第32話 依頼


「あの探偵、暗号にあった観光地6箇所全部を最後に鏡の温泉が来るように最短距離でまわったな。ロープウェイが一番近い鏡の温泉に……」



 ◇



 天音はテンと別れて二時間、まだ爆弾を見つけることができずにいた。ロープウェイは標高差八百メートルと比較的長い。入口は美咲町の北側のふもとにあり、大きなかがみダムを越えて先程まで居た鏡の温泉の近くにゴールがある。


『千賀、そっちは見つかったか?』

『全然見つからん! 本当にここなのか疑うぞ』


 千賀は他の警察や爆発物処理班とふもとのロープウェイ入口を捜索、天音は管理人たちと一緒に頂上の出口というように分担して爆弾の捜索をしていた。


 タイムリミットはあと三十分――


「天音さーん。ゴンドラを下に送ります! もう離れましょう!」

「わりい! 先に行っててくれ、俺はギリギリまで……」


 天音は鏡の温泉でテンに隠れて電話してたのはロープウェイの管理局だった。千賀を通して余裕をもって閉鎖することができた。


『千賀! 時間に気をつけろよ! 最悪諦めて避難優先だぞ!』

『そんなことは最初から分かってる!』


(くそ……見つからない……! まさかここじゃない……?)


「純は切れ者なのかバカなのか分からないね。警察も処理班もいるというのに」

「テン! 何でここに!」


 突然現れたテンに天音は足をくずした。


「バイク、置いてったよね? それで来た」

「そーじゃなくて!」

「何度も言わせるな、私は公安警察だ。あれくらいのクイズ……爆弾解除より簡単」


 天音はテンのその言葉でやはりこのロープウェイに爆弾があるのだと確信した。


「でも見つからないんだ! 爆弾が! どこにも!」

「解いたんだろ? ロープウェイだって。もうロープウェイを探したの?」

「ああ、千賀たちと入場口やここの出口や展望台もその周辺も全部探した!」

「おかしいね……。よっとっ、ロープウェイと言ったら私ならまずはじめにここを探すよ」


 テンはドアが閉ろうとしていたゴンドラに飛び込んだ。


「ゴンドラ! ヤバいドアが!」


 天音はテンのみを乗せたゴンドラに走ってしがみつき、窓から中に入ることができた。


「探偵ってのは警察より無茶をする人のことを言うの?」

「ハァ、ハァ、死ぬかと思ったぁ……」

「バカね。わざわざ乗ってくるなんて。本当に死ぬかもしれないのに……」

「……っ!! それ爆弾か?」


 ゴンドラ内の進行方向にある窓の下に動画で見たものと同じ黒い爆弾が設置してあった。テンが既にその爆弾をじっと調べていた。


「残念だったね、君はこの爆弾を下のダムに投げるつもりだったらしいけどコレはゴンドラから取り外せないみたいだ」

「……じゃあ、前に言ってたあの爆弾の種類は? 解除は……?」

「規模がでかい方のは解除できたけどもう一つのは解除できない。ほら、新しいカウントダウンが始まってる。私がコレ作ったから間違いないよ」

「作った!?」

「…………」


 そこに表示されていた時間は五分を切ってスタートしていた。


「……最悪、純はその窓からダムに飛び込めば助かるかもしれない。このロープウェイの到着時間は約6分ちょい。このままだと死ぬよ?」

「……なに言ってんだよ」

「だからこのダムに飛び込まないと生存確率が0になるって言って、」

「テンはどうすんだよ! 飛び込むのか!?」

「私は……全部最初から知ってたんだ」

「!?」

「この事件を耳にした時、思いついたんだ。この爆弾で死のうって。君の店に立ち寄ったのは一つ心残りがあったから……。でももういいんだ、巻き込んでしまってすまない……だから君だけでも生存確率を上げてくれ」

「……なんで……そんなこと。そんなになるまでに何があったんだよ!」

「生まれた時に既に私は何も無かった。家族も、名前も、今日と同じ爆弾の事件のせいで。そこから私は公安に育てられた。爆弾やセキュリティ解除専門として知識や技術を永遠に学んでいった。そして五年前、特殊課という同じ爆弾解除専門が集まるチームを組まされた。1~10の番号で私達は呼ばれた。そこで初めて私の名前が付けられたんだ」

「仲間がいたのか」

「どちらかというと予備スペアだよ。1が死んだら2が。2が死んだら3がって感じ」

「……それが公安のトップシークレット」

「そして1~9は死んだ。殉職? 名誉の死? 英雄? 私には皮肉にしか聞こえない。彼らは私とは違って家族も友達も愛人も居た……。なのに……。あそこに居たら心がいくつあっても足りない……」

「それで疲れたから死ぬのか?」

「特殊課は平和のための存在意義だと思ってこれまで我慢してたけど、まさかこんなことに爆弾を使われてたなんてね……。まあ、疲れたからってのが一番大きい理由かも。あなたを巻き込んでしまったのは本当に計算外だった……」

「改めて自己紹介するぜ。俺はどんな事件も解決する駄菓子屋探偵だ。?」

「はっ? 何言ってるの?」





……………………………………………………




 その後、爆弾を乗せたゴンドラは走行中に爆発した。大きな音がダムの水に響き渡り、黒い煙が天を舞う。ゴンドラはかろうじてふもとの入口へと動いているが半分以上が壊れ崩れていた。焼け焦げた匂いが音より遅れてやって来た。


 しばらくして千賀と爆発物処理班がゴンドラの中を確認しに来た。


「千賀さん誰か人が乗ってます!」

「純!!」


 中ではが背中から血を流して倒れこんでいた。千賀の言葉に反応せず意識がもうろうとしていた。半壊していたゴンドラの床には血が広がっていた。


「おい純! このゴンドラの床の血! 全部お前のか!?」

「……公安……の、女性の血だ……」


 天音はそう言い残してまた倒れてしまった。



 ◇



『ボスですか? No.10は死んだ可能性が高いです』

『遺体は?』

『遺体は見つからなかったのですがゴンドラの壊れ具合からダムに落ちた可能性が高いです。そしてゴンドラから採取した血が彼女のものと一致しました。念の為ダムを捜索しますか?』

『いや、いい。もう彼女が生きる希望を失っていたのは知っていた。ここで生き延びてもまたすぐに自殺を考えるだろう。使い物にならないゴミは私の特殊課には要らん』

『了解』




 ◇




 爆破されたゴンドラが下に着いたと同時に横のゴンドラが頂上に向けて出発した。上に向かったゴンドラの存在もそこにテンが乗っていたことも誰も確認していない。






(…………死なないで)

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