第38話 空想のような現実

 

 Sクラスは他のクラスよりも一コマ多く授業が入っているようだ。夜の二十二時半。それ以外の生徒はずっと前に帰り、すっかり静かになっていた。

 Sクラスは全部で十五人程度居て、そのほとんどが男子生徒だった。その中に知り合いが誰もいないのか口を開けて世間話をする者は一人もいなかった。そんなピりついた空気を水はすぐに感じ取って奥の端の席で小さくなっていた。


(何……これ。Bクラスと全然雰囲気が違う……)


 時間になり教室に先生と思わしき人物がゆっくりと入ってきた。背中まで届く長い髪を後ろで縛った、女の子で言うところのポニーテールで前髪はオールバックの目が鋭い男がホワイトボードの前に立った。


「発展数学の授業を始める」


 ナイフのように切れ味のある、犯罪に手を染めていそうな怖い男というのが水の中での第一印象であった。その男は一人一人の生徒の目をジッと見て授業を始めた。


(大神先生とはまた違った雰囲気の怖さだなぁ……。てか発展数学って……さっきの授業で十分難関レベルでしょ……)



 授業はもの凄いスピードで進んでいき、終了時間の半分の時点ですらもう何問解いたのかわからない。


(何とかついてけるけどこれもう高校の範囲じゃない? ぁ……!! そうだ! 依頼!)


 水は教室に来てからこの重苦しい空気にすっかりのまれてしまい本当の目的である桜坂みかの調査を今の今まで忘れてしまっていた。教科書で隠しながら彼女の顔写真をチラチラ見ながら教室内に目をまわす。


(居たー!!)


 水とは反対側の一番後ろの席に座って必死にノートを写していた。


 何か違和感を覚えつつも授業は終わり、先生は教室を出ていった。続々の生徒が無言で出ていく中、水はまだ席についていた彼女に話しかけた。


「桜坂さん? ですか」

「はっ! はいぃ」

「君の友達が夜中に家に帰ってないんじゃないのか~って心配してたよ? 今日はこの後帰るだけだよね? もう23時近いし」

「そうか……あなたも大丈夫なんだ。私だけじゃないですよ……遅いの」

「え? どういうこと?」

「今の授業の私とあなた以外の生徒たちは多分まだ帰らないですよ。私はそれを知ったんです……! だから後をつけて」

「もしかしてみんな同じところに行ってるの!?」

「はいぃ」

「……っ! 取り敢えず君、今日はもう絶対帰ってね。いいね?」

「で、でも……」

ここに来たの。だからその場所を教えて! 私が絶対解決するから!」

「旧美咲北小学校です……」


(やっぱりそこが怪しいと思ってたんだよねぇ……)


「ありがとう!」





 水は彼女を家の玄関前まで見送り急いで旧美咲北小学校に向かった。


「うぅ~寒っ。こんな時間に何やってんだ、今時の中学生はっ」


 暗闇の中を走っているとポケットから携帯電話の着信音が聞こえた。


(知らない番号だ)



『……もしもし?』

『水か? 何してる、もう塾はとっくに終わっただろ?』

『なんだ燈火か。それが目的の彼女には会えたんだけど……』


 Sクラスに入った後の話をなるべく素早く燈火に説明した。


『警察は呼んだの?』

『うん、さっき千賀さんに直接頼んどいた』

『あ~純の友達か。じゃあもう水が行く意味はないだろ! 明らかに危険なことは分かるだろう』

『危険だからだよ。私が行かなきゃ』

『行っても何も出来ない。漫画やアニメじゃないんだよ!』


 燈火は前にもこんなことがあったような気がするなどと思いながら事件よりも水の安全を考えた。


『ごめん、あの生徒たちの安全を確かめるまでは細かいこと何も考えられない!』


(正当な考え方をする子だと思っていたけど……ね。純の影響かそれとも……)


『生徒以外に怪しい人が居たら隠れて警察を待つんだよ』

『うん』


 電話を切ると校門前にいつの間にかたどり着いていた。錆びれた鎖のチェーンが門に垂れているだけで簡単に飛び越えて中に入ることができる。

 一番最初に目に入った体育館に駆け寄り、下の小さい横窓から中を覗くと先ほどSクラスで必死に授業を受けていた生徒たちが居た。


(居たっ! 2、4、6、……14人! 校舎から机と椅子を持ってきたのか……? まさかっ勉……強してるっ……!?)


 体育館の中央に机と椅子を並べて誰一人喋らずに勉強している様子を見て明らかにおかしいとすぐに悟った。


(周りに変な人は居ない……生徒だけだ。いったい何が起きてるの……)


 また携帯が鳴り、小声で返事をした。


『水! 急に電話を切るなよ。今どういう状況?』

『体育館にいる。怪しい人は近くにいないよ……生徒たちは黙ってまだ勉強してるみたい』

『まだ中に入っちゃだめだ。曲がり角は慎重に静かに体育館を一周するんだ。生徒以外に誰もいないのは流石に変だよ。あっ! 通話はこのままね!』

『う、うん』


 背を体育館に向けながらスナイパーのように音を立てずに一周したがどこかで見張ってる人物などは居なかった。


『燈火……やっぱり外には誰もいないよ、中も見たけど舞台上も2階もどこにも……』

『……っ! これじゃあまるでにでもかかっているみたいだ』

『きっと自主的にやってるんだよ。中に入って確認してくる!』

『ちょっと待って!』


 水はドアを開けて体育館についに入った。中央に行き、生徒たちに近づくと何やら各々がぼそぼそと独り言を言っていた。


「ジュ、ケン……ゴウ、カク。ジュ、ケン……ゴウ、カク」


 ひたすらノートに『受験合格』の文字を書いている生徒や数学の難問をずっとうなりながら考えている生徒や暗記物をぶつぶつ言いながら覚えてる生徒がそこに居たのだ。共通点があるとすれば全員正気じゃないということだけだ。


「みんなしっかりして!」


 水が一人一人に身体を揺さぶってそう声をかけると生徒たちは目をこすって起ちあがった。


 携帯を動画モードにしてその様子を燈火にも見せた。正気を取り戻していった生徒たちは何事もなかったかのように体育館を出ていった。

 水と燈火はそのような信じられない光景を前に生徒を引き止めることもせずにただ啞然としていた。


『どういうこと……?』

『……………………』





 しばらくして千賀が一人体育館に居た水を見つけて手を振ってこちらに来た。


「どうした! 水ちゃん! ここで何があった!?」


「生徒が……居たんです……14……この机に……。ほら、見てください、勉強した形跡があるでしょこのノート……! 独り言を言いながら目をかっぴらいて必死にさっき勉強してたんですよ!」


「どういうことだ? 落ち着いて話してくれ。その14人の生徒たちはここで何をしていたんだ? ただ勉強したり遊んだりしていたのか? それとも誰かに連れられて来たのか!?」


「すみません、今はうまく言葉にできません……が、です……」


 千賀は混乱していた水を取り敢えず駄菓子屋まで送った。駄菓子屋に着くと燈火も表情を曇らせている様子だった。燈火はとりあえず水にシャワーを浴びるように言った。


「君は? 水ちゃんの友達か?」

「はい……。燈火です」

「燈火ちゃんも……水ちゃんとその、見たのか?」

「はい……。おそらく、殺人事件とか誘拐事件とかそういう系統のものではない気がします。水がどう判断するかはまだ何とも言えないですが、私はこれは幽霊が見えるとか動物とか宇宙人と会話ができるとかだと思います……」

「なんっ……噓だろ……」

「誰がやったのはも分かりませんが、現状これを解決することは警察でも探偵でも不可能だと思います」

「…………そうかっ」




 深夜――

 駄菓子屋にシャワーの音だけが響く静かな時間がしばらくの間流れた――

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