第29話 切札



「とりあえず顔引っ叩いて起きて風呂に入れ、ホントに風邪ひくぞ」

「う……ん」

「そーいや聞き忘れてたけど、名前は? 他にも後でいろいろ聞きたいことがあるんだ」

「……10」

「テン?? それが名前か。苗字は?」

「……名前は……無いんだ」

「名前が無い?」

「もしかして……これって記憶喪失なんじゃないの? 純、」

「……そういうなの」

「組織!? お前まさかっ!! 水っ、こいつはKARASUのメンバーかもしれねぇぞ……」

「噓っ! やっぱり……あの時……」


 水は一度駄菓子屋に大神黒斗に変装した怪盗ストレリチアが来たことを思い出していた。


(名前が無い? コスモスやストレリチア、ロベリアのようなコードネームが無いってことか? 組織の幹部ではないのか……)


「…………組織じゃない」

「じゃあ何故KARASUという組織の存在を知ってる……? あんたの目的はなんだ」

「名前が無いのは本当……。組織っていうのは……公安の中でもトップシークレットの特殊課、切札ジョーカーだよ……」

「公安っ!? まじかっ」

「…………。私の呼び方は何でもいい……。ここへ来た理由は後で話す。私にはもう時間がない……から……。水さん……お風呂ありがと」


 天音たちはたくさんの衝撃の内容を同時に聞かされ、啞然としていた。呆然と立ち尽くしていた天音と水の間をテンは通り抜けてお風呂に向かっていった。



「―――っ!! 絶っ対、あやしい! 名前が無い? 公安? 全然信じられない!」

「……確かに変なやつだとは思ってたが、ここまで設定モリモリだったとはな」

「……って、もうこんな時間! 今日、課題多いんだった! ……でも」

「こっちは多分大丈夫だ。明日も朝早いんだろ? この件は千賀にでも相談するよ。ありがとな」



 ザー、ガラガラガラ!!



 水が帰って一息つこうと思った瞬間、またしても駄菓子屋の扉が開いた。今度は大勢のスーツ姿の男たちが傘をしまって天音の方へ寄った来た。


「我々はこの辺りで人を探しているのですが。このような人物を見ませんでしたか?」


 男たちが天音に見せた写真にはさっきここで公安と名乗っていた女性の顔が写っていた。天音はいつものかっこつけた態度をみせる暇もないほどに困惑していた。


「あの……どちら様でしょうか? 今ちょっと忙しくて……」

「この女性を知っているのか知らないのかどっちですか??」

「し、知らない……。他をあたってくれ」


 天音はそう答えると男たちは外へ出ていった。


(あれは警察だな……けどやけに荒っぽいな……。それに……あいつは……)


「あれ……公安の人たち…………」


 天音の背後からタオルで頭を拭きながら十がいきなり話しかけた。ひどくおびえた様子で声も今までよりもずっと震えていた。


「ま、まじか!! やっぱりな……。テン、お前、あいつらから逃げてここへ来ただろ?」

「………………」

「じゃあもし俺がさっきそいつらにその写真の人は今奥でシャワー浴びてるって言ったらどーするつもりだったんだよ……」

「…………爆弾」


 テンはどこから出したのか、背後から手のひらサイズの黒くて四角いものを天音にひょいと見せた。


「バっ、この大バカタレが! ど、どこからそんなもん持ってきた!? 人んちでド派手なことしようとしてんじゃねぇー!!」


「……あの子は帰ったの?」

「ああ。ほら、ブラックのコーヒーとコーヒーに合うもんだ」

「……この白いの、爆弾?」

「バカタレ! 一緒にすんな! これはマシュマロっていう駄菓子だ」

「ましゅまろ?」

「食ってみろよ」


 テンはマシュマロをそっと一つ口に入れた。


「……ふわふわしてる、甘い」

「こいつはな深海1万メートルの海に沈めても必ず元の形に戻るほどやわらかくて強いんだ。柔軟な思考を持つ名探偵おれみたいだろ?」

「……やわらかくて……強い」

「ああ、そうだ」

「…………じゃあそろそろ詳しく話そうかな。……私の、この国のトップシークレットを。美咲町の駄菓子屋探偵の天音純」

「……ああ。分かりやすいように頼む」

「……。できる限りね」

「で、その依頼は? それは重大な依頼なんだろ?」

を知ってる?」

「あかざわ……らん? その人も公安か?」

「普通の警察だったはず」

「警察か、そうか……」


(どこかで聞いたこと、あるような……)


「今どこにいるか知りたい。それだけ……」

「それくらい公安ならすぐに調べられるんじゃないか?」

「……できない。全部が全部を否定するつもりはない……。ただ、私が所属していたJOKERという所は……控えめに言って地獄だ」

「俺は警察じゃないからわからないが、公安ってのはこの国の正義の組織なんじゃないのか?」

「警察だって知らないこと……ある。知ってるのは上層部の一部だけ」

「なら、そんな話。俺にしたらまずいんじゃねーのか?」

「……」

「ま、いいけどさ。ただ、俺は平和のため、誰かの笑顔のためと思ったら全力でやるだけだ」

「ごめん……。もし、」

「何も問題ねーよ。だから安心しろよ」

「…………」

「その赤沢蘭の件は信頼できる仲間に明日にでも聞いてやるよ。今日は一旦ゆっくり休め」

「…………………………」

「って!! またもう寝てるし!!」

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