一章:駄菓子屋登場

第1話 幸せの見え方


 天音が経営している駄菓子屋は美咲町という自然に囲まれた田舎にある。田舎とはいっても人口のほとんどが若者で活気に満ち溢れている。そしてこの町の犯罪と呼ばれる類の件数は過去のデータを見てもゼロである。


 仕事ジョブはあるものの経済というシステムはほとんど無いといっても過言ではない。つまり、無理に働かなくても楽に生きていけるということだ。欲しいものはこの世界を管理している機関に頼めばすぐに手に入る。


 通貨はあるが稼ぐ必要も払う必要もない。学校や会社はあるが行かなくても良い。病院や警察、その他諸々の役職も同様に有っても無くても関係ない。やりたければやれ、所属したければ所属しろ。そんな世界である。


「そういえば、俺って何で駄菓子屋やってるんだろう……」


 天音は駄菓子の品出しの手を休めて椅子に腰かけた。すると一人のお客さんがドアを引いてやって来た。


「こんにちは~」

「いらっしゃい、ってあれ? おばちゃんさっき来たばっかじゃない?」

「ちょっと買い忘れたものがあってねぇ。のど飴あるかい?」

「はいこれね、おまけしとくよ。おばちゃん、ここまで引き返すの大変だったろ~? アレに頼めば良かったのに、」

「………………」


 そのおばあさんは少し黙って考えていた。何か真実を言いたいけどその真実そのものすら分からない、だけど言葉にして何かを伝えたい。今の生活に何か疑問があるかもしれない。そんなことだろうと天音は直観的に思っていた。


「……実はあたしも天音ちゃんとは少し違うけど変わった夢を見るんだよ」

「えっ?」

「今は一人で暮らしてるんだけどね。夢の中では家族がいるんだよ。子供がいて、孫も居て……今の家で一緒に喋って暮らしてたんだよ!」

「家族欲しいんですか? こんなこと言うのもあれですが機関に頼めば叶いますよ」 

「……そうなんだけどね。あの夢と現実だとまるで違うんだよ」

「何が違うんですか?」

「夢に出てくるあたしの方がたくさん笑ってたんだよ……」

「それは夢っすからね~。でもこの世界よりも暮らしやすい世界なんて俺は考えられないなぁ」


 おばあちゃんはそれを聞いた途端に天音の肩を両手でがっしりと掴み酷く驚いた顔で小さく囁いた。そして足早に駄菓子屋を去って行ってしまった。


(どういうことだったんだ……?)


「数え切れないほど不平等なことがあって、必死になって頑張らないと生きていけない今の社会よりもずっとずっと残酷な世界……」


 話の内容が真逆、矛盾していること、その前のたくさん笑ってたって話は噓だったのかと、いろいろと考えたが結局よく分からなかった。




「ん? おばちゃん、買った飴忘れてる!!」



 天音は急いで玄関から飛び出してあたりを見まわしたがもうすでにいなく、飴袋を手にそのまま走った。


「しゃあねえ~。届けてやるのも駄菓子屋の仕事だわな!」


 五分足らずでおばあちゃんが住んでいる家にたどり着いた。


 目の前でカラスの群れが奇声をあげながら一斉に飛び立つ――


 そこには大きな豪邸が立ちそうな空き地が天音の目の前に広がった。握りしめていた飴袋を地面に落としてぽつりと囁いた。








「………………ぁれ。俺。何してるんだっけ………………」

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