第7話 挟まりました

 明るい日差しに目を細めながら彩夢は唸っていた。


「ううーん……どうすればいいんでしょうか」


「何が?」


 雅也は疲弊しきった顔で口を動かした。瞬間的に津波のような疲れが襲ってきたせいである。


「いえ、これは困ったことになったと思いまして……まさかこんなことになるとは……全くもう、ここまでくると笑えてきますね。アハハハハです」


「こんな状況でも余裕綽々なお前のメンタルはほんと恐ろしいよな」


「褒めていただきありがとうございます……それでは雅也さん」


 彩夢は穴に挟まってしまったままおっとりとした声で話した。


「助けてください。他に頼れる人いないんですよ」


 彩夢が挟まっている穴は公園にあるタイヤである。童心に戻ってブランコで風を切ったり鉄棒でクルクルと回ったり色々した後にテンション上がってしまった彩夢が突入していったのである。


「いくらお前の身体が細いって言ったって限度があるだろ限度が」


「いえ、胸が通った時によっしゃ行ける!!!って思ったんですけどまさかお尻が挟まってしまうとは。油断大敵ですね」


(弾力のある胸ですら苦労してただろうが。なんで無理やり行ったんだよ)


 雅也は動けなくなった彩夢の前にしゃがんでこれ見よがしに溜息を吐いた。


「僕たちもうすぐ二十歳なんだぞ、少しは慎みを持てよ」


「慎みは持ってます……ですが、あふれ出るパッションを抑えるなんて私はしたくないんですよ!!!せっかく人目を気にせずあれやこれやが出来る状況になったんですからガンガン行こうぜです!!!」


「それでガンガンいけなくなってんだから笑いもんだよな」


「アハハ、やっぱり回復呪文や補助魔法も使った方が良いですよね。魔王相手の最終決戦ならともかく城にいる雑魚モンスターにも最強魔法使いまくってたらMP切れてにっちもさっちもいかなくなっちゃいますからね」


(このゲームオタクめ)


「お前は薬草だけ持って魔王城に行った方が良いな……うん、縛りプレイして慎重さを身につけろ」


「まあそんなことはともかく雅也さん、グイっと行って下さいグイっと」


 できうる限り腰を上げて隙間を作ろうとする。そして腕を伸ばした。


「はぁ、じゃあちょっと痛いと思うけど我慢しろよ」


 腕を引っ張ってみるが存外キッチリとはまっているらしくなかなか抜けない。


「いたったたた!!!!!痛いですって!!!!」


「多少は我慢しろよ」


「多少じゃありません!!!とっても痛いです!!!」


「んなこといわれても」


「雅也さん、こんな話を知っていますか?」


 急にシリアスな顔になった彩夢が語りだす。


「とあるところに子供がいました、そしてこの子供さんの母親を名乗る女性が二人いたそうです、しかしDNA鑑定どころか科学という言葉さえもなかった時代、血縁関係を証明する方法はありません。そこでお役人様は二人に命じました」


 ピンっと彩夢の額に雅也の指が当たった。


「両方から腕を綱に見立てて綱引きをします、そんでもって引っこ抜いた方が母親ですってか?それで子供が痛くて泣いた、それを見て離した方が真の母親だと……そんな話か?」


「えへへ、そうなんですよ。有名な話ですもんね、知ってましたか」


「そりゃな」


「さて、それじゃあ私が言いたいこと分かってくれましたよね」


 妙にキリっとしている彩夢に軽くため息を吐く。


「じゃああれか?愛を証明するためには僕は引っ張るのをやめた方が良いんだな……じゃあ分かった、腹減って尻がしぼむのを待つ作戦に切り替えるか」


「ちょちょちょ!!!ジョーダンですよ冗談!!そんなご無体な!!!!」


「分かってるよ……ああ、でも面倒くさいから……ねえ尻を揉んでも良い?」


 雅也は下心があったわけではない、ただギュッと押しつぶせば通れると考えただけだったのだ。


 ただ、彼は彩夢の女のとしての羞恥心なんて考慮してないからこんな提案が出来るのである。


 だがしかし


「ああ、別に全然かまいませんよ。どうぞどうぞ、なんなら顔を押し付けてくださってもOKです。私気にしません」


 こんなことを言う女なのだから考慮する必要なんて無いと考えるのも致し方ないことだ。


(うっわ、めっちゃ柔らかい。マシュマロ?)


 彩夢の尻を触った瞬間、雅也の人生で一度も感じたことがない触感が手のひらを襲った。ほとんど自動的に触覚につながる神経が活性化して彩夢の桃尻を堪能していく。


(くすぐったいですね)


「しっとりすべすべってこんな感じなんだろうな……なるほどずっと触っていたいって気持ち何となく分かるよ」


「それはどうもありがとうございます」


「あ、口に出てたの?」


「はい、しっかりとこの耳で聞いてました。雅也さんならこれからも度々触っていただいても構いませんよ」


 彩夢は自分が微かに興奮していることに気づいていた。気づいていたが、それは本当に微々たるもので散歩した方がよほど威力のある興奮が沸き上がるということも同時に感じ取っていたのだ。


 そして雅也にとっては。


「いや、もう飽きたからいいよ」


 マジでどうでもいいことなのである。覚醒していたはずの触覚はもうぐっすりと眠ってしまっていた。


 心のどこかにどう表現したらいいかもわからない不満を抱えた彩夢であったがギュッと掴まれた尻が押し出され無事タイヤから脱出した後はそんな想いを露ほども出さずに丁寧に礼をしたのだった。


「ありがとうございました」


 だが、見えない所で彩夢はプクっと頬を膨らませていた。 





(ちぇ、です)


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