転生勇者、世界を救うために無限にやり直す~実況と解説を添えて~
かきつばた
20回の積み重ねと新たな1回目
「さあ、今回が都合21回目のチャレンジとなります。実況は
「よろしくお願いします」
「さて、阿々さん。前回の結末は久しぶりに新しいものでした」
「そうですねぇ。ずっと苦戦していた人さらいを倒した手際は見事でした。まあ、そのあと人質のお嬢様に刺されて台無しになりましたが。あれはまあ、初見殺しみたいなものなので仕方ありません。次は何とかしてくれるでしょう」
「えー、そのセリフ、私とても聞き覚えがあります」
2人のおっさんの笑い声が脳内にこだまする。
俺は強く奥歯を噛みしめた。現状、俺にはどうすることもできない。
「さて、長い王様の話も終わった模様。いよいよ勇者タロウの冒険が始まります。いざ、ゆかん! この世界の命運は君にかかっている!」
それこそ、何度聞かされたことか。未だ会ったことのない実況のドヤ顔を想像して、つい眉間に皺が寄る。
始まりは果たして何だっただろう。
日付を跨いでもなお仕事場に閉じこもりいつものように寝落ち……と思ったが、そのまま俺はポックリ逝ったらしい。
で、この剣と魔法が活躍する手垢まみれの異世界へと迷い込んだ。勇者としての使命――もとい呪いを刻まれて。
「おおっと、ここで勇者タロウ。さっそく王様の恫喝に移りました」
「はい、7回目でようやく発見したこのテクニック。もはや手慣れたものです。これをしないと、錆びた剣と木の盾で冒険に出ることになりますから」
「ええ。毎回のようにスライムに嬲り殺しにされてました」
とりあえず、いつも通り将軍クラスの装備を分捕ることに成功。ったく、初めからよこせってんだ、この傲慢爺め。
悪態をつきつつ、実況の言葉でひどく嫌な気分になった。スライムほか城周辺の魔物との死闘を思い出す。結末はどれも、俺が一方的に殺されるだけ。
一応、やり直せることは聞いていた。転生するときに女神に会った。魔王を倒すまで何度でもやり直してもらう――これはただの脅しだろう。
……それでも、思考を乱す謎の実況解説は知らなかったが。
ホント邪魔。ただのストレス製造機。
ため息をついて、ひとまず城を練り歩く。
「しかし、動きも洗練されてますね。的確に必要なアイテムを奪取しています」
「そりゃ、序盤だけはかなりの回数重ねてますから。素晴らしく無駄のない動きです。まあ、今までのは全部無駄になってきましたが」
一言余計だ、と思いつつ盗み《勇者行為》を繰り返す。城下町を含めて。
「さて阿々さん、改めて序盤のポイントを教えていただいてもよろしいでしょうか」
「一言で言うなら、ある程度順路を無視する、ということですかね」
「というと?」
「タロウの最終目標は魔王を倒すこと、です」
「それはさっき話の長いおじいさんが言ってましたね」
「ええ。ただ今すぐ魔王を倒せるわけではありません。そのためには数多くの関門をクリアする必要があって……例えば隣町を救うとか」
ちょうど、俺もその隣町に足を踏み入れた。
「この街は現在、強力な魔物の侵攻を受けているようです。一見すると魔王討伐とは関係なさそうな事案ですが、これは必要なんですよね?」
「ええ。勇者としても知名度稼ぎに欠かせません。それと、放置すると国が滅びます」
前に一度とある事情から、この街をスルーしたことがある。また後で戻ってくればいい。そう思ったら、国が滅んで王様の亡霊に呪い殺された。
「ありましたねー、そんなことも。あれはとても驚きでした」
「まあしかし、その選択もあながち間違いとは言えません。ここの魔物は強いですから。そこで、さっきの順路の無視が大事なんです」
必要な人間と会話してから、俺は隣街を後にした。
そのまま違う目的地を目指して進んでいく。
「これはどういうことだ。勇者タロウ、困っている人を見捨てるつもりか。勇者の風上にも置けないっ!」
「おそらく、先にほかの地域に行ってアイテムと経験値稼ぎをするつもりでしょう。その方が隣町の魔物を対峙しやすいですから」
「つまり、これが順路の無視、ですか」
「ええ。魔王討伐は一筋縄ではいきませんから」
基本、苛立ちしか感じさせないこの2人組。
けれど、一つだけ感心していることがあった。
それは僅かな例外を除いて、まるで初見のように話を進めていくこと。
今の攻略法は数回前に編み出したもので、こいつらもそれはよく知っているというのに。
「さてタロウ選手。ここで稼ぎに入るようです」
「少し膠着状態が続きますねぇ。私も解説することがあんまりない」
「それではここでお知らせです!」
飽きるほどみた顔ぶれを前に、俺は機械的に身体を動かしていくのだった。
「や、やるじゃねえか……まさか初見でこの俺の必殺殺法を破るなんて……」
人攫いの頭の身体がゆっくりと崩れていく。覆面を被り、上半身は裸。どう見ても、
しかし、褒めたとこ悪いんだが、これは4回目の挑戦。こいつの必殺殺法は、かなり凶悪なものだったわけで。
息絶えた親玉から牢屋の鍵を拝借して洞窟の奥へと進む。
正直、攫われたお嬢様なんて無視したい。なにせ、前回は彼女にすべてを台無しにされたのだから。
「タロウ選手、ここで立ち止まってしまいました。勝利の余韻に浸っているのでしょうか」
「かなり苦戦していましたから、それもよくわかります。今回も紙一重の戦いでしたしね」
「けれど、これはいけません。この先で、か弱い女性が今か今かと助けを待っているのですから!」
躊躇う理由なんてわかっているくせに白々しい。
そろそろ、こいつらに世界を救わせたい。というか、その方がよくないかと思えてくる。
「もしかすると、スルーするつもりかもしれませんね」
「そんなことはできるのでしょうか」
「ええ。ただそうすると、人質のお父様が大事にしている家宝の盾は手に入りませんが……」
そう、問題はそこなのだ。
各地で噂になっている伝説の盾。つまりは、この先の進行には絶対に欠かせないはず。目に見える地雷は回避するべき……おそらくこの21回目もダメだとしても。
しかし、なぜ俺はお嬢様に殺されたんだろう。
後ろからグサッ――あれはなかなか斬新だった。ここまでの敗因はおおよそ魔物との戦闘だから。
やや考えてみるものの、答えは出ない。
結局は出たとこ勝負。まあ、前回の経験がある分今回はそこまで酷いことにはならないはず。
「さて、ようやくタロウ選手、歩き始めました。ついに気持ちが整ったようです」
「ええ、なによりですね。ここは避けては通れない関門ですから……まあ別の手段もないこともないですが」
「ん、阿々さん。それはどういう――」
「それはまた別の機会ということで。見てください、いよいよ、感動のご対面です」
別の手段……もう少し話を聞きたいところだが、牢屋の前まで来てしまった。
中で、少女が蹲っている。高そうなドレスは、かなり汚れていた。
20回目のことを思い浮かべながら、俺は慎重に牢屋の鍵を開けた。
「助けに来たぞ。もう安心だ」
「……ありがとうございます」
とりあえず、前例に倣い彼女に背を向ける。後方に最大限の注意を払いながら。
立ち上がる音、衣擦れの音、そして、何かを握る音。
「――っ」
タイミングを合わせて身を捩る。
先ほどまでいたところを、禍々しい短剣が通過する。
「なにするんだ!」
剣を構えながら見据えたとき、思わず言葉を失った。
そこにいたのは、女の姿を装った悍ましい怪物。背格好以外は、とても人間のものとは思えない。
「助けが必要な奴なんて、ここにはいないサ!」
邪悪な気配をまき散らしながら、モンスターがこちらに襲い掛かってきた。
「これはどういうことだ! 囚われのお嬢様はなんと魔物だった!」
「この事件の黒幕だったのかもしれませんね。とにかくこれは、正念場ですよ! 万が一負けることがあれば、またやり直しです!」
「阿々さん、このモンスターの特徴はなんでしょう」
「即死攻撃が厄介ですね。敵の持っているのは『死神の短剣』です。そこへさらに、即死効果を重ねてくるわけです」
「なるほど、これが前回の敗因ですか。――タロウ選手、善戦しているものの次第に追い詰めれれているか」
「マズいですね、これは。あまり戦闘が長引くと――」
実況の言葉と、それはほぼ同時だった。
切られたような激痛が背中を走り抜けた。
「なんと! ここで倒れたはずの人攫いのボスが復活しました! タロウ選手の身体を後ろから切り払います」
「あのモンスター、蘇生魔法も使えるんです。いわゆる、ネクロマンサーですね」
「なるほど。つまり生と死を操る手ごわい魔物、と」
「お、上さん。それはいい表現ですね~」
盛り上がる実況と解説の声が次第に遠く聞こえてくる。
とりあえず、次は『別の手段』とやらを考えるか。
解説のメタ読みとやり直し――それがこの世界で俺に与えられた能力なのだから。
……でも、いつになったら自由を――
「残念ながら、21回目の挑戦もここまでのようです! 阿々さん、今回の一番の反省点はなんでしょう?」
「ズバリ、無策で突っ込んだことですね。世界を救うには、前例をうまく生かすのが必要不可欠です」
「なるほど、ありがとうございます。では、次回こそ勇者タロウが世界を救うと信じて。お相手は実況の上と」
「解説の阿々でお送りしました!」
「それでは、さようなら~」
転生勇者、世界を救うために無限にやり直す~実況と解説を添えて~ かきつばた @tubakikakitubata
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