21回目のプロトタイプ・クリスマス

金澤流都

21回目の人類創造シークエンス

「いつもね、人類創造シークエンスに入るたび、また失敗するんじゃないかって思うんだ。20回繰り返して、成功したことが一度だってない。僕はこの世界における創造主なのに、なぜかいつも必ず人類を幸福に導けない。人類はシステムエデンの管理システムである「知恵の木の実」を食べてしまうんだ。そして、勝手に偶像崇拝を始めたり、進化論とかいう変な思想を持ったりして、最終的にはテクノロジーの肥大によって滅びてしまう。どうしてなんだ?」


 彼はそう言いながら、鎮静スティックのかじり終わったものをくずかごに放った。くずかごのふちに弾かれて、鎮静スティックはカランと音を立てて床でくたばった。


「じゃあ、人類が勝手に思いつく『進化論』っていうのに従って、猿から人間を作ってみたらどう? 人類は猿から人類になったって思いこんでるんだから、それを本当にするのよ」


「何をばかな。人類は『我々』に似せて作ってある。猿からなんか生まれない」


 わたしはふふ、と笑って、彼の管理している実験装置を覗き込んだ。システムエデンの内部には、さまざまな生き物が楽しそうにそれぞれの生態で生きている。ハシビロコウだとかダイオウグソクムシだとか、彼の趣味らしい変な生き物もちらほら見える。


「そもそも『生めよ増えよ地に満ちよ』っていうテーマは、システムエデンの矮小さではカバーしきれないんじゃないの?」


「システムエデンはどこまでも拡張できる。この位置のままね……そこはほら、創造主だから」


「じゃあ、人類はずっとキミの管理の下にいるのが幸せだと思うの?」


「そりゃあそうだ。創造主に管理されるのが、人類や生物にとって、いつだって幸せなことだ」


「わっかんないなー……わたしが人類なら、キミの管理の下安穏と暮らすより、知らないことを知るために外に出ていきたいって思うけどな」


「……でもシステムエデンの外にあるのは死だ。何人もの王が、偶像を拝み、戦争をし、滅びていった。そりゃもう歴代の王がそうだ。偶像を拝んだりしなければ、進化論なんて無益なもの信じたりなんかするものか」


 彼はぼさぼさの黒髪を掻きむしった。何日かラボにこもりきりだったので、ひどいフケが飛んだ。ばっちい。そう言うと彼はハハハハ……と笑って、頭を掻きむしるのをやめた。


「なにか、人類を救済する手立てはないんだろうか。全部とは言わない、一部だけでいい」


「――ずっと未来に救うことを約束したら? なんていうか……終末のときに、この実験装置から移動させて、もっと盤石な、天候の変動とか天変地異とか病気の流行とか、そういうのがぜったいにない世界に移動できるシステムを構築する。それは、キミを創造主だって信じた人へのご褒美。みたいな」


「……そういうシステムの構築は考えたことがなかったな。それは君の宇宙ではありがちなことなのか? なにぶん他の宇宙に行ったことがないもので」


 彼は鎮静スティックを勧めてきた。ありがたく一本貰って齧る。ミントとレモンの味だ。


「――ううん。いまとっさに思いついた。ハッタリ。わたしの大得意、ハッタリ」


「君は本当にハッタリが得意なんだな。でもそのプランは面白い。それならば救える命もあるかもしれない。えーと……人類創造シークエンスを完了してからでいいのかな。人類がシステムエデンの知恵の木の実に手を出さない可能性もあるし、とりあえず人類創造だ」


 彼は実験装置を操作した。淡い光が装置のなかに降り注ぐ。覗き込むと、システムエデンの中央に、一人の人間が生まれていた。


「人類救済システムはわたしが構築しておくから、とりあえずラボの外でシャワーでも浴びてきたら? 共同研究者なんだから、それぐらい任せてよ。キミ、もう七日もお風呂入ってないでしょ」


「あー……それでなんか臭いのかあ……」


「キミは研究に夢中になるとそうなりがちだから、シャワー浴びて着替えて。『なんか臭い』ってレベルじゃないのよ、傷つくと思って言わなかったけど。それからいい加減休んで」


「ウグッ」彼はそう悲鳴を上げると、研究所の仮眠室にあるシャワーブースに向かったようだった。わたしは人類救済システムを構築しておくことにした。きれいなのがいいよね、宝石をいっぱい使ったキラキラの新天新地。それができたらどうやってこの、人類という罪深い動物を救うか考える。恐らく、彼への信仰だけでは、後の世に救われる人間は少ない。そうだ、彼の遺伝子を組み込んだ、彼の子供をこの実験装置に送り込んで、彼を信じるように言わせよう。彼の、ちょっとばっちい髪の毛を拾い上げて、遺伝子を抽出し、人類救済システムに組み込んだ。


 ◇◇◇◇


「なんで旧約聖書に出てくる王様って、だいたい罪を犯すんだろうな?」


「わからん。はー、きょうも神父様のお話めちゃめちゃ長いでやんの」


 礼拝堂からぞろぞろと学生が吐き出される。きょうの聖書箇所は列王記第二だ。出てくる王様がだいたい主の前に罪を犯すか高き所を取り除かず民が偶像崇拝するかで、まともなやつ一人もいねーな! と思わされてしまう。


 僕はひとコマ目の授業のある教室に急いでいた。隣にいる同級生のオスカーは、廊下から中庭を一瞬見て、

「ルーイ。神様のルールに従わなかった人間ってホントに滅びんのかな」とつぶやいた。


「なんでそんなわけわかんねーこと言うんだ?」


「だって日本人なんかガチの多神教民族だけどさ、極東ですごい先進国やってるだろ?」


「うーん、そうかもしれないけど――最終的に滅びるってことなんじゃね? ナガサキ、とかいうとこだとカトリックのひともいるわけだし」


「あー、そうかあ。日本はキリスト教が弾圧された過去があるんだもんな。隠れキリシタンだ」


 オスカーは少し考えて、それからまたぼそりとつぶやいた。


「だからさ……俺、可哀想だと思うんだ。そもそも神様を知らないまま死んでいった人が」


「オスカー、それを言ったら旧約聖書の王様たちが滅びるのと同じだろ」


 オスカーははっと目を見開いて、

「クリスマスがあと何千年か早かったら、すべての人類が救われてたかもしれないのか!」

 と、トンチンカンなことを言った。


「そんなことより学業だぞオスカー。課題終わってるか?」


「あっやべ、数学の課題半端だ。写させてくれ」


 ◇◇◇◇


「……というわけで、21回目の実験は、成功とも失敗とも言えない状態、と」


 彼はそう言って記録をつけている。もう臭くないしさっぱりとしている。休んだので、いくらか目の下のクマも解消された。


「結局、新天新地に連れてこられた数はそんなに多くなかったね」


「そうだなあ……もっと効率のいい救済システムを考えないと。しかし今回の結果は、いままでの20回を思うととても大きい収穫だったと言えるな。ありがとう、君のおかげだ」


「なーんにも。『完全な世界』の構築に寄与できたなら幸いです。模型で作って、最終的には原寸大で作るから――まだまだ先は長いね」


「まあ、とりあえず21回目の世界から連れて来た人類でも眺めて、パーっとお祝いしようか。おいしいワインを用意してある。ローストチキンも買ってきたし、ケーキもある」

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21回目のプロトタイプ・クリスマス 金澤流都 @kanezya

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