第31話 暗闇にはご注意を、です

 艶やかに濡れている髪をぴょこぴょこさせながら軽く飛び跳ねてみると自分の体調がすこぶる快調だと気づき彩夢はニッコリ笑った。


「さっすが温泉効果!!!肩こり腰痛リウマチ睡眠不足、ありとあらゆる不調が改善されましたよ!!!!」


「いつもぐっすり寝てんだろうが」


「いえいえ、やはりいつもいつでも太陽が出ているのはちょっと辛いですね……あ、そうです」


 ポンっと手を叩いた後まだ上気した頬を優しく緩ませた。


「雅也さん、少々お手伝い願いませんか?」




 

 人は暗闇を恐れる。愛も友情も希望も絶望さえも塗りつぶしてしまう暗闇を人間は恐れてしまうのである。

 見えない、と言うことはそれだけで恐ろしいことなのだ。


 だがしかし、人類だって何の対抗策も打たなかったわけではない。原始の時代から火で明かりをとり、そして電気を作り出して闇を払ったのである。

そしてもう一つ、全く別のベクトルで暗闇を克服できる。


「気分はヒュードロドロです!!!!」


「あんまり動くな彩夢、暗いんだから」


「何言ってんですか雅也さん!!!暗いからこそ動きましょうよ!!!あんなことやこんなこと、色んなことしてもバレませんよ!!!大丈夫、安全の為にちゃんとマットもひいたじゃないですか」


 暗闇を楽しむことである。楽しいものを怖がる道理はどこにもない。


「バレても気にしないだろうがお前」


「それは言いっこなしです。それより暗室、上手に作れましたね」


 暗室と言っても黒い布に遮光カーテン、黒いテープを使って作った簡単なものだ。文化祭で適当に作られたお化け屋敷のようなものである。


「うん。それより未来ちゃん一体どこにいたのさ?」


「ちょっと……ランニングにね」


「あはは、雅也さんデリカシーがないですよ。私達は何か麻痺ってるどころかバグってますけど普通は男性に裸体を見られるのは恥ずかしいものです」


「ああ、言われてみれば」


 言われてみなくてもわかるはずのことが分からなくなるくらい感覚がバグッているヤバさについては全く気付かず雅也は納得した。これは彩夢と長い時間共に過ごしているせいなのか、それとも彼自身が元来持っている要素のせいなのであろうか。


 ま、両方であろう。


「それよりせっかく真っ暗な世界を作ったんですから、存分に堪能しましょう。さ、私の毒牙にかかるのはどっちでしょうね!!!」


「毒牙って言ってんじゃないのよ」


「お、未来さんはそっちですね……行きますよ!!!」


 未来は心の中で軽くため息を吐いた。


(確かに見れはしないわね……でもごめんなさい、私の五感は特別製なの)


 未来には人並み外れた身体能力がある。そしてそれに追随するかのように彼女の五感は通常人よりも研ぎ澄まされているのである。その力を持ってすればバトル漫画の強キャラよろしく視界に頼らずとも相手の動きを察知することは容易いのだ。


 それを踏まえて未来は考えた。


(マー君に抱き着きたい。事故を装って抱き着きたい)



 しかしこの企みには無視できない穴があった、それは幼馴染である雅也は自分の体質のことをしっかりと理解しているのである。


(マー君は勘もいいし察しも良い。何か作戦を考えないと……取りあえず多分今動いてない方がマー君よね)


 取りあえず雅也と思われる方に未来は動いていった。あわよくばあっちから動いてきてくれないかという下心を胸に。


(でもマー君ったら動き気配が全然ないんだよね。まあマー君的には彩夢の遊びに付き合う義理なんて全然ないから当たり前って言ったら当たり前なんだけど……どうしよう)


 すると未来の前にいた気配が動いた。その動きはタックルを連想させる。


「うららららららーです!!!!!!」


「え?彩夢!?あんただったの!!??」


「はい!!!動かず全身全霊をかけて神経を研ぎ澄ませていました!!!確実に誰かに抱き着くために!!!」


 あまりにも予想外すぎた密着に未来の心の中にあった何かがぐにゃりと歪んだ。それまで正常な形を保っていたものがぐにゃりと歪んでしまった。そしてその歪んだものは彩夢と共に床に倒れ伏した瞬間心のどこかにはまり込む。


「おお、やっぱり未来さんの身体はマッスル感たっぷりですね。ですが女の子らしく柔らかいです」


「ああ、そう……ありがとね」


 心にぽわっと明かりがともる。暗闇の中で灯ったその光は神々しさすら感じられるものであった。


「うん。あんたの身体も気持ちいいわよ」


「恐縮です!!!」


(あ、未来ちゃんのスイッチ入った声………いやまだ半押しかな?)


 雅也が思い出に浸ろうとした瞬間。


「おりゃ!!!です!!!!」


 彩夢の幸せの肢体が雅也の身体を押しつぶした。


「どうやって僕の場所を?」



「勘です!!!!!」



 モニュモニュとした彩夢の身体とマットにサンドイッチされながら雅也は「マジかよ」と呟いた。 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る