第15話 奇妙なイベントですかね
いつものように暇を持て余して散歩をしているとにわかに彩夢が手を叩いた。
「あ、そうだ。一つ雅也さんにお聞きしたいことがあるんですけどよろしいですか?」
「ん?何?」
「私にはにいにいとねえねえがいるんですけど雅也さんにはご兄弟はいるんですか?」
彩夢がそんなことを急に言い出したのはプールでねえねえとのやり取りを強く思い出したと言うこともあるが、そもそも雅也とこの話題に花開かせたことのないことを思い出したからである。
(おっぱい揉まれても上手いことドキドキが感じられなかった今、取りあえず原点回帰で共通の話題から攻めてみましょう。
うふふ、兄弟の話は大抵の場合面白いですからね。にいにいとねえねえの素敵なエピソードならいっぱいありますし、もし雅也さんにもいたならきっと楽しく談笑できるはずです)
だがその話題を振られた雅也は彩夢の予想に反して少し苦くなる。
「ああ、うん……いるよ、姉ちゃんが一人ほど」
「ん?何か事情でもあるんですか?あ、もしかして亡くなられたとか」
「いや、バリバリ生きてる。あの姉ちゃんは脳天に弾ぶち込まれたも平気な顔してるくらいにはしぶといから……多分そのうちギネスブック塗り替えるよ」
「うふふ、時間が再び動けば、の話ですよね」
「まあそうだね」
(あれ?いつもならもっと楽しいセリフを返してくれるのに、やたらとテンション低いですね)
「それでは不仲なんですか?」
雅也は首を横に振る。
「いや、客観的に見ても仲は良いし僕もどっちかって言うとそうだと思ってるよ」
彩夢は首を傾げる。
普段は彩夢の言動に雅也が困惑し混乱するのだが珍しく立場が逆転してしまっているではないか。
「どうも分かりませんね。じゃあどうして……はっ!!!」
この瞬間、クルクルクルクルと回しまくっていた彩夢の異次元の脳みそにマグマのように熱い閃きが降ってきた。
(ま、まさか……でもそうだとしたら)
「どうした彩夢?」
「雅也さんっ!!!」
跳んだ、彩夢は跳んだ。そして雅也を勢い良く抱きしめる。ギュッと遠慮することなく強く抱きしめる。
「ちょ、お前急にどうしたんだよ?」
無遠慮どころか明らかに意図的に柔らかい身体を押し付けながら一ミリでも深く抱きしめようと力を入れる。彩夢の顔は何かを慈しんでいるようだった。
「雅也さん……私はどんな趣味を持っていようと何も言う気はありません……ですがしかし苦しい時ってありますよね」
(あ、また異次元スイッチ入ったな)
「分かりますよ、私もなかなか納得のいくコスプレができなかったり原作キャラの性格を活かせないまま小説を書いたりするとき自己嫌悪することありますから」
(お前は二次創作までしてんのか)
「そういうのって人に言い辛いことですよね。自分が貫き通さないといけない趣味だというのにそのせいで苦しむなんて恥ずかしいことだって思っちゃいますよね!!!!」
雅也の胸が苦しくなってきた。もちろん彩夢の妄言が心に刺さったわけではなく物理的な現象だ。抱きしめられているのが攻撃と言っていいレベルまでパワーアップしているせいである。
「でも辛いときは人に頼っていいんです!!!私でよければいくらでもお姉さんの代わりになりますから!!!!」
「ちょちょちょ、タンマ!!!」
ポンポンっと背中をタップすると少しだけ力が弱まった。大きく息を吸うといつの間にやら彩夢が目の前で心配そうな顔をしている。
「雅也さん」
「あのさ、お前僕が姉ちゃんにどんな感情を抱いてると思ってるの?言ってみ」
朗らかな顔で彩夢は答える。
「雅也さんはシスコンだったけどお姉さんが最近ご結婚か何かして遠い存在になってしまったから複雑ながら落胆の色が濃い、そんな危うい気持ちになっているんでしょう。
私でよければ少しでもその気持ちを和らげるお手伝いしますから……耳掃除ですか?それとも膝枕ですか?もしかしたらおままごとでしょうか?とにかく何でも言って下さい。私が出来る限りなんでもしますから!!!」
(思ってたよりこじれた妄想してた!!!!しかも妙に具体的!!!!!)
雅也の溜息が彩夢の口を揺らした。
「はぁ……そんな訳あるか。僕がシスコンになる日が来たら次の日に隕石が降ってくるわ」
「え?違うんですか?別に恥ずかしがらなくていいんですよ、私そう言うのに理解があるほうだと自負してます」
「その心意気は素敵だけど今回は絶対に違うから。いいか?僕が姉ちゃんについて苦い顔になったのはそんな込み入った感情じゃなくってもっとシンプルなもんだよ」
「それは?」
「うちの姉ちゃんは馬鹿みたいに面倒なんだよ、それに勝負が大好きでよく引っ張り出されたもんだよ……弟遣いも荒いしね」
(でも……許しちゃうんだよなぁ)
本当に少し顔を傾ければぶつかるほど近くにいる彩夢の瞳が好奇心色に染まった。
「へぇ。すいませんが何かエピソードありますか?私うずうずしてきちゃいましたよ」
「ああいいよ」
何故かハグをしながら姉ちゃんの思い出話をするという奇妙なイベントが始まってしまったのだった。
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