六章(前半):駄菓子屋探偵不在

第35話 駄菓子屋探偵不在


 ロープウェイのゴンドラ爆破事件から丸一日。空はだんだんと赤く染まり始めている。

 大きな事件の記録としてテレビなどのメディアは死者一名、重傷者一名と世間に広めたが実際は異なる。正しい情報は軽症者一名と重傷者一名だ。美咲町のしがない駄菓子屋探偵、天音純は公安から逃げ出してきた一人の女性に偽りの死という護りを授けて今は花見町の病院に入院している。水たちがあの後お見舞いに行ったがまだ彼は目を覚まさない。



 美咲町、駄菓子屋――


「その、どうしたんだ、そんな浮かない顔をして? 純の容体は回復に向かっていると聞く。きっと目を覚ますよ……いや必ず、直ぐに……」


 現在、燈火は駄菓子屋に身を潜めながら駄菓子屋の手伝いをしている。水はそんな燈火に何か寂しげな視線を向けていた。


「これから、燈火さん、その……どうするんですか?」

「とりあえず純が戻るまではここに居候させてもらうよ。もちろん何かあれば協力はする」

「……そう、ですか」

「本当にごめんなさい。あんなことがあって、まだここに居るなんて……もし私がここへ来なかったら純はきっと無事だったはずだ」

「謝らないでください。あいつはそーゆー探偵やつだから……」

「そうだね。いつか必ず恩を返すよ。それと燈火でいい。敬語もやめてくれ。君はもっと言いたいことをはっきり言う性格だと純から聞いているぞ? いちいちこっちが君の顔を伺って話すのは疲れる」

「っな! 居候のくせに! あー言ってやるわ!」


 水は急に態度を変えて声を大きくした。


「え、ど、なんっ!」


 燈火は想像以上に水がぐいぐいときたせいで慌ててしまい言葉が詰まっていた。


「私が何かちょっと怒ってるって思った? そうよ、正解! でもあの事件と純のことじゃない。分かる? 当ててみて?」

「……ええと。居候の件かな?」

「残念、不正解」

「じゃ、じゃあ。あっ! この店の裏の倉庫を私の思うがままの実験場に改造したことだろ!」


 水は燈火の額を指で弾いた。


「イテッ」

「それは初めて知った」

「ホントごめんて……。じゃあ何なの? 水、さてはそんな大きなことじゃないな……」

「その髪の毛どうしたの?」

「あぁ~、この前髪のワンポイントか。子供の時からここは色が落ちていて白だったんだ。多分ストレスかな原因は。で、せっかく純から燈火っていう名前を貰ったからね。赤く染めて名前に合うようにしてみたんだ。似合ってるかな?」


 燈火は嬉しそうに赤く染まったそのワンポイントを水に見せていた。


(確かにショートで似合ってるけど……それは顔がいいから……)


「……似合ってないし! 名前に合わせて赤なんて純が見たらなんか恥ずかしいだろう」

「はっ! 似合ってるし!! 名前に合い過ぎてて嫉妬してるだけなんだろ? じゃあ君は潤羽水なんだから水色にでもすればっ? きっと純喜ぶと思うよ」

「はぁ!? 遠回しに私の白い髪の毛をバカにしてない? それ!」

「人のこと言えないだろ!」


 …………………………


「「はははっ、」」



 二人はそう何度か言い争ってる内にバカらしくなって笑い出した。

 それは天音純が居なくなって初めて、この駄菓子屋が笑い声で満ちあふれた瞬間であった。


 燈火はコーヒーを水に入れて店内をぐるっと見渡して呟いた。


「それにしてもここは本当に駄菓子屋だな。探偵事務所とは誰も思わないだろう」

「不器用なのに両方全力でやってるのよ」


 ふと足元に置いてあった段ボール箱を見つけるとこれは何だと尋ねた。


「それは前の家で採れた柿と商店街の野菜と古着とか。ほとんどが生活用品とか食べ物ね、よくいろんな人から貰うのよ純」


 中に入っている物を一個ずつ手に取りながら感心していた。


「なるほどね、この町のみんなに慕われてるのがよくわかるよ」

「依頼を無料で受けて無駄に駄菓子を配っても生活がギリギリ出来てるのはこれのおかげねホント」

「私の時もそうだったね……。でも彼はそうは思ってないんじゃないか?」

「どういうこと?」

「逆ってことさ。美咲町のみんなを信頼してるから、本心でただただ事件を無くしたいからこそ無料で依頼を受けて、おまけに少しでも笑顔になってほしいから駄菓子を配ってるんじゃないか?」

「そうだね、そんなようなこと前に言ってたよ」



 ガラ、ガラ、ガラ――



 店の入口の扉がゆっくりと横に開く。表情で駄菓子屋か探偵のどちらのお客さんなのかが分かる。


 水は椅子の下に潜んでいた燈火に奥に行くように言った。


 ドアの前には中学の制服を着た男の子が立っていた。


「こっちに座って?」


(純が居なくても時間が止まったわけじゃない……私がしっかりしないと)


 ここまでの経路を示した簡単な手描きの地図を握りしめていたその少年はここに初めて来た人が必ず言うといっても過言ではないセリフを口に出した。


「ここへ行けば困ったことを解決してくれると知り合いの方から聞いたんですが……その……」

「でも駄菓子屋じゃないかって思ってるでしょ? 大丈夫、ここは駄菓子屋探偵。まずは君の名前と困ったことを話してくれるかな?」


 ここは、美咲町の駄菓子屋探偵事務所。たとえ駄菓子屋探偵の天音純が不在であっても、依頼を断ることは絶対にない。

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