第34話 奇跡

 燈火は足を引きずりながらやっとの思いでゴンドラを降りて誰もいないであろう展望台に倒れ込んだ。ふもとの方からたくさんのサイレンの音が聞こえていた。


 カチャ――


「公安の隠し子というのはあなたですね?」


 銃を向け待ち構えていたのは燈火とは初対面である大神黒斗だった。


「違う……」

「公安から逃げ出したというのは組織からの情報で把握していました。そしてこのゴンドラの爆発を利用して死のうとしていたことも。ですが。まさか、最後に駄菓子屋に立ち寄るとは思いませんでしたよ」


 足の止血は済んでおらずに逃げようにも逃げられない。助けも来ない。地を這ってでも大神から逃げようとした瞬間にポケットから赤い手帳が落ちてしまった。


「あっ……」

「ん? これは……」


 落とした手帳は大神に拾われてしまった。


(これは……)


「公安が何でこの手帳を持ってる? これは……だ」

「昔に貰ったのよ……その人に……」

「!」

「私の場合……さっきまでずっと白紙だったけどね」

「これを見てください」


 大神はスーツの内ポケットから燈火の持っていた赤い手帳と同じものを取り出してパラパラとページを開いて見せた。


「俺も、その赤い手帳を昔に蘭から貰った。あなたと一緒で、白紙でよれよれですが」


 大神は銃をしまい、燈火の止血をしながら自分と赤沢蘭との関係を教えた。


「へえ、組織犯罪対策特殊課……。やっぱりKARASUを追っていたんだ」

「気づいた時には仲間の行方はわからなくなり無くなりましたがね」

「5年前、公安の特殊課に配属されてすぐの頃。私は彼とは少し話しただけの関係」

「そうか……蘭は機動隊の経験が長かったからか。処理はともかく解除の知識もあったのか。何を彼から教わった?」

「いや、何も……」




 ◇




 5年前――



『こちら赤沢蘭っ! 一番に現場に到着しました!』

『隊を乱すな! このバカ! いいか? 避難誘導の後、そこでお前は絶対待機だ』

『へ~い』


 赤沢は警察官になった後、柔道・剣道、射撃の技術、逮捕術などをの才があったため機動隊に採用された。そして警察の爆発物処理班としてたくさんの事件を遭遇してきた中、燈火に出会うことになった。


「機動隊員の赤沢蘭です! 周辺に爆発物がある可能性があるので避難してください!」

「……はい。分かりました」


 赤沢は平然と爆発物を手にしているその若い女性を見てひどく驚いた。


「っそれは! 置いて早く離れろ!」

「はい」


(ん? ……この痕っ、解除してある……のか?)


「ちょい待て! これはっどーやった?」

「……」


(中学生か? 若い……)


「まさか警察官か?」

「違う」


 赤沢はその女性がさっきからずっと腕を後ろで組んでいることに気づいて腕を少し強引に掴んだ。


「これは……! 傷だらけじゃないか!」

「なんでもない」

「体罰か? いや、何の傷だこれ……」

「言えない」




「機動隊の仲間がもう来る……。もう行くならこれを渡しとくよ」

「手帳?」

「勘違いしてたらすまん! ……辛い人生を歩んでる人ほど自分で自分を追い込む傾向がある。この手帳に大切だと思ったことを書いていけ。いつかきっと、その大切なものと一緒に苦しみを理解して背負ってくれる人に出会える。生きていれば……必ずな」

「生きていれば? じゃあ爆弾がもし目の前で爆発したらどうするの?」

「危険から何かを守ろうと覚悟した時、人は奇跡を起こすってもんだろ? 人間そう簡単には死なねーよ。もちろん君もな!」

「――!!」


(赤沢蘭。変な人……もし今と違う人生だったらこんな明るい人と平和に……)




 ◇




「あの頃は規則で公安であることは隠していたからね」


(その反動じゃないけど、死ぬと分かってから純には決まりを破ってベラベラといろんなことをじゃべっちゃったけどね……)


「蘭はいろいろ聞かずに察して考える癖があった。もしかしたらバレていたかもしれないですね」


(そういえば組織犯罪対策特殊課に加わったのは……変に察して俺を心配していたのが理由の半分だったな……)


「……まさか? おそらく体罰を受けてる中学生とでも思ったんでしょう」

「そうかもしれないですね」


 大神は怪我の処置をして燈火を車まで運んだ。



「君を追うのは止める。もう帰る場所は見つかったんだろう? 何処へ送ればいい?」

「駄菓子屋……」

「了解」

「君は? その……。どうして……」

「蘭を裏切ってKARASUに何故所属したのかって?」

「……」

「探偵にでも相談したら教えてくれるかもしれないですよ?」

「でも……」

「蘭が言ってたじゃないですか、奇跡を起こすって」

「……そうだね!」





『マシュマロ、今日の旅で一番の思い出の食べ物。押し潰されても元の形に戻る。

燈火。読み方はとうか。私の名前。大切な人から貰ったプレゼント。』



「やっと……書けたよ……蘭」





 駄菓子屋に帰ると水が待ち構えており、天音は重症でまだ目を覚まさないが生きているということを聞いた。千賀がいち早く水に連絡をくれたようだ。水は燈火に対してホッとした表情と怒ったような表情の両方を見せて二人とも心配したんだから……と静かにささやいた。事件を起こし、既に捕まっている犯人はおそらく重い処分が下されるだろう。


 こうして今回起きたゴンドラ爆破事件はと記録され幕を閉じた。


 

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