「I LOVE 人類」と叫んだら、魔王の娘に監禁された
皮以祝
第1話 戦場の片隅で物語が始まる
俺は傭兵として、ここに来た。
理由は、そう。
一銭も持っていないからだ。
正直、どうしてこうなったかと言えば、情けない話だが……
本当に情けない話なのだがっ!!
全財産の入った袋を、酔っ払った勢いでどこかへ捨ててしまったらしいのだ。
うん……本当に助けてほしい。
身分証も同時に失い、その再発行のためには金が必要だというのに、新しい職を手に入れるためには身分証がいるという、無間地獄かのような状況なのだ。
あとは、この通り。
『身分なんてどうでもいいから肉壁として働けや!』系の傭兵となったわけ。
一日一食支給されるので、とりあえず生存は保障された。
今日死んだら、さっきのが最後の晩餐……最後の朝餐?になるわけだが。
腹減ったまま死ぬよりはましだ。
そもそも、ここには指揮官がいない。
まさに肉壁。
「こわい、こわいよぉ……」
隣で泣いている髭面の男とは、昨日仲良くなった。
なんだか、子供のようになっているが、まあ、仕方がない。
運が悪い。
俺などの例外を除き、ここにいる者達は、無理に徴兵されたらしい。
突然通達がやってきて、最前線に連れられてきたそうだ。
戦闘経験もない一般人のようだ。
魔族の使う魔術を受けさせるため。
魔術は絶大な被害を及ぼすやらで、貴重な戦力を消費するわけには、と死んでも影響のない人間から選ばれたらしい、南無。
俺には通達が届いていなかったので、金さえあれば傭兵にならなくてよかったのかもしれない。
孤児院から出た後は、真面目に金を稼いでいたのだが、まあ酒はこわいということはわかった。
暫く待機なのだろうか。
いや、むしろ、もう飯は貰ったのだし、帰ってしまってもいいのでは。
見張りもいないし。
せっかくだし周りから少し金貰ったり……
持ってきてるわけないか。
少々暇だ。
いや、それどころではないんだろうけど。
いつまで待てと?
周りの人間を観察するのにも飽きた。
全員似たような絶望の表情しているし。
何をしよう。
暇だ。
いや、むしろここで俺が周りの人間を元気づけて――
「き、きたぞぉぉ!!!」
一人の男が叫ぶ。
魔族の軍勢がお越しらしい。
どうもわざわざ遠方から。
おかえりくださいな。
「……し、死ぬわけにはいかないっ!」
「そ、そうだっ! 俺には愛する娘がっ……」
「俺には弟が……っ!」
さっきまでの死んだような空気が変わる。
いきいきぴちぴちし始めた。
本能的にそういうのがあるのかもしれない。
恐怖を勢いで誤魔化す的な。
俺もそうしたいところ。
「愛する……」
いや、愛するものないわ。
天涯孤独だし。
孤児院も火事で全員死んだらしいし。
まずいまずい……
このままでは、周りからおかしな人間だと思われてしまう……?
気にする人間の方が少ないか、今の状況なら。
え~……
「愛する妻のためにぃぃいいいぃぃぃ!!!!」
いったー!!!
突っ込んでった!!!
俺も何か……
「かあさぁぁぁぁあああああんん!!!!」
「マミムぅぅぅうううぅっ!!! 結婚してくれえぇぇぇぇぇええええ!!!!」
やばいやばい遅れる遅れる……っ!!
「かねぇぇぇぇえええ!!!」
言われた!?
「おんなぁぁぁぁああああ!!!」
まてまてまて……
候補がどんどん削れて……っ!!
「寝たいぃぃぃぃぃいいいい!!!」
お前はうん……叶うよ。
って、違う!!
そんなのに構ってる場合じゃ……
「ぴゅりん、兄ちゃん、行ってくるからなぁぁぁああ!!」
「家の再興ぅぅぅううう、ごほっ! ……ざ、ざいこおぉぉぉぉ!!!」
「借金返済ぃぃぃぃぃいいいい!!!」
「うまいめしぃぃぃぃいいいい!!!!」
「じん――」
「I LOVE 人類ぃぃぃぃ!!!!」
誰かの叫びを遮ったような気もするが、仕方ない。
周りの人間は自分勝手に叫んでいるのだ。
俺も、今となっては何でそんなことを叫んだのかはわからないが。
熱にやられたのか……
『――――――――!!!!!!』
後頭部に衝撃を受け、俺の意識は沈んだ。
www
「――――、――。――――」
声のようなものが聞こえるが、聞き取れない。
目は塞がれているのか、暗闇のみが広がっている。
手首、足首は拘束され、動かそうとすると金属の冷たさと、それの擦れる音がする。
「――――? ――――! ――――」
「―――、――――?」
「――――!」
頭を触られている。
……小さな手だ。
子供か……?
「―――――、――――――――」
先程よりも大きな手だ。
それでも、俺よりはかなり小さい。
暫くして、目隠しが外された。
急な光に目を瞬かせる。
「――――?」
ようやく見えた、目の前に立っていたのは、美しい少女だった。
白磁器のような白いの肌に、血のように赤い目を持ち、子供らしく、長い黒髪を二つに結っている。
そして、その後ろ。
目の前に立つ少女よりは年上だろうが、それでも幼い子供が立っている。
少し似ている?
縁戚……姉妹だろうか?
「――――! ―――、――――?」
「……」
目の前の少女は何か言葉を、俺に向けて発している。
その後ろの少女は口を閉じ、ただこちらを見ている。
「……」
目の前の少女は興奮しているように見える。
何に対してか。
状況からすれば俺なのだろうが、その理由を知りたい。
「……」
何を言っている……?
「―――! ――――か?」
……
「――――じゃろうが!」
目を閉じる。
聞き取れる気がする。
集中すれば……
「―――じゃ! なんで目を閉じるんじゃ? もしや、何処か壊れたのか」
「お嬢様、彼は人間なのですから、壊れたは不適切です」
「ならば、何故、目を閉じたのじゃ?」
「さあ。眠いのではないですか?」
「そんなわけないじゃろ? この状況で寝る奴がおるか?」
「疲れているのでしょう」
「こやつ、緊張感を持ち合わせていないのじゃな……?」
思ったより面白い会話をしていた。
さっきまで全くと言っていいほど聞き取れなかったが、今は普通に聞き取れる。
「おっ、ほれみろ! 目を開けたのじゃ!」
「睡眠時間が短いのでしょう。兵士ですし」
「短すぎるじゃろ!」
「お嬢様が世間知らずすぎるのですよ」
「む……それは、否定できんのじゃ……」
そんなわけあるか。
「……」
「……」
二人の視線が俺を捉え、沈黙が流れる。
「のう……」
「なんですか、お嬢様」
「こやつ、起きておるよな?」
「もしかしたら、目を開けたまま寝ているのかもしれません」
「そんなやつがおるか!」
「いえ、いますよ。こっちは本当に」
「な、なんじゃと!? ……さっきのは嘘ということではないか!」
「……」
寝ているということにして、黙っていた方がいいかもしれない。
こちらを害そうとする意志が感じられない。
それならば、思考する時間を稼ぐべきだ。
「お嬢様」
「む、なんじゃ?」
「寝てるかどうかは、目を指に突き刺せばわかりますよ」
「それじゃ! いくぞ……」
「待て待て!!」
「うわっ!? お、驚かせるではないわ!!」
指を二本立て、目に入れようとしたので思わず止めてしまった。
しかも、爪長くて、痛そう。
いや、爪がどうであろうと、あの勢いだったら潰れていた。
「リゥルゥ! 起きてるではないか!」
「私は可能性を述べただけです」
「詭弁じゃ!」
「もう少し語学の勉強を増やしましょうか」
「いやじゃぁぁあああ!!!!」
小さい方が涙目になって、大きい方に縋り付いている。
二人の関係性が分からない。
「む? また黙ったのじゃ」
「1時間に1度しか話せないという掟を持つ、リリー族なのかもしれません」
「なっ、そんな者が存在しておるのか!? 意味の無いことを喋らせてしまったのじゃ……」
「まあ、嘘ですが」
「ぬしぃぃぃいいい!!!!」
「話せますか?」
小さい方に叩かれながら、大きい方がこちらに問いかけてくる。
多分、こっちがヤバい方だ。
さっきの目の提案も、小さい方を揶揄っているのも。
「……ああ」
「お嬢様、今ので次話せるのは1時間後になりました」
「何をしておるのじゃ!!! お、おぬし? もう少し頑張れんか? せめて半分の時間にはならんのか……?」
「嘘に決まってるではないですか」
「なっ、またしても!」
「混乱してると思うので、こちらから挨拶を。私はリゥルゥと申します。こちらの、アホ様の御付きのメイドをしております」
「リゥルゥ!!」
「……わかりました。私は、こちらのアホお嬢様の」
「治っておらんではないか!!」
「こちらのピーチクパーチク五月蠅いのは、まあ、どうでもいいですか」
「いいわけないじゃろ! いい加減にしないと!」
「なんです?」
「うっ……」
「私に何を言うつもりです?」
「……」
「夕食に出てきた苦手な野菜を代わりに食べ、学園の宿題を手伝い、去年までお嬢様のおねしょの片づけをしていた私に……」
「うわぁぁぁあああ!!!!」
小さい方が頭を振りながら飛び出していった。
それを見送って、リゥルゥと名乗った少女が向き直る。
「全く……困ったものですねぇ?」
「え、あぁ……そうだな?」
「あっ、こちら飲みます?」
「……」
当たり前のように話しかけているが、拘束を解く気はないらしい。
コップを俺の口につけ、ゆっくりと傾けた。
「っ……ん!? おえぇぇ……」
「お口に合いませんでしたか? 先月取れた人血なのですが……」
「の、飲めるかぁぁああ!!」
やっぱりやばい奴だった。
俺の残したコップの中身を飲み干す女を見て、心臓が暴れだす。
もしや、俺の血を……いや、それだけで済むのか?
「お前達、食人を……?」
「はい?」
「人を、食ってるのか?」
「まさか。人肉、不味いですよ?」
いや知らんが。
「普通に考えて、人間が、食べるために改良された動物より美味しいわけがないでしょう」
「そ、そうか……」
「まあ、珍味ですね」
「……」
食ってんじゃねえか。
「私、あんなものを美味しく食べれるほど年老いてるように見えますか?」
「……」
「え、見えますか?」
「……見えないな」
「ですよね~」
知るかそんなもん!!
「……なのに、血を飲むのか」
「え、そりゃあ、吸血鬼ですし」
きゅうけつき……吸血鬼!?
「ま、魔族か!?」
「え、今更でしょう」
「は、初めて見た……」
「はい?」
「いや、人間の姿をした魔族なんて……」
「何に驚いてるのですか? 貴方、あの戦場にいたでしょう」
「人間の姿をした奴なんて……」
いた、のか?
突っ込む寸前で意識を失ったからわからない。
もしかした、あの獣達の後ろに……?
「ああ、これですか?」
そう言った瞬間、女の背中から黒い靄が飛び出し、瞬間、形をつくる。
「!?」
「ぱたぱた」
「……」
「ぱたぱた」
「なんで口に出してるんだ」
「雰囲気ですが?」
蝙蝠のような羽を、俺を仰ぐように動かしながら、羽音を口で表していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます