1-5:初勝利
「はぁ……はぁ………勝った?」
わぁぁぁっと歓声を浴びる中、真樹はリングの中で突っ立っていた。
やや呆然とした顔で、倒れ込んだ梨花を見下ろす。
集中した。
相手が倒れるまで、攻め続けなければ負ける。
その直感は間違ってはいなかったと思う。
歓声や実況の声が、ようやく耳に入るようになってきた。
今、確かに真樹はこの試合の勝者となったのだ。
「おめでとう!新たな
まさかこんな大人しそうな子が、あんなド派手な技を持ってたとはなぁ!
なんにせよ、強くて可愛いオンナノコは大歓迎だぜ!
どうよ、初めての勝利の味は?」
「え、えっと……なんていうか、頭がふわふわしてます」
まくし立てる実況男に突然マイクを向けられ、おろおろと答える真樹。
いかにもマイク慣れなどしていないという仕草に、観客からも笑いが上がる。
「いやー、やられたわー」
呑気そうな声を上げて、のそのそと梨花が起き上がった。
乱れた衣装を整えながら立ち上がる。
先程は苦しそうに倒れ込んだというのに、その顔には試合前と同じように楽し気な笑顔が浮かんでいる。
「案外、平気そうですね…」
「いやいや、すっげー痛かったよ?
マジで容赦ない腹パンなんだもん。
臓物が口から飛び出すかと思ったわー。
アタシはゲロはNGなんだからねー?」
お腹をさすりながらツッコミを入れる梨花。
危うくアイドル的にアウトな状況になるところだった。
「うんうん、いやーなかなかやるねー。
空手家だと聞いてたけど、柔術も持ってたとはねー。
それ以外にも、色々習ってる感じ?
他にも、『特別な』隠し玉を持ってそうだねー?」
「あ、あはは……」
ニコニコとしながらも、梨花は探るような目を真樹に向ける。
戦いの中で真樹が見せた気迫は、ただの道場娘と呼べるものではなかった。
まだ実戦慣れしていないようだが、持っている技の練度は高い。
どうやらこのコロシアムには、ホントにいい素材がやってくるらしい。
これからも面白くしてくれそうだ。
「さぁてさて!
勝利者インタビューも良いが、そろそろ賞金授与といこうか!」
「いやー、賭ける時はデジタルなのに、渡す賞金は現ナマなんだよねー。
このコロシアムの、謎のこだわりだよね」
「振込とかされても、映えないだろ?
それに、億単位とかだったらさすがに小切手を入れるぜ?」
実況と梨花が喋る中、スタッフが小奇麗な封筒を持ってリングに上がってくる。
彼の手元に持っている端末には、正確な賞金額が表示されている。
「さぁ、真樹の今回のファイトマネー、12万4300
受け取ってくれ!!」
「あ、ありがとうございます」
封筒を差し出された真樹は、おずおずと受け取る。
学生の身では10万ちょっとといえど大金。
小奇麗な封筒が、妙に重みを持っているように感じた。
「おー、凄いじゃん。
1発目で10万越えって、なかなか無いよー?
ただのエンコーより稼ぎ良いかもしんない。
やっぱ真樹ちゃん可愛いよねー、うりうり」
「にゃっ!?」
いたずらっぽい笑みで、梨花が真樹の頬を指で突っつく。
その反応に、観客席からも「あはは」と笑いが起きる。
「ちなみに、賞金の使い道は考えてあるのかい?」
「えーと、貯金です…」
「マジメかっ!」
「だがしかしっ、イメージ通りの答えであるっ!」
真樹の答えに思わずツッコミを入れる実況と、それに乗っかる梨花。
だが、真樹は割と大真面目に答えていた。
真樹がこのゲームに挑む理由の1つは、廃れた道場の再興のためである。
父との思い出の場所を、なんとしても取り戻したいのだ。
この賞金がはした金に思えるような金額が目標である。
まだまだ止まるわけにはいかないのだ。
「まー、まずは初勝利おめでとね!
これからも頑張ってぇ、ちょうだい!」
「は、はい!頑張ります!」
「というわけで!
猫耳闘士、真樹ちゃんのデビュー戦でした!
みんな、これからも応援してあげてねー☆」
梨花がマイクを使って観客席を盛り上げる。
歓声と拍手が鳴りやまない中、真樹はリングを降りていくのだった。
「いやー、初々しかったねー。
アタシもああいう路線で行った方がいいかな?」
「いや手遅れだろう。☆リリカ☆に純真路線は似合わないだろが」
「なにをーー!!」
真樹がリングを降りた後も、実況と梨花の漫才じみた掛け合いは続いていた。
「ちなみに、☆リリカ☆に賭けられていた金額は、32万4200
はっはっは、まだお前の方が可愛いと思われていたようだな。
残念ながらこっちの賞金は没収、運営の懐に入るぜ。
最低金額の1000
「ま、しょーがないよね、負けちゃったし。
どーせならそのお金でアタシの新しいグッズを作ることを所望する!」
「それは、これからのお前の働き次第じゃねぇか?
グッズを作っても、それを買ってくれるファンがいなけりゃ意味がねぇもんなぁ?」
実況が煽る。
その意味が分からない梨花ではない。
「むむ、言ったなー?
そこまで言われちゃ、アイドルとしては張り切らないとね」
「くくっ、そう願うぜ。そら、本日のお相手が来たぜ」
実況の言葉通り、スタッフに連れられて5人の男がリングの前にやってきた。
梨花に賭けていた観客のうち、賭け金が多い5人だ。
ここはヴァルキリーゲームズ。
負けた者には、もう一仕事待っている。
「いやー、今日もまたギラギラな目ぇした狼さん達が来たね~。
今日はどんな目にあっちゃうのかな~。
…ってか、今日はマジで腹痛だから。
みんな優しくしてほしいな~、なんて」
リングの中で、わざとらしくカワイコぶってみせる梨花。
そんな梨花を囲む男達もまた、ニヤつく顔を隠そうともしないのであった。
一方、リングを降りた真樹は、そのまま観客席に座っていた。
この後のことも、きちんと見届ける。
それが、真樹なりの戦った相手への礼儀であった。
梨花と実況のやり取りを眺めていた真樹の横へ、黒づくめの男がやってきた。
「お疲れだったな」
「ん、とりあえず一勝は出来たよ」
「その割には浮かない顔だな」
マネージャーの男の言う通り、真樹はどこか険しい顔で梨花を見続けていた。
その様子を、梨花に対する憐れみと解釈した男は言葉を続ける。
「まぁ、向こうはこのコロシアムの最弱キャラだ。
負け慣れているからな、その点は観客も分かってるだろう」
「最弱キャラ、かぁ……」
梨花はこのミト・コロシアムでの戦績は最も低い。
ほとんどの試合が負け試合。
いつしか、コロシアムの最弱キャラというイメージがついてしまっている。
当然、負けた時の経験も豊富、ということだ。
観客からすれば。
負ける方はどちらだろうかという視点で見れば、自然と彼女への期待値は上がる。
「まぁ、そこは気にしなくていい。
アイツは好きでやっているからな。
観客も分かった上で、乗ってやってる奴の方が大半だ。
むしろ……」
そう言って、男は真樹の持つ封筒へと視線を移す。
「新しい刺激が欲しいと期待している者もいるだろうな。
せいぜい肝に銘じておけ。
その賞金は、お前の身体を求める男がいるという証でもあるのだからな」
「ん……」
改めて、大変な場所に乗り込んだのだと実感する。
だが、それでも自分の夢のためには、ここで勝ち上がるのが最短だ。
このヴァルキリーゲームズに挑んだこと自体に後悔はない。
だが、それでも釈然としないものがある。
「きゃああん♡」
リングの上では、男達にスカートをめくりあげられている梨花がいた。
可愛い悲鳴を上げているが、笑みすら浮かべて余裕そうである。
笑顔を振りまき続けるアイドルに対して、真樹の中での疑問は膨らんでいくばかりだった。
なんであの人は、手加減してるんだろう、と。
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