めるあまり、血に飢えた放浪者みたいになっちゃう可能性も、あるかもね」
瑠璃亜の言葉を聞いてつい、血を求めて流離う自分を想像してしまう。
そんな血に飢えた鬼のような姿、なりたいとは流石に思わない。
「でもね、それだけじゃないわ。
言ったでしょ?
人は、いろんな欲望を抱えているって。
そして、『支配者の器』を持っている人は、常人より遥かに強い欲望を持っているって。
人の欲望って、戦いたいだけとは限らないでしょ?」
それを聞いて、少しだけ考える。
そして、『それ』に思い当たった真樹の顔が、更に赤くなる。
「まさか……」
「そうねぇ……欲情についても気を付けないと。
神氣を解放した以上、戦いへの意欲だけじゃなくて、ソッチ方面の衝動も強くなってしまうでしょうね。
もしえっちな衝動に溺れちゃったら……あっという間に色欲魔になっちゃうでしょうね」
なんということだ……
神氣の発動をするためには、自分には淫乱な素質があることを認めないといけなかった。
だが、『支配者の器』と呼ばれるほど強力な自分の欲望は、自分の欲情をも増幅してしまう。
心の中に、えっちな自分がいる。
それを認めた上で、その衝動に取り込まれないように心を強く持たなくてはいけない。
そうでなければ、欲にまみれた獣に成り下がるのみ。
「……………」
思わず自分が、男達に取り囲まれて淫乱になってしまう姿を想像してしまう。
エロいことを受け入れて、それだけに夢中になって乱れていってしまう。
そんな淫らな自分を想像してしまい、真樹の頭からぼふんと湯気が溢れた。
改めて、神氣を扱うのは、並大抵のことではないのだと痛感する。
「己の欲望の赴くまま、ただ衝動に身を任せるのはただの獣。
でもね、欲望は生きる糧でもある。
自分の夢を叶えたい、目標をやり遂げたいというのもまた人の欲望。
欲望を否定するでもなく、溺れるでもなく……
律してこそ人。
私は、そう信じてるわ」
「あ……」
瑠璃亜の言葉に、真樹は思わず圧倒される。
理解できてしまう。
それが瑠璃亜の哲学なのだと。
彼女は自分のやりたいように生きている。
でも、ただ好き勝手に生きているわけではない。
彼女は見られる者として、誰かに賞賛されるような生き方を目指している。
人として魅力的な生き方を目指している。
それが彼女の欲望であり、同時に欲望を律する力となっている。
改めて思う。
この人のようになりたい、と。
身体だけでなく心まで、強く、美しい女性。
憧れは、もっと強くなっていく。
「それとね、真樹ちゃん。
私を含めて、今のマスターランクにいるのは、神氣を使える人ばっかりよ」
にこりと笑う瑠璃亜。
その言葉に、真樹の心に闘争心が灯る。
たとえ恥辱な目に遭ったとしても、それさえも力に変えて。
それくらいの覚悟がなければ、ヴァルキリーゲームズでは勝ち上がれない。
「だったら……私はなってみせます。
神氣をちゃんと使える
真樹の中にある、最も強い欲望。
それは、この人に勝ってみせること。
超えたい山の高さは、今日の戦いで再認識できた。
それでも、諦める気は更々なかった。
今日の手合わせを通して、その意欲は間違いなく蘇った。
いや、前よりもますます燃え上がっているのだから。
「うふふ、それでこそね。
楽しみにしているわ」
真樹の覚悟を汲み取った瑠璃亜は、満足そうに笑うのだった。
ヴァルキリーゲームズを続けていたら、また辱めを受けるかもしれない。
そのせいで色欲魔になってしまうかもしれない。
それでも、憧れの人に勝つために、戦い続ける。
真樹の中の欲望は、なかなか人には理解を得られないかもしれない。
だけど、自分がどうしてもやりたいと思ってしまったから、やり遂げたい。
その気持ちは瑠璃亜にも理解できた。
そして、裏社会で幅を利かせているのは、そんな奴らばかり。
常人離れした欲望を抱え、自らの欲望を満たすためにに力を貯え、そしてその力を振るう場を求める。
瑠璃亜は改めて思う。
私も、この子も、なるべくして
導かれるように、ヴァルキリーゲームズへとやってきたのだと。
「うふふ、そろそろ寝ましょうか。
流石に疲れたでしょう?」
「そうですね……」
「それじゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
瑠璃亜はそう言うと、小屋の中にあった薄い布団を纏い、真樹の隣で横になった。
真樹のすぐ傍で、目をつむっていくのだった。
元から顔見知りとはいえ、さっきまで戦っていた人の傍で、こんなに無防備に寝てしまえるなんて。
本当に奔放なのだな、と真樹は苦笑する。
少しは身体を動かせるようになっただろうか。
真樹は布団を引いて自分の身を包むのだった。
改めて瑠璃亜との戦いを思い返す。
この人は、本当に強い。
そして、自分のやりたいように生きているのだと感じる。
こんなに親身にアドバイスしてくれるとは思わなかったが、それも彼女自身がやりたいから、で納得できてしまう。
あるいは、自分がチャンピオンの座にたどり着くことを本当に期待してくれているのだろうか。
真樹は、瑠璃亜に気絶させられた時に見た、自分の心の中で起きたことを思い返す。
自分の中には、たくさんの欲望が漂っていることを理解できた。
その中には、女としての欲情を抱えていることも認めることが出来た。
でも、女として認めてもらいたいという欲望以上に、叶えたい
そのためならば、どんな努力も惜しまないし、どんな屈辱にも耐えてみせる。
イズモ以来、どうしても戦いに対する熱意が欠けていた気がしたが、ようやく理解できた。
イズモでの激しい恥辱に動揺して、原点を忘れかけていたのだ。
覚悟が揺らいでいたのだ。
この道を進むことに迷いを感じ始めていたのだ。
そしてこのゲームでは、覚悟が折れた者から、己の欲望に溺れていく。
その沼にあやうく飲み込まれるところだったのだ。
(ここに来れてよかった。
瑠璃亜さんに会えてよかった…!)
今まで感じていた気の重さが、ウソのようになくなっていた。
ヴァルキリーゲームズで戦っていく。
この道を進んでいきたいと、もう一度はっきりと自覚できたから。
「また、一から鍛え直しかな」
今日はきっとぐっすりと眠れるだろう。
きっと明日から、また新たな気持ちで戦いを始められるだろうから。
…そう、思っていたのだが。
すぐ隣で、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。
(瑠璃亜さん凄いな……もう寝ちゃってる)
ふと顔を向けてみると、瑠璃亜の寝顔が間近にあった。
改めて見ると、本当に綺麗な人だなと思う。
「うっ…!」
真樹の視線は、瑠璃亜の胸元へと移ってしまう。
薄いタンクトップから、見事な谷間を見せつけていた。
なんならもう少しで突起が見えてしまいそうである。
どくん…!
真樹の中で、何かが動く。
心の中で、衝動が動いていく。
(瑠璃亜さん、こんな無防備な格好で…)
ほとんど無意識のうちに、手が動く。
真樹の手が、瑠璃亜の身体へと向かおうとしていた……その時。
ひゅっ!!
瑠璃亜の腕が伸び、彼女の人差し指が真樹の額に突き付けられていた。
「あ……わ、私……何を?」
「くすくす、なかなか情熱的な猫ちゃんね」
ニコニコと笑う瑠璃亜の顔を見て、真樹はハッと我に返る。
自分の欲情が、憧れの人に手を出そうとしていた。
その衝動の赴くままに、無意識のうちに手を伸ばそうとしていた。
その事実に愕然となる。
自分でも驚くほど、自分の中の欲望というのは大きいらしい。
「でも……私のカラダは、貴女が勝った時までお預けよ♡」
「あ……ハイ」
くすくす笑う瑠璃亜に、どきりと胸が鳴る。
悪戯っぽく笑う彼女は、
とはいえ、いくら女同士といえど、許可も無しに手出しなんてご法度である。
オシオキをされる覚悟は出来た。
真樹の表情の意図を汲み取ってくれた瑠璃亜は、笑顔と共に指でとんっと額を突いた。
「あふ……」
その衝撃で、真樹はまた気を失うのだった。
まだまだ自分は、身体も心も未熟なのだと痛感しながら。
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