第6話 人を愛したい、欲情したい でも難しい
「人を愛するって難しいですね」
雅也のことを好きになろうとしてはや1週間、彩夢は哲学的中二病を発症してしまった男子のような発言をした上に大きな溜息を吐いていた。
もともと雅也のことは好きなのだ、だが一旦親愛や友愛が大きくなってしまうとそれを恋愛感情に意図的にシフトさせるのは一気に困難になる。特に今まで恋愛感情を持ったことのない彩夢にとっては至難の技になってしまうのだ。
「例えるなら鉄くずや棒切れを金銀ダイヤにするような、まるで錬金術です」
ほんの僅かに心が折れかかっていると気づいた彩夢は頬を軽くひっぱたいて活を入れる。
「駄目です!!人間は不可能なことを可能にしながら歴史を刻んできた、私だってかりにも人類の一員ならこんなに早々と弱音を吐くわけにはいきません」
やたらと壮大なスケールでの気合の入れ方をしたが一応今残っている唯一の女、人類を背負ってしまうのも致し方ないであろう。
だがそれからいくら考えても自分自身の意志で恋愛感情を湧き出させることは難しかった。そこでいつだったか読んだ漫画のワンフレーズを思い出す。
(愛を作るのは時間でも関係性でもない、愛を作るのは身体と魂だ!!!リムの名言です。この通りだったとしたら私が今すべきことは!!!)
胡坐をかきながら一人ぼんやりと空を眺めていた雅也を見つけた彩夢は軽く一礼をした。
「失礼します」
そして胡坐の中に自分の尻を滑り込ませる。すっぽりと入った瞬間甘くてモチモチとした感覚が雅也の足に走り出す。
(また妙なことし始めたよこの子)
まるで椅子にでも座ったかのように背中を雅也の胸板に預けた。長い黒髪が雅也の鼻をくすぐり甘い匂いが鼻孔を貫いた。それに気が付いた彩夢はくるりと回転をして向き合う。その気になれば簡単にキスくらいならできる距離だ。
そして艶めく唇を動かした。
「失礼しました」
「現在進行形で失礼してると思うのは僕だけかな?まあいいや、なんでこんなことしてんの?」
「なんでと言われれば」
喉どころか舌先ギリギリまで「身体と身体をベタベタさせたら愛の感情が生まれるらしいので」というセリフが伝わっていったのだが本当に限界ギリギリのところで踏みとどまった。
(危ない危ない、好きになろうとしてるからですなんて言ったらギクシャクしちゃいそうですからね)
心の中で口に指先を当てた後美しく微笑んだ。
「そう言う気分になったからですね」
「そっか」
そう言う気分になったと言われたらもうそこで終了である。無論雅也はどうしてそんな気分になったんだよと呆れ顔で尋ねることも出来たのであるが
(相変わらず異次元の思考回路だな)
奇行に慣れすぎていた。彼は、奇行に慣れすぎてしまっていたのだ。さながら毎日コーヒーを飲むがごとくの習慣に近いものになってしまっていたのだ。
すりすりと胸板に頬をこすりつける彩夢に不思議を感じないわけではないのだがまあそう言う気分なのだろうとそれ以上思考を前に進めることをしなかった。
まあ仮に真っ当に思考を進めたとしても彩夢の本心を掴むことは出来なかったであろうが。
(うーん……よくカップルの女性がこう言うことを蕩けた顔でしてるからやってみたんですけど……別にどうってことありませんね。てっきりドーパミンとか女性ホルモンがダムの決壊のような勢いで出るのだとばかり思ってたのに残念です)
こんなことを想像だけで理解できる人間が果たしてこの世に存在するであろうか。
もっとも
(うーん、偶に彩夢の胸も当たってるのにそれでも全然下半身に刺激が来ない……僕って才能ないのかな。ああ、下卑た快楽に浸かってみたい。いや、でも人間としての尊厳は捨てたくないな……ああ、性欲をしっかり自分の意志でコントロールするって面倒で難しいね。下半身だけで生きてる人間ってどんな風に生きてんだろう、話聞いとけばよかったよ)
こいつの思考は思考で理解できないであろうが。
好きになろうとして一週間、二人の苦悩はまだ始まったばかりだ。
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