第32話 雅也と未来の過去
全てが塗りつぶされる暗闇の中、彩夢の感触を存分に堪能しながら雅也は少し昔のことを思い返していた。
未来の秘密に勘づいたときのことを。小学校4年生のある夏の日のことを。
『死ぬゥぅウゥゥゥゥゥうぅぅうぅ!!!!!!!!』
そう叫びながら雅也は小学校から落ちていた。空気を裂き、音まで切り裂きながら地面との距離を少しずつ縮めていたのだ。
『今日も今日とてこんなんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
一言で言えば雅也は不幸体質だった。成長するにつれて少しずつマシになってきたのであるが小学校の時は一週間に一回くらいは死の危機に瀕していたのである。まあなんやかんやで五体満足で生活を送っていたので本人自身も姉を筆頭に家族もさほど気にしていなかったのであるが。
現在時が止まった世界でハーレムみたいな状況に放り込まれているのはもしかしてこの時蓄えておいた幸運が爆発しているからかもしれない。少なくとも下手を打てば不遜と捉えられかねないほど泰然自若とした男になったのはこの時期があったからであろう。
『マー君大丈夫?』
地面に当たるかどうかというタイミングでスッと優しく未来に抱き留められた。慈悲深く少し嬉しそうだ。
『うん、毎度毎度ゴメンね未来ちゃん』
『いいのいいの、マー君に死なれたら私一体何を生きがいにしていいか分かんなくなっちゃうじゃんか』
『そう言ってくれるのはありがたいよ。でも未来ちゃんの生きがいなんていくらでもあるでしょ。その気になればオリンピックのメダルコレクションくらいできそうじゃん』
『何言ってるの、私のこれを知られちゃったらアンダーグラウンドの人間に身体を切り刻まれちゃうよ』
『あはは、確かにそうかもね』
『もし私が日本政府に拘束されたらマー君助けてくれる?』
『頑張る。けどまあ未来ちゃんが捕まるような相手に僕が何かできるとは思えないけどね』
まだ雅也は幼かった人のことを慮る気持ちが全く足りていなかった、想像力もまるでなかった。だから屈託なく笑いながらそう言ってしまったのだ。
『そう……うんありがと』
『お礼言われるようなこと言ってないんだけどな……それより未来ちゃん』
雅也は早速頑張った、頑張って笑顔を作った。
『冗談抜きで死んじゃうからそろそろ離してくれるかな』
ギューッと抱きしめられすぎていた雅也の肺はひどく圧迫されていた。気道に空気を通すことさえ困難で気力を精一杯絞って笑顔を作ったのだ。
『あ、ゴメンマー君!!!』
『ゴホゴホ……いや大丈夫だよ未来ちゃん……慣れてるから』
因みに雅也が死にかける理由ナンバー1は未来による過失である。だから慣れているというのは気を使ったわけでもまして口から出まかせだったわけでもない、純度100%の真実なのである。
そもそもこの時の雅也にはまだ嘘をつくなんて器用な真似はできない。
『それよりマー君今日はどうして屋上から落ちちゃったの?また大風に身体を吹き飛ばされちゃったの?』
雅也の死にかける理由ナンバー2は事故である。動物園に行っただけなのに何故かサルの群れの中に放り込まれたこともあるしなんなら歩いているだけで面倒ごとに巻き込まれる、かといって大人しく家でゲームをしていたら強盗が侵入してきたこともある。のんびり日向ぼっこしていたら120キロくらいのストレートが頭にぶち当たったこともある。
つまり動こうと動かまいと彼には死神が引っ付いてくるのである。死肉に群がるハイエナのように死神がやってくるのだ。
だが今回に限っては事故ではない、明らかすぎる悪意によって雅也の転落は仕組まれたものなのである。
『いや、今日はそういうのじゃないの』
『え?じゃあなんで?』
『
今の雅也ならばこともなげにこのセリフを口にしただろうがこの時の雅也は未熟だった。未熟だったために苦い顔をしてしまっていたのだ。
『へぇ』
未来の頬がピクッと動き、屋上を睨みつけたことを雅也は気づくことが出来なかった。
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