第2話 らっちらっち、こうそくこうそく

「今更ですけど、私のことはリゥルゥでいいですよ?」

「あ、ああ……」

「名前を伺ってもよろしいですか?」


 丁寧に聞かれ、妙に緊張してしまう。

 この状況で緊張してない方がおかしいか……


「ナナヨだ」

「ナナヨさん、ですか」

「女っぽい名前だろ?」

「そう、ですか? すみません、人間の名前には詳しくないので」


 なんとなく、そんな気がする。

 いや、同じ名前の人間に会ったことは無いけど。


「それにしても……」


 リゥルゥが顔を近づけてくる。

 睫毛の本数を数えられそうだ。


「あら、もしかして女性慣れしてないので……?」

「悪かったな」

「まぁ……私みたいなおばさんに……?」

「おばさんなのか?」

「誰がおばさんですか!!」

「……」


 魔族って情緒不安定なのか。


「全く……私はまだ1000歳にもなってないですよ!」

「え……」

「戻ったのじゃ!!」


 さっきの小さい方が扉を勢いよく開けた。

 その手には、拘束具のようなものが……


「あら、おもらし様……」

「ふんっ! 過去の事は忘れたのじゃ。わすれたのじゃ……」


 いや、まだ少し効いてそう……

 そんなこと考えてる場合じゃない。


「それ……」

「なっ、普通に話せてるではないか!? せっかく緩い物を持ってきたというのに……」


 なんか優しい……?

 いや、違う。

 これは、アレだ。

 なんとかこうとかって言う、犯罪者を好きになるやつだ。


「窮屈だから変えてくれないか?」

「うむ。ちょっと待っておれ?」


 ……違う。

 落ち着け、この拘束されてる状態に慣れるな……!


「というより、つけないでくれないか?」

「それは無理じゃ!!」


 元気いっぱいに言われた……

 というか、頑張れば取れそう……?


「これで身体能力を弱体化させておるのじゃ」

「? されてないが?」

「……む? そんなはずないのじゃが……」


 ぴんぴんしてるが。

 力込めると壊せそうなんだが。


「はっ! そういうことじゃな?」

「どういうことじゃな?」

「ま、まねするでないわ!」


 へるぷみーリゥルゥ……


「お嬢様?」

「う、うむ。流石は勇者。腹芸もできるのじゃな」

「……勇者?」


 勇者とな?

 いや、まあ、活躍すればそう呼ばれる未来もほんの少しの可能性で存在していたかもしれないが……


「おぬし、勇者じゃろ?」

「……? 翻訳頼めるか?」

「……」


 無表情で立っていたリゥルゥがにんまりと笑った。


「お嬢様。この方は勇者で間違いありません」

「じゃろ!」

「……」


 パチンパチンとウインクしている。

 ぶちゃいく。

 合わせろということか。


「まあ、そういうこともあるかもな……」

「じゃろ! やはり、妾の目に狂いはなかったのじゃ!」


 狂いまくってるが。


「陽のせいで目が開けられなかったのじゃが、良かったのじゃ!」

「……」


 それだな?

 吸血鬼が日の光に弱いって本当だったのか。


「お嬢様。お腹が空かれたそうですよ?」

「うむ! 持ってくるのじゃ!」


 ちび子が出ていった。

 再びリゥルゥと残される。


「それで、勇者ってなんだ?」

「お嬢様が間違えて連れてきたんでしょう」

「いいのか?」

「何がでしょう?」


 なんで不思議そうな雰囲気を出す?


「いや、俺、勇者じゃないけど」

「いいんじゃないですか?」

「そんな適当な……」

「お嬢様がナナヨさんを攫ってきたのは、お父様に褒められるためという、小さな理由ですからね」


 やっぱ魔族の考え分からないわ。

 人を攫ってきたら褒められるって……


「お嬢様のお父様は魔王ですからね。それは置いておくとして、少し失礼しますよ?」

「ちょっと待て! 今、絶対大事な……!」

「ちゅ~」

「っ!?」


 キスではない。

 いや、首にリゥルゥの唇の感触はしているのだが、それは一瞬。

 次の瞬間、チクリと痛みが奔った。


「……」

「な、何を……?」

「なるほど……?」


 リゥルゥが一歩下がる。

 その口元は紅く染まっていた。


「血を吸ったのか?」

「はい」

「えっと……」


 吸血鬼に血を吸われてしまった。

 体に異変はなさそうだが……

 というより、もう痛くない……?


「傷口は残りませんから大丈夫ですよ?」

「そうか……」


 それきり黙り込むリゥルゥ。

 いや、説明してくれ。

 いきなり血を吸われて放置とか……吸血鬼らしい気もするな?


「いきなりどうしたんだ?」

「ちょっとお味を確かめようと思いまして」

「……どうだった」


 その質問をするのはどうなのかとも、口に出してからは思うけれど。


「……」

「え、どうなんだ?」


 もしかして不味いとか?

 美味しくありたいわけではないけれど、何か病気とかにかかってたら困る。


「味は……」

「お、おう……」

「……」


 妙に真剣な……?

 いや、リゥルゥは無表情だ。

 勝手にこっちがそういう雰囲気だと感じているだけだ。


「虚無」

「ん?」

「虚無です」


 虚無……?


「ど、どういうことだ?」

「そうですね……端的に言うと」

「言うと……?」

「腹の足しにもならない、でしょうか?」


 ……なんかちょっと傷ついた。



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「持ってきたのじゃ!」

「ご苦労」

「ぬし、わざと言っておるな……?」


 主従関係があるようなのに、対等な関係に見える。

 からかっているし、リゥルゥの方が上にも見えるけど。


「ほれ、食べるのじゃ!」

「ん、んんっ!?」


 どんどん口の中に突っ込まれる。


「どうじゃ? 妾の夕食じゃが、気にせず食べるのじゃ!」

「では、お嬢様は夕食抜きですね」

「もう料理長に頼んできたのじゃ!」


 腰に手を当てて胸を張るちんまい子。

 ぺったーん。


「お嬢様、ナナヨの手を自由にさせて差し上げては?」

「む? ななよ? 誰じゃ?」

「目の前にいる勇者さんです」

「なっ! なんでぬしが知っておるのじゃ!!」

「私たちはもう、してしまいましたから……」


 なんでそこで顔を覆う。

 それでも表情を一切変えないのは少し怖いが。


「なっ!? ぬ、ぬし……ほんとに何したのじゃ!? 妾がいぬうちに……」

「自己紹介ですが?」

「……」

「あらぁ……むっつり様はナニを考えてたのでしょうねぇ?」

「っ!? ぬしぃぃいい!!」

「ほら、解いて差し上げては?」

「じゃが……」

「大丈夫です。私を信じてください」

「……わかったのじゃ」


 信じるのか。

 いや、俺と会ってからがアレだっただけなのかもしれないし……


 ゴリゴリと拘束が外れていく。

 サビてたのか?


「ナナヨ、ほら、口を開けてください」

「いや、自分で」

「お客様ですから」


 普通、そんなことしない。

 するとしたら、そういう体験のできる店だ。


「それよりも、じゃ! ぬし、ずるいぞ!」

「あら、お嬢様が勝手に出ていったのですよ?」

「それは、そうじゃが……」

「吸血鬼ということもお話ししました」

「妾が言おうと思っておったのにぃぃいいい!!」


 口に運ばれてくる料理は、普通に美味しい。

 人間の血肉が混ざっているかとも考えたが、それもなさそうだ。


「な、ななよ?」

「……」

「ぬし、だましたなぁぁぁぁああ!?!?」

「いえ、なにもしておりませんが」

「こやつの名前はななよというのではないのか!?」

「そうですよ、ね? ナナヨ」

「そうだな」

「な、なんでじゃ……? 妾のときは……」

「理由も言わずにつれてきたんですから、嫌われているんでしょう」

「……」


 いや、少し驚いて、タイミングを逃しただけだったのだが、目の前の相変わらず名前のわからない子は、涙をためて頬を膨らませている。


「わ、悪かったのじゃ……だから、無視はしないでたもれ……」

「……」

「うわぁぁぁぁあああん!!!!」

「あらら……」


 また名知らぬ子が走り去ってしまった。


「ナナヨ……」

「すまん」

「お嬢様の扱いに慣れてきましたね!」

「おい」


 何だコイツ。

 いや、そもそも徹頭徹尾わからん……

 上下関係、あるんだよな?


「戻ってきたら、名前を呼んであげて下さい」

「いや、そもそも教えてもらってないんだが」

「……勘で」

「勘で!? 予想しろと!?」

「ヒントは、私の名前に似ていますよ」

「いや、わかるか!」

「はい、じゅ~う……きゅ~う……は~ち……」

「戻ったのじゃ!」

「ななろくごよんさんにいち、はい。答えどうぞ!」

「え、あ……るぅりぅ……?」

「誰じゃそれ」

「残念……このとれたて人間絞り100%はお預けですね」


 そんなもの最初からいらない。


「お嬢様、いつまでも自身の名前を教えない、というのは不誠実ですよ」

「ぬしに言われたくはないわ!」

「……」


 俺の視線に気づいたのか、名知子なしこが……?


「な、なしこ……?」

「なるほど! お嬢様ったら胸がありませんもんね!」

「おぬしまで、変なこと言うでないわ! 妾はミィフィアじゃ! ミィフィア・ヴィドゥ・コート!」

「みーちゃんって呼んであげて下さい」

「勝手に付け足すでないわ!!」

「み、みーちゃん……?」

「む、むぅ……おぬしが呼びたいのならそれでも良いが……ちと恥ずかしいのじゃ……」

「いや、今のは繰り返しただけだ。えっと……お嬢様?」


 リゥルゥもそう呼んでいるし、それでいいだろう。


「む、それは……」

「まぁ! そうですね、お嬢様はお嬢様で十分ですね。ねえ、お嬢様?」

「ぬしの言い方は気に食わんが……まあ、周りの目もあるから仕方ないのじゃ」

「お嬢様、そろそろダンスのレッスンの時間では?」

「そうじゃな」

「私はナナヨといますので、おひとりで好きに行ってください」

「な、ついてこんのか?」

「いきなり見知らぬ場所に連れてこられたナナヨを1人にするのですか!? この鬼畜ペタお嬢様!」

「変なこと言う出ないわ! よい、妾は独りで行く……」


 今度は……今度も?

 大股で扉を開けて、出ていった。


「いやぁ、大変でしたね?」

「……そうだな」


 普通に疲れた。

 もう数十分この体勢だし。


「あ、外しますよ?」

「……いいのか?」

「はい。なんというか、別に私達をどうにかしようとは、しないでしょう?」

「まあ、そうだな」


 参戦したのは金と飯のためだし、個人的に魔族への恨みは……

 ん、そういえば、孤児院の家事は魔族の仕業だったか?

 まあ、ほとんど覚えてないし、別にいいか。


「ふぅ……」

「おや、お疲れで?」

「そうだな……」

「そちらのベッドでお休みください」

「いいのか?」

「はい。自由に使って構いませんよ」

「すまん、感謝する」


 初の戦争、そして拉致、拘束など、肉体的にも精神的にも疲れていたのか、横になると、瞼が重くなったかのようだった。


「(……まあ、お嬢様のベッドですけどね……)」


 リゥルゥが何か言っていた気もするが、そのまま俺は眠ってしまった。

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「I LOVE 人類」と叫んだら、魔王の娘に監禁された 皮以祝 @oue475869

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