第2話
花子さんは、トイレで泣いているお友達が嫌いだ。
………ちがう。泣く様な事をするヤツらが嫌いだ。
だからたまに、そんなヤツらを懲らしめたくなる。
静かな授業中に、誰も居ないトイレに行きたくさせて、そしてそこでヒソヒソと囁いたり、戸を叩いたり、背中を押したり、足首を引っ張ったり、ドアの上から思いっきりの変顔を作って覗いたり……。
するとそんなヤツらは面白い程にビビって、お尻を拭かないままにトイレを飛び出したりする。
それを見ては面白くて笑っていると、必ずお父さんに叱られる。
それは尊い神様は、そんな悪戯をしてはいけないのだそうだ。
………だけどそんなヤツらも、それから泣く方の子となる事がある。
すると昨日まで憎らしかったその子が、とても可哀想になる。
だから花子さんは、その子と友達になる。
………トイレに呼び出してゴメンね。驚かせてごめんね………
するとその子は
「意地悪してごめんね。お友達をもう虐めない」
そう言って泣く。
花子さんはいつも思う。
なぜこの子達は、意地悪をしたくなるのだろう……
なぜ意地悪して、楽しくなるのだろう……
どんどんみんなとするんだろう……
なぜ?なぜ?なぜ?
するとお父さんが、ちょっと笑う。
「人間だからするんだよ」
「なぜ人間はするんだろう?」
「人間はそういう生き物なのさ。だから神か存在するんだ」
お父さんは、慈悲深いお顔を向けて言うけど、子供の花子さんにはその意味が解らない。解らないけど、ひとつだけ解る事がある。
それは花子さんは、悲しく寂しい思いをしているお友達を、悲しく寂しくさせたくないという事だ。
だから花子さんはずっとずっとずっと、お友達をひとりぼっちにしないようにして来た。ずっとずっとずっと傍で、寄り添って来た。
涙を拭いて、笑顔にして勇気を与えて来た。
そんな花子さんの、小学校が終わる。
この小学校には、トイレで泣く子はいなくなった。
花子さんの、お友達がいなくなった。
静かなトイレに呼んで、怖がらせたり驚かせたりしたくなるようなヤツらがいなくなった。
だからお父さんは、近くの中学校に花子さんを行かせる事にした。
お父さんが云うには、意地悪をしたり虐めたりする事より、死んでしまう事が一番の罪なのだそうだ。
だからヤツらに罰を与えるより前に、自ら死を選ぶ子達を作らない様にしなくてはいけないのだそうだ……。
「だったらそんなヤツらを、排除すればいいのに……」
花子さんは、お父さんに喰ってかかった。
「だから花子に、この役を与えているのじゃないか?」
するとお父さんは、笑いながら言う。
「そう云う事に携わって、そして先々花子が正しく判断ができる様に……」
優しく尊いお父さんの云う事は、いつもいつも難しい。だってお父さんはこの界隈を司る神様だもの。その導きと結論は、正しいに決まっている。
「此処だけではない。現世は無慈悲な事ばかりだ……人間同士だけの事では済まない。生き物や自然にも関わる事だ……いいかい?花子が此処を司る時には、花子が決断を下しなさい。疑問に思った様に、そう云うヤツらを必要としないと判断すれば、誕生と共に排除しなさい。人間の生も死も容易い事だ。なんら躊躇う事ではない。だがまだまだ、小さな力で判断するものではない。小さな可憐な花を見て、決めてはいけない。葉や枝や木、ひいては林、大きく森そして森林、それ等の周りの環境、そして最後に地球を見て決めなさい。その中に生き物達が存在し人間が存在する。それを理解できる様になったら、たかだかの人間ひとり、お前の好きとするといい……」
お父さんはちょっと、恐ろしい笑みを浮かべて言った。
「……だから少しでも、人間の事を理解しなさい……お前の心一つで決められるのだ」
桜が咲いた。
可憐で可愛い、だけど散る時は潔い桜が咲いた。
中学校に行く事にした花子さんは、ちょっと思う様になった事がある。
……沢山のお友達を作ろう……
悲しんでいたり苦しんでいたり、意地悪だったり八つ当たりしたり虐めたりする子達とも……。
そしてそんなヤツらを、排除したいと思わない様に……。
だって花子さんは一度友達になったら、その子が天寿を全うするまで友達だから、だからその子の生涯を支えて、幸せな一生を送ってもらうから。
小学校の花子さん 婭麟 @a-rin
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