第4話 二つの真実


「大神先生、ここに居るのか!?」


 真っ白なその空間の辺りをきょろきょろしながら例の暗号の作成者であった大神の姿を必死に探していた。


『この空間に来れたということは記憶が戻ったということですね』


「大神先生!」


 姿は見えないがどこからか懐かしい声が聞えてくる。天音は嬉しくなってその声がどこから聞こえてくるのかを探そうとしていた。


『残念ながら私はその空間にはいません。もっと言うとその空間はあなたしか入れないようにプログラムしたものでこの私の声は全部録音です』


「……プログラム……録音。相変わらず何でもできるなあの先生」


『一応ここで意見を整理しておいてください。この世界に残るのか、残らないのかを選んでください。この世界が正しいのか間違ってるのかは正直人によると思います……。この世界の在り方に少しでも疑問を持ったなら目の前のガラス玉のボタンを押してください』


(確かに……この世界は何でも手に入る。便利で理想的で自由な世界だ。だけど俺を待ってるやつが現実の世界に居るからな。…………必ず戻る、ぜ)


 目の前に現れた野球ボール程度のガラス玉を押すとさらなる音声データが再生された。


『……分かりました。時間が無いので詳しい説明は省きます。まず、あなたが今いる世界はとあるゲームの中です』


「ゲーム? そんなの記憶にねーぞ?」


『Angel Angle Online 通称AAOというVRMMO、組織が試作品として町に裏のルートでばらまいたゲームです。その問題点は既にあなたが身をもって体験した記憶障害。現実と全く姿でログインしたのち、現実世界の記憶は無くなり、ログアウトできなくなる』


「じゃあこの世界にいる人たちはみんな記憶を……」


『……私は組織のある施設にほぼ監禁状態にあり、目を盗んでゲーム内にこの小さな空間とこの音声を残すことしかできませんでした。このゲームは中からでは何もできない。なので必ずログアウトしてください!』


「………………」


『再度ガラス玉にあるボタンを押してください。いいですか? 妙な考えは起こさないでください。この空間は出口の無い閉鎖空間です。選択肢はログアウトだけです』


 そう言った後に大神の音声はもう流れない。

 そのガラス玉を残して先ほどの真っ白で静寂な空間に戻った。



「大神先生……自分がそんな中こんな次元が違うとこまで俺を助けに来てもらって……。悪いが……まだログアウトはしないぜ」


 ガラス玉を手に持ってこちらの声が聞こえていないことを知りながらも語りかける。


「記憶が戻って今の話を聞いたことで一つ確認したいことができた。このAAOの世界は噓、俺が居た現実世界が真実。確かにそうかもしれないし、俺が今戻ればログインしている人達をすぐに助けられるかもしれない。だけど一つの矛盾にさっき出会っちまったんだ。


 現実世界でいくつもの事件を一緒に解決してきた白い髪の高校性、潤羽水と数時間だけをこのAAOで一緒に過ごした黒い髪で幼い潤羽水を頭の中に浮かべた。


「あいつは多分AAOで生まれ育ったの潤羽水だ。記憶を無くしてログインしてる俺の相棒じゃない。好物がの同じ潤羽水なんだ」


 天音はそのガラス玉を思い切り床に叩きつけて割った。パリン!という音が響くとともに真っ白な空間が解け始めて元にあった教室が姿を現した。



「俺は現実あっちの世界もAAOこっちの世界もどっちも真実だと思ってる。だからあいつともう一度話をするためにもう少しこっちにいる。今度は駄菓子屋じゃない、駄菓子屋探偵として……探偵の相棒としてじゃなくて、偶然出会った友達として……!!」







 AAO内、駄菓子屋――


 天音純あまねじゅんは美咲町を守る探偵である。これまでに美咲町で起きた様々な難事件を解いてきた。ちなみに最近はAAOというゲーム内の美咲町でも駄菓子屋から駄菓子屋探偵にジョブチェンジして探偵を始めたらしい。当面の目標はAAO内に居るもう一人の潤羽水に会うこと。そしていつか必ずログアウトしてまた……。







「このきな粉棒をあいつに食わしてやるって約束もしたもんなぁ……」


 新たなる場所?でまた天音純は駄菓子屋探偵としてこの壮大な事件に立ち向かっていく。



 真実でないものが全て噓や悪だとは限らないだろう。一つの真実の反対はいつだって別の真実だ――

 

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