1-4:真樹VS梨花

構えていた真樹は、試合開始の合図と共に少し横に移動する。

相手がすぐに先手を打ってくると思ったからだ。


「まずは挨拶代わり!」

「っ!?」


その通り、梨花はまっすぐ飛び込んでくる。

だがそれだけじゃない。

梨花のブーツの裏が視界に飛び込んでくるのが見えて、すかさず顔を逸らす。


スカートの中が丸見えになろうとお構いなしのハイキック。

今の攻撃は間違いなく、顔を狙っていた。


改めて実感する。

ここにはスポーツ空手のようなルールは無い。

どちらかが膝をつき、倒れるまでの真剣勝負。

判定勝ちは無い。


一瞬の判断の後、すっと横に逸れながら体勢を低くする真樹。

そのまま足を延ばし、蹴り上げた体勢のままの梨花の軸足を狙う。

真樹の足払いは綺麗に梨花の脚を捉え、腿を蹴られた梨花は体勢を崩す。


「ほぎゃっ!?」


間の抜けた声と共に、すてーんとスッ転ぶ梨花。

だが、すぐさま受け身を取って転がった。

ころころと丸まって移動し、そのまま距離を取って流れるように立ち上がってみせる。

すぐに向き直った梨花を見て、追撃しようとした真樹もいったん手を引いた。


観客からも「おぉぉ」と声が上がる。

お互い一瞬の判断でやり合ってみせたことに対する称賛か。

あるいは動くたびにヒラヒラとする彼女たちの衣装に対する見惚れか。


「いやー、びっくりびっくり♪」

(…読まれてた?)


可愛らしい仕草でヒラヒラと手を振る梨花に対し、真樹は油断なく構える。

足払いを喰らってからの綺麗な受け身、そこからの体勢の立て直し。

今の攻防でも、彼女が相当に戦い慣れていることが分かる。

そのまま観客に愛想笑い出来る余裕まである。


ふぅと息を吐いて、今度はこちらから仕掛けると決めた真樹。

詰め寄って蹴りを放とうとしたが…


「おっと甘い!」

「っと!?」


蹴り上げようとした右膝が、梨花の左足で抑えられた。

キックしようとした脚を先に踏まれた形だ。

小柄な梨花が真樹の膝を踏むには自然、大きく足を上げている格好になるのだが、太ももを全見せしようとお構いなしである。


攻撃を封じられた真樹は再び距離を取る。

梨花も追撃はせず、とんとんとステップを取っている。


(対処が上手い。それに、あの手を若干下げた独特な構えと足運び……

ベースになっているのは截拳道ジークンドーかな?

だいぶアレンジ加わっているけど)


カンフー映画で有名な截拳道だが、系統としてはカウンター主体の戦いを得意とする武術である。

うかつな攻撃は逆に自分の首を絞める。

とはいえ、攻めなくてはいつまでたっても終わらない。


(勝負を掛けるしかないか……集中!!)


自分の集中力を極限まで高めることを意識。

ここからは決着まで集中を切らしてはいけない。


「こぉぉぉぉ……」


深呼吸して息を整えた真樹は、そのまま梨花へと向かっていく。


右の拳を突き出す。それはすぐに梨花の手で払われる。

そこからすぐに左手でのコンビネーション。

流れるように左足のキック。


「柳流し!」

「お、お、おぉ?」


真樹の技を受けて、梨花が若干焦った声を出す。

真樹の連撃が想像以上に速い。

左手、右足、右手、左手、右足、もっかい右足、左手。

真樹の攻撃は止まることを知らないかのように次々と繰り出されていく。

どんどんと速度を上げていく連撃に押され気味になる梨花。

手足でなんとか捌いていくが、だんだん速度に追いつけなくなっているのが観客の目にも明らかだ。


「くっ!」


流れるような連撃の中で、さっきの意趣返しと言わんばかりに、真樹の拳が顔を狙っている。

アイドルとしてさすがにあの攻撃を喰らうわけにはいかない。

梨花はとっさに腕を構えて防御の構えを取った。


「そこだっ!!」

「!?……しまっ!!」


顔に向かっていた拳が急に開かれ、梨花の腕を掴んだ。

そのままぐいっと引き寄せられることで、梨花は体勢を崩してしまう。

ふらりと足が宙に浮かんだのが感じられる。

その隙を見逃す真樹ではなかった。


「うおおぉぉぉっ!!銀杏落とし!!」

「おわーーーーっ!?」


真樹は空手家だと思っていた。

確かにベースとなる武術は空手に違いない。

だが、ただの空手家がこんなゲームに挑むわけがない。


彼女もまた、勝利のためには貪欲な姿勢で挑む武術家である。

ルール無用のバトルの場ならば、別に空手にこだわる必要はない。

突然柔道の技に切り替えるくらいの柔軟性は持っていたのだ。


空手の連撃からの、突然の一本背負いに、観客達も盛り上がる。

完全に腕を掴まれた梨花は、派手に服を翻して宙に浮かぶ。

そのまま、背中から床に叩きつけられた。


「あっだぁぁっ!!」


びたーんと派手な音を立てて、背中を打ち付けた梨花。

だが、このゲームではそれでダウンにも一本にもならない。

仰向けになっている梨花の目に、真樹の足が振り上がっているのが見えた。


「椿撃ち!」

「うわっとぉ!?」


容赦の無い踵落としが振るわれ、梨花は痛みをこらえつつすぐさま転がって回避。

そのままなんとか立ち上がって体勢を整えようとする。

だが、そんな梨花の目の前に、既に真樹は接近していた。


(あ、やっべーわこのコ)


梨花はその瞬間に悟る。

この子は、本気マジでチャンピオンの座を目指している。

本気でこのゲームを勝ち上がり続けるつもりだと。


よろめいて隙だらけの梨花に、真樹は必殺の一撃を放つ。


「はああああああっ!!桜花砲!!!」


爆発力のこもった拳の一撃。

至近距離で放たれる渾身の正拳突きが、鳩尾に直撃した。


「ぐふぅぇぇっ!?」


およそアイドルがしてはいけない顔と声を出して、勢いよく後ろに吹っ飛ばされた梨花。

後ろのロープに引っかかり、その弾力で跳ね返った梨花は、そのままリングの上に倒れ込んだ。

梨花はリングの上でうずくまり、ピクピクとしているだけ。


「ダウン!!☆リリカ☆ちゃんがダウンです!!」

「おおおおおっ!!!」


実況の声が響き、観客席からも歓声が上がる。

ここまで怒涛の攻撃を繰り出していた真樹も、ようやく手を止めた。


「カウント入ります!!3!!」


ヴァルキリーゲームズのカウントは短い。

ここで完全に起き上がり、立ち上がらなければ負けが決定する。


「2!!……おっとぉ!?」


もう動けないかと思いきや、梨花は床に手をついて顔を上げた。

足に力を入れて、下半身は既に持ち上がっている。


まだ立ち上がれるのか?

観客達が期待したまなざしで見る。

思わずカウントを止めてしまう実況者。


「ま……」


なんとか腕を伸ばし、上体を起こした梨花は…

ただ一言。


「参った、ぜぃ……がくっ」


そのまま、また倒れ込んだ。

尻を突き上げるような格好のまま、リングに倒れ伏した梨花。

彼女の言葉通り、もう起き上がる力は残っていないようだった。


「1!!」


実況がカウントを再開する。

だがもうこの時点で、誰の目にも勝敗は明らかだった。


「0!!

WINNER 真樹ーーーーっ!!!」

「おおおおおおおおおっ!!!!」


勝敗は決した。

新米女戦士ヴァルキリーが、先輩アイドルを見事に下したのだった。


「いやー、やるなあの子!!」

「ただの女子校生じゃねーな!本気で勝ちにいく戦士の目だった!」

「いいなぁ、イイ感じだなぁあの子!」


観客達も、新たな選手に称賛の言葉を贈る。

ただ可愛いだけじゃない、れっきとした女戦士ヴァルキリーの登場に沸く観客席。


新しい時代の幕開けかもしれない。

この試合を見ていた人は皆、どこかでそんな予感を感じていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る