幕間➂ 女子会➁
水がそれからだいぶ遅れて人形屋に着いたところで雫は改めてコーヒーを入れようと奥に入った。
「水、遅かったじゃないか?」
「燈火が早いんだよ!」
「先生はどーだったの? 大神黒斗先生は」
水はフッと真剣な表情を作って燈火の前のコタツに座った。
「……今日も来なかったよ。学校では休職扱いになってる」
「やっぱりか……。多分もう彼はこれまでみたいに気安く私たちの前に顔を出さないかもな」
「何でよ! まさか大神先生が裏切ったって思ってるの? それはないよ、燈火。だって、前の花見町の時なんか先生が居なかったら私はここに居なかったの!」
「それは分かってる。今回も雫から聞いた話だが大神黒斗が裏で助けてくれたそうだ。だけど忘れちゃだめだ、彼はスパイという者。スパイの意味、分かる?」
「だから、スパイだから……。スパイだから組織の情報をこっちに流しつつ私たちに協力を……!」
「いいかい、水。スパイっていうのは見る方向で立場が逆転するんだよ。私たちから見たら彼は組織に潜入しながら協力してくれる存在、だけど組織から見たら彼は私たちの日常に潜伏して組織に貢献する存在。彼の過去を少し聞いたから言えるけどね、一度裏切ったものはこの先何度も裏切る」
「…………」
燈火の言ってることは公安時代の経験論からくるもので決して間違ってはいないと思いながらもやっぱりどこかで水はそれを否定したいと静かに思っていた。
「ほらっ、な~に終わっちゃった暗い話してるの? 二人とも! 女子会。やろうって言ったろ~?」
「ごめん、雫。そうだね……! もっと明るい話しないとね!」
「明るい話? そういえば水ってあんまり明るい話しないよねー」
「え、そうだっけ?」
「いつも難しい話してるよ? 特に深夜とか」
「なに、なに~それ! ボクにも聞かせて」
雫が燈火の隣りに座ってその話にくいついた。
「ね! 話してよ水」
「……う、うん。あの塾に体験で通ってた時の夜遅くに話したやつかな……」
ちょっと前の深夜――
「今日も塾長かったな、水」
「待ってなくて寝ていいって言ったのに、燈火」
「一応純から君のこととこの店を頼まれてるからな! 多分」
「いや多分じゃん! まああいつはそういうこと言うかもしれないけども……」
「ま、退院して戻ってくるまでは……ね。ここが私の居場所なの」
「燈火はさ、居場所って……何だと思う?」
「へぇ? どうした急に? 勉強のし過ぎで一周回っちゃっておかしくなったの?」
「いいから! 燈火にこそ、聞きたいと思ってたの」
「ふぅ~ん、ま。深夜ならではの悩みってやつかな。大神黒斗にも聞いたの? 彼なら濃い答えが返ってくるだろうに」
「居場所は無いって言ってたよ。居場所を作ったら自分の目的にはとどかないってさ」
「ッフ、彼らしいね。目的のためにいろんな役職を演じてきた彼はその答えがベストだろうね」
「じゃあ燈火は?」
「私はそうだな。彼と同じく居場所は無かった。けど、その意味は真逆だね。公安という組織とそこに属する少ない人間しか知らない世界にこれまで居たから……」
「そっかぁ……」
「ごめんね、でもこればかりは君の周りは変な奴ばかりなのが悪いんだぞ」
「ははっ、確かに」
「普通の人ならきっと家族~とか学校の友達~とか答えるんじゃない?」
「えっ?」
「え」
「居場所ってそういうことなの?」
「そういうことって?」
「だから居場所って場所じゃないの? 実家~とか学校~とかさ」
「?」
「何よ」
「類は友を呼ぶって話だっけ?」
「どうゆーことよ! 私は変な人じゃないし!」
「冗談だよ、冗談。君らと出会ってからまだ一か月も経ってないのに私はここを自分の居場所だって思ってるよ? だから場所は関係無いんじゃないの?」
「居場所と場所は違う。……か」
「そ。そうだな。きっと天音純ならこう言うんじゃないかな……人と人との間に生まれるのが居場所……ってね!」
……――――――――――――
「へ~! 人と人との間に生まれるのが居場所……って! キャラに寄らずに良いこと言うじゃん! ねー燈火!」
「いや……そこは何急に哲学的な話をしてんだって水にツッコむとこだろう?」
「……恥ずかしいから止めて……あの時は深夜テンションだったのきっと……」
「いつも深夜テンションみたいなもんだろ、普通の女子高生とは……ね。普通がわからんがな」
「どういうこと……燈火? 喧嘩売ってるもしかして?」
「まあ、まあ。いい話だったよ?」
「雫は? 居場所!」
「ボクは勿論あるよ!!」
「えっ! 何か自信満々! 何何?」
「それは……人と人との間に生まれるのがボクの居場所……かな……!!」
雫は聞かれた時に少し溜めた後、誇張した燈火の真似をかっこつけながら言った。
「そんな感じで言ってないから……!!」
「え~~こんな感じだったような~~、?」
「事実を曲げるな!!」
そこからも彼女たちは彼女たちの日常会話を続けた。それがありふれた女子会とは少し違うということを三人は誰も気付いていない。
寒い冬の夜を押しのける笑い声が小さな人形屋に溢れていた――
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