第14話 なすんなすんです

 パチパチという駒音が閑静な室内に響き渡る。


「将棋を指すなんて小学校ぶりです、なんだか童心に戻りますよね」


「なかなか将棋で童心に戻るのはレアもんだと思うぞ」


 二人はプールで起こったことを毛ほども気にすることなく近くにあった休憩スペースで将棋を指していた。どこかのおじさんが使っていたと思われる盤を勝手に拝借したのである。


「そうですか?だいたい小学校の時にちょこっと流行ってその後気づかない内に忘れられるってのが定番だと思いますけど」


 しっとりと濡れた髪の毛を軽く手で梳きながら次の一手を思案する。少し前のめりになっているせいで大きな谷間が雅也の視界を圧迫しているが彼の脳みその中は次の手でいっぱいになっている。


「お前の所はともかくそんな定番は存在しないよ、少なくとも僕の周りでは……はい王手」


 盤上は雅也の方が圧倒的に優勢だった。駒の動かし方程度しか覚えていない彩夢でもそのことは理解できる。だがまあ彼女にとってはそんなことはどうでもいいことなのである。


「これでかわしてますよね」


「ああ、一応かわしてるよ。すぐに追撃するけど」


「ふーん……こんなに手が繋がるもんなんですね……小学校の頃は王手をかわしたらこっちのターンでしたんでしたが」


「小学生と一緒にすんなよ。僕はもうすぐ大学生だぞ、肉体年齢だけで言ったら19歳だ」


「私もです。といっても多分誕生日過ぎたろうなってことしかわかりませんけど、正の字でも書き続けていれば良かったですね」


「時間もわかんないのに無茶だろ。時計ってもんが何一つ機能しないんだぞ」


「それもそうですね」


(うーん……やっぱり練度の差が明らかすぎますね。漫画では神の一手がそろそろ舞い降りることだと思うんですけどまあ神どころか紙の一手さえ思いつきませんけど)


「うふふふ」


「ん?どうした?」


「いえ、楽しいなって。久しぶりですよ、ここまで一方的にボコボコのけちょんけちょんのなすんなすんにされるのは」


(なすんなすんってなんだ?)


「負けるのが楽しいって変態か?」


「変態ですよ。そのことはもうとっくに承知いただいているとばかり思っていたのですが」


「訂正しよう、マゾの気まである変態だとは思ってなかったよ」


「うふふ。にいにいとねえねえからタップリと仕込まれましたからね。それはそれとして雅也さん、この腕前は一体どういうことですか?将棋部か何かに所属を?」


 雅也は小さく首を横に振った。


「いいや。中学校の時、とある女の子に一回も勝てなくってね。それがムカついてムカついて悔しかったから次にあった時に絶対にリベンジしてやろうって思ったんだよ」


「へえ、その方とは今も懇意に?」


「いや、その子は中学校の卒業とともにどっかに引っ越してね、それ以来一回もあってないんだよ」


「そうですか……ふふふ、中学校の時からずっと負けを引きずっているなんて結構いじらしい所あるんですね」


「うっさい、僕は負けず嫌いなんだよ」


「知ってますよ。だから雅也さんは豚になったし、私がスパイクするのに文句ひとつ言わずにトスを上げ続けてくれた。そういう所大好きですよ」


 ニッコリと邪気も下心も一切ない笑みを見せた、雅也も軽く笑う。


「そりゃどうも。が、まあそれはそれとして」


 銀を王の前に置いた。


「これで詰みね」


 彩夢はフッと笑って頭を下げた。


「修業しておきます。今度はこっちがなすんなすんにするので覚悟しておいてくださいね」


「ああ、楽しみにしてるよ」





(主になすんなすんが何かを知れることをね) 


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