第36話 事件の始まり



小椿哲哉こつばきてつやです。中3です」


 よく見ると応援メッセージが書かれた野球のバットやユニフォームを持っていて髪は坊主ではないが野球部員であることが分かった。どうやら今日は野球部の引退式だったらしい。


「もう受験生だね、それで困ったことは?」

「はい……友達のこと何ですが、その……最近夜に家に帰ってないみたいでして」

「わかったわ、要するにその友達が夜に外で何をしているのか調べればいいってことね?」

「お、お願いします!」


 水は友達の名前と顔を小椿に教えてもらった。さらに毎日、彼は放課後に家の近くの集団塾に通っているということも知った。


桜坂さくらざかみかちゃん、か。そしてこの塾の場所は……旧美咲北小学校の近くね……)


「もう帰ったのかい? その依頼人さんは」

「燈火!」

「何か手伝うことある?」

「そーいえば、何が得意なんだっけ?」

「爆弾でドーンとかかな~」

「…………留守番お願いします」


 燈火に期待した自分がバカだったと思いながら水はとりあえず夜に彼が通っているという塾に行ってみることにした。


 夜の二十一時。外はすっかり暗くなっており少し肌寒い。『集団塾CAN』と大きく書かれた明かりのついたビルが静かな町の中で一つ目立っていた。


(こんな時間までやってるんだ塾って)


 水は入口の横のガラス窓から中を物珍しく覗いていた。中は教室に向かう生徒たちが学校と同じくらいたくさん居てかなり人気な塾であることが伺えた。しばらく見ているとこちらに気づいた事務員らしき人が外に出てきた。


(ヤバい……見つかった!)


「あのう……」

「いやっあの、すみませんっ。ちょっとその、見てただけで!」

「もしかして1週間の体験入塾の方ですか?」


 これは依頼人の友達と会えるチャンスだとニヤリと笑い、ゆっくりと上下に首を振った。


「君は何年生かな? きれいな髪の毛だね」

「ありがとうございます。その……ちゅっ、中学3年生です」

「お! それくらいだと思ったよ。ちょっと中のソファーで座って待っててね」


 案外すんなりと中に入れることに驚いたと同時に自分が中学生だと言っても全く疑われないことに少し苛立ちを感じていた。


(私、本当は高校2年生なのに……)


「お待たせいたしました。体験のほうは今から始まるBクラスでもよろしいでしょうか? 数学の授業です」

「Bクラス?」

「はい、中学3年生はそれぞれの受験のレベルにあった授業をしてもらうべく学力でクラスをわけているんですよ。Bクラスは標準レベルですので安心してください」

「分かりました」

「何か分からないことがありますか?」

「あの……! 桜坂みかちゃんっていますか? 友達なんですけど」

「友達の紹介で来られたのですね。ええと、あ、あった。彼女はSクラスですね」

「なら、私もそこにしてください!」

「すみません。いきなりSクラスの授業体験はその……」

「じゃあどうすればそこに行けるんですか?」

「毎日授業終わりに全クラス共通の小テストがあるんです。それの成績次第では、という感じですね」

「分かりました。じゃあBクラスに案内してください」


 Bクラスに向かう途中でふと今回は簡単なミッションだと水は思った。Sクラスに上がってその友達に塾が終わった後に何をしているのかを聞く。ただそれだけだと。



 九十分の数学の授業終了後――



 返された小テストの採点結果を見て水は驚愕した。


「66点……Bクラスのまま……。Sクラスの人たちは全員90点以上って……!」


(噓でしょ、高校2年生が真剣にやってこの点数って……中学生の問題ってこんなに難しかったっけ。いや、もしかして私の頭が悪いだけ……か?)


 学校さながらのチャイム音が教室内にでかでかと響き渡り、続々と生徒たちが帰ろうとしていた。


(作戦変更! 彼女が帰るところを捕まえる! Sクラスはどこだ!?)


 生徒たちを避けながら顔写真を見つつ塾内を走り回ったが結局その日、彼女を見つけることは出来なかった。

 何の成果も得られないまま駄菓子屋に帰ると依頼人の小椿から残念な内容のメールが届いた。


(今日も彼女は連絡がつかずに家にもいない……か。彼から聞いた情報だとこの時間に連絡がつかずに家にいないのは明らかにおかしい。彼女の家はあの塾からたった5分の距離にあるのに)


 大きなため息をつき、天音がいつも座っていた黒の社長椅子に勢い良く腰かけた。


「純ならもっとうまくこなしてた~とか思っている?」

「燈火! まだ起きてたの?」


 奥からシャワーを浴び終わった燈火が頭をタオルで拭きながら姿を見せた。


「昔の癖でね、睡眠時間はちょっとで大丈夫なんだよ。それより依頼はどんな感じ? その大きなため息から察しはつくけどね」

「うっ……」

「純なら~なんて言って落ち込む前に純がやってきたことをそのままやればいいのに」

「純がやってきたこと?」

「水が一番よく知ってるだろ? 私は出会って日が浅いけど、彼は一人で事件を解決したことって過去にあったの?」

「…………はっ!」

「もう一度聞くよ。何か手伝うことはある?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る