21回目の誕生日

千石綾子

21回目の誕生日

 20回目の誕生日なら分かるけど、21回目をこんなに盛大に祝うのは何故だろう。美里は嬉しいながらも戸惑いを隠せない。


 バイトから帰ってきたら、家の中がえらいことになっていた。

 キラキラのモールがリビングとダイニング一面に張り巡らされ、年の離れた10歳の弟、武志が描いた絵があちこちに貼られている。


 家族はと言えば、父の忠之はピエロの恰好で得意のジャグリングを披露しているし、母の真理子はサラダやローストビーフをテーブルに運んでいる。この調子だと、料理はまだこれからどんどん出てくるようだ。


「ちょっと、ねえ。どうしちゃったの?」


 美里は呆れたように、テンション爆上がりの家族を見渡した。


「姉ちゃんのおたんじょうびだろ。僕の10才のたんじょうびの時みたいにもりあげていこうよ!」


 最近ノリの良さに拍車がかかっている弟武志が、美里に向けて親指を立てて見せる。

 確かに彼の誕生日の時に、美里は得意なイラストで武志が好きなヒーロー戦隊を描いて壁にたくさん貼ってあげた。

 しかしそれも10歳というキリの良い節目の誕生日だったから。最近は10歳の誕生日を二分の一成人式とか言ってお祝いすることもあるそうだ。


 美里の場合、ハタチの誕生日も盛大にやってもらったし、成人式も綺麗な振袖で参加させてもらった。記念写真も撮ったし、友人たちと飲みにも行った。でも、それも20歳という大きな節目だったからだ。


 21回目の誕生日。繰り返すようだが特別ではない。普通の誕生日だ。これは何かあるのではないだろうか。

 美里がまず考えたのは何かのドッキリだ。最近は一般の家庭にもテレビ局のカメラが入って家族にドッキリを仕掛ける番組がある。恐らくこれだ。ここ数日母の真理子はやけに家を掃除して断捨離なんかを始めていた。間違いない。テレビカメラがどこかに隠されている。


 ここで美里は思った。折角ここまで準備しているドッキリを潰すのは無粋だ。準備してきた家族もがっかりするだろうし、テレビ局の人達もネタにならずに空振りで帰る羽目になる。テレビ局のスタッフには別に義理も何もないが、それは流石に忍びない。

 何よりも、演劇部員である美里は「ドッキリを仕掛けられた演技」をすることに対して演劇部魂が燃えてしまったのだ。


「うわー、嬉しいな。武志、有り難う!」


 美里は素直に喜んだ振りで弟の頭を抱きしめてぐりぐりと撫でた。


「うひゃー、姉ちゃんやめてくれよ! 子ども扱いすんなよー」


 そこは素直じゃないんだな、と美里は難しい年ごろの弟の坊主頭から手を離した。

 そんなことをしている間にも、お料理はチキンの丸焼きやら手巻き寿司やら色々と出てくる。いくらテレビに映るからって見栄を張り過ぎじゃない? と美里は思う。


「何か手伝うよー」


 何もしないで主役面しているのも何なので、母に一声かける。と、その時。


ピンポーン


 誰かが呼び鈴を鳴らした。


「はーい」


 美里が出ると、そこには母方の祖父母の姿があった。


『あー、あるある。テレビの時だけいつもはいない親戚が集まるパターン!』


 ありきたりなテレビの演出に思わずにやけそうになるが、ここは驚いたふりだ。


「わー、じーじとばーばまで! 来てくれたんだー」

「みーちゃん、お誕生日おめでとう」


 祖父母は何か風呂敷包みを手に入って来た。もう料理は並びきれないのに。


「さあ、全員揃ったところで、始めようか」


 ピエロ姿の父忠之がそれぞれの座る場所を指定して自らも下手に座った。美里は上座。ここにテレビカメラが向けられているんだろう。まさにテレビでよく見るシーンだ。一体どんなドッキリを仕掛けてくるのだろうか。


「今日は美里の21歳の誕生日だ。記念すべき、大切な日だよ」


 忠之は緊張する様子もなくすらすらと台詞を喋る。流石営業職。


「今日は美里に話さなくちゃならないことがあるの」


 母の真理子は少し噛み気味に言った。緊張のせいだろうか。父母は互いを見つめて頷くと、父の忠之が再び口を開いた。


「美里、実はお前は私たちの本当の子供じゃないんだ」


 ベタな奴、きたーーーー! と美里はリアクションに困って一瞬顔を引きつらせた。

 若作りな母は時々私と姉妹に間違われるほど似ているのに、そのネタはありえない。企画が駄目だそれは。ここは突っ込むべきだろうか。それとも……。そう美里が悩んでいると、祖母がぼそりと切り出した。


「みーちゃん、今日がこんなに大事な日なのはね、あなたがお母さんの年を無事に越えたからなのよ」


 そう言って、さっきの風呂敷包みから、台紙に入った一枚の写真を取り出した。


「私だ」


 そこに写っていたのは、振り袖を着た美里の写真だ。去年撮った写真、こんな感じだったかな、と美里はじっとその写真を見つめた。


「お前のお母さんだよ」


 祖父が優しく声をかけた。


「あなたのお母さんはね、私の妹なの。あなたを産んで、すぐに亡くなったのよ」


 美里はテレビカメラを探すのも忘れて、母の言葉に聞き入っていた。その話によると、美里の母親は美登里といい、二十歳で妊娠した。相手が誰かは決して話さず一人で産む覚悟を決めていた。

 しかしお産は早産で、美里の母は間近に迫った誕生日を迎える事もできずに亡くなったという。それを当時子供ができなくて困っていた姉の真理子夫婦が養子にしたのだそうだ。


「あなたも妹の美登里と同じく病弱な子だったから、無事に育つか本当に心配だったわ」

「今日はお前が自分の母親の年をひとつ越えた大事な記念日なんだよ」


 そう言って父は買って来ていたケーキの箱を開けた。中には美味しそうな生クリームとイチゴのケーキ。そしてチョコプレートにはとても長いメッセージが書かれていた。


『美里 21歳のお誕生日おめでとう

 美登里 美里を産んでくれてありがとう』


 ドッキリでも何でもなかった。美里は自分にそっくりな母の写真を改めてよく見た。自分を産んでくれた母。今まで知らされなかった事には少し引っ掛かるものはあるが、親族たちも言うタイミングをずっと見計らっていたに違いない。

 そして、21回目の誕生日にこんな大切な意味があった事を知り、改めて部屋の飾り付けを、集まってくれた家族たちの顔を見つめた。思わず涙がこぼれる。


 そして美里は心の中で呟いた。


──21歳まで生き抜いてきて偉かったぞ、自分。産んでくれて有り難う、お母さん。


 彼女はこれからも22回目、23回目の誕生日を感謝と共に家族と祝うのだろう。

 美里は大きく息を吸って、ケーキのロウソクを吹き消した。

 

 


             了


(お題:21回目)

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21回目の誕生日 千石綾子 @sengoku1111

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