第33話 ぶん殴っていい?
当時の雅也は気づけなかったし、何なら大きくなった後に思い返してもいまいち実感することはできないのであるが客観的な事実として一つ。
彼の幼馴染である片町有恵は美少女である。まだよちよち歩きしていた頃から道行く人々の視線を集め、視界に収められただけで男たちはニンマリとだらしなく頬を緩ませていたものだ。
そんな彼女は転勤族だった。普通の女の子なら縁の深い友達を作ることも出来ずにやさぐれてしまってもおかしくないところなのであるが彼女にとってこのことはとても都合がいい。
何故ならあと腐れなく男どもを捨てることが出来るからだ。
幼い彼女は確かなプライドを持っていた、なまじ若いころ量産型の美人だったという事実があるがゆえに婚活相手に高望みをしてしまう40代女性のよりも高いプライドを持っていた。
自分の可愛らしい容姿に屈服しない男なんて存在してはいけないのだという幼いがゆえに残忍なプライドを。
時が止まってしまい感じることもなくなった風を記憶の世界で受けながら雅也は軽くため息をついた。
(あの時の僕ってマジでバカだったよなぁ……まあ今でも同じようなもんかもしれんけど)
『有恵!!!!!』
半ば無理やり未来に屋上まで連れてこられた雅也はひょっこりと屋上の景色を眺めた。小学生に相応しくない程、それこそふてぶてしいくらいに落ち着き払った顔の有恵が髪をなびかせながら口を動かした。
『相変わらず雅也にベッタリね未来』
『そっちこそ飽きもせずにマー君にご執心みたいじゃないの!!!でも今日は一体何考えてんのよ!!??マー君突き落とすなんて』
『突き落とすなんて馬鹿なこと言わないでちょうだいよ、私は大したことをしてないわ。ただ強風が雅也を吹き飛ばしただけの話よ』
『そうだよ未来ちゃん、確かに何が起こったのかはよく分かんなかったけど有恵ちゃんに落とされたわけじゃないよ』
獲物を探し当てた狼のような瞳は雅也に諫められても獰猛さを緩めたりはしない。それどころかもっともっと酷いものになっているではないか。
『未来ちゃん』
『いいえ、絶対にこいつがマー君を殺そうとしたに違いないわよ!!!』
『落ち着いてよ、有恵ちゃんがそんなことをする必要ないでしょ。だいたい殺すなんて大袈裟ってもんだよ』
『私にはわかるの!!!有恵は綺麗な自分に全然なびかないマー君のことを嫌だって思ってる!!!こう言うやつは自分の欲望を通すためには手段を選ばない!!だから』
瞬間、未来の首がゴキっと馬鹿みたいに大きな音を鳴らしながら有恵の方を向いた。未来の研ぎ澄まされた触角は感じ取ったのだ、空気が本来あってはならない揺らぎをしたことを。聴覚は聞き取ったのだ、あり得るはずのない音が風に流れてきたことを。
『うふふ、言ってることの殆どは的外れだけど一つだけ合ってることがあるわね』
未来に一瞬遅れて雅也も有恵の方に顔を向けた。そして目を見開いて口をゆがめた。
『はぁ?』
『私は確かに自分の欲望を通すためには手段を選ばないわ。雅也を今日ここに呼んだのも私の欲望を通すためよ』
有恵の髪は風でなびいていた。そして幼さに裏付けされたプルプルの柔肌がとても可愛らしい。
『さ、雅也いい加減自分の性欲を爆発させなさいよ。大サービスよ』
『有恵………あんたぁぁぁ!!!!!!頭沸いてんの!!!!!????』
有恵は自分の身を包んでいた服を全て取っ払っていた。下着さえも脱ぎ捨てて完全な裸体を太陽の下に晒していたのだ。
『私がここまでするのなんて初めてよ……さ、いい加減自分の欲望に素直になって粗末な欲望を私にぶつけてきなさい』
有恵には確信があった、自分の裸を見たならば草食系の雅也であろうと必ず性欲を自身にぶつけてくると。そうなればもう彼女の自尊心は満たされたも同然。完全無欠に立場が上となった後でせいぜい弄んで虐めてやろうとワクワクしていた。
だが、所詮ガキの浅知恵。世界の広さも自分の器も把握していないカエルなのである。
雅也は首を傾げて至って真面目にこう言った。
『欲望をぶつける?ぶん殴ればいいの?』
雅也はムカつくとき何かを殴りたくなるお年頃だったのである。
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