第37話 友達と数学


 水はボソッと相談ごとを燈火に伝えた。


「あの、勉強……教えて……欲しいです」


 一瞬何か聞き間違えたかと耳を疑った燈火。


(そっち系で攻めるんだ。結構正当な考え方なんだね、とんでもない方法を考える天音純とは違って)


 あのロープウェイでの出来事を思い浮かべてフッとにやけた燈火。


「良いよ! それくらいなら大丈夫。私に任せて」

「あ、ありがとう!!」


 次の日の夕方。学校から帰宅した水は早速燈火に塾の小テストの対策を考えてもらった。そこにいきなり燈火は厚めの冊子を水に投げた。中身は基本の定理や公式とともに大量の問題がずらりと並んであった。


「その冊子は後で説明するとして、まず昨日受けたテスト答案見せて」

「……えぇ。……見せなきゃダメなの?」

「どんな問題が出たのかとか、どこを間違えたのかとか答案を見ないと分からないだろう?」

「まあ、うん……」


 小さく折りたたまれた数学の六十六点のテストを広げて渡した。


「塾のテストだから難しい発展問題が多いのは仕方ないとしても異様に白紙が多くないかい君~?」

「だってさ! 分からなかったからしょうがないし!」

「今から言う私の質問に明確な答えは無いんだけれど、水は基本問題と発展問題の違いは何だと思う?」

「えぇと。単純に計算の多さとか?」

「それはそうとして私は解答におけるの多さだと思うんだ」

「段階?」

「例えばこの第一問、次の式を計算しろ。これは分数や少数が入り混じっているがゴールは計算して簡単にしろというシンプルなものだ。問いを見た瞬間に何をすればいいのかすぐわかる」

「あーなるほどね。質問に対してすぐに手が動いて答えが出るものが燈火の言う段階が一つあるってこと?」

「そうゆうことね」


 次に燈火は解答用紙の一番下の白紙でバツになっている問題を指差した。


「じゃあこの最後の水が白紙で出した問題。xy平面上にいくつかの一次関数からできてる複雑な2つの三角形の合同証明問題だね」

「うん、これもう忘れちゃったんだよね。どうやったのか」

「確かに高校に入ったらこうゆう問題はほとんど出なくなるからしょーがない。この問題はさっきの話を踏まえると一つの段階じゃ解けないんだよ」

「いきなり証明は出来ないってことでしょ?」

「そ。最終段階がこの三角形の合同証明だとしたらその前には3つの三角形の合同条件のどれに当てはまるかを考える。さらにその前に角や辺の一致するところなどをいろいろ調べなければならないってこと」

「何段階も踏まえないと答えが出ないってことだね」


 燈火はカップのコーヒーを一口飲んだ後少し話題をそらして伝えたいことをしゃべった。


「そう考えたら数学って学問は探偵に似てるかもね」

「えっ探偵が?」

「数学は今言ったように解答にたどり着くためにはいくつかの段階がある。それを公式や定理などの武器を使って進んでいく。じゃあ探偵は? いきなり犯人を捕まえられる?」


 水はこれまでに天音と解決してきた事件を思い出しながら強く首を横に振った。


「そんな簡単に事件を解決なんてできなかったよ……」

「天才シャーロックホームズだってそうさ。探偵は証拠捜査やアリバイ消去法などの武器を使って誰が犯人なのかという答えにやっとの思いで辿り着く」

「なるほど……ね」

「純の言う発展問題しかない探偵業をこれまでにいくつもこなしてきた水ならきっと大丈夫さ。自信を持って」

「ありがとう。もしかして元気づけてくれたの? こんな熱心に長い話を急にして……」

「……まさか」


 水は忘れていた公式などを頭に入れて燈火に言われた通りに作ってもらった冊子になっている問題集を繰り返し解いた。



『要は知識を集めて使いこなせるようになれってことよ』



(うん、大丈夫。今日こそは必ずSクラスに……)





 夜の二十一時。昨夜と同じ時刻に厚手のコートを羽織った水は集団塾CANにやってきた。


「なんか本当の受験生みたいだなぁ」


 Bクラスでまた数学の授業が始まった。流石に高校生の自分には楽勝だろうという考えはもうどこにもない。小テストが始まる時間まで何度も何度も水は手に入れた武器を磨いていた。


(燈火は1つも発展問題を解くコツなんかは教えてくれなかった。多分コツなんてものはないのだろう。きっと1つ1つ覚えてきた基本をさらに積み上げた先に発展があるのだろう)


 十五分という短いテスト時間。これまでの長い勉強時間の成果がこんなにも短い時間で決まってしまうのかと心の中で思いながら水は先生の始めの合図とともにテスト用紙に目を向けた。


 テスト終了後、少しして昨日と同じクラス振り分けに響く答案返却が始まった。


「Bクラス、潤羽水さん。得点は98点。明日からはSクラスに合流して大丈夫です」

「分かりました。ありがとうございます!」


(コツは教えてくれなかったけど裏技は教えてくれて助かったよ)


 水は駄菓子屋を出る直前に燈火から言われたことを思い出した。


『あぁ、そうそう。覚えた基本から段階を踏んで逆算的に発展問題を解くって言ったけどさ、塾のテストを受けるんだよね? 答えさえあってれば手段はどうでもいいんだよね?』


『なら、高校で習った知識も使えるのならとことん使え。とある単元のテストだとその単元以外の知識を見落してしまう場合が多いらしい。だが知識は知識だ。それが授業から手に入れた知識でもネット上から手に入れた知識でもでも……』



「ありがとう。これで次の段階に進めるみたいだよ」


 

 解答に至るまでの段階の話や基本問題にある知識の積み重ねの先に発展があるって話は確かに納得のいくものだったけれど、高校の知識を使えば案外解けるってことを何で先に言わなかったのだろうと燈火に対して少し疑問に思いつつも何とかSクラスに行けるようになったことを素直に喜んだ。

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