第23話 ロベリア➃
バーに着いたとき二人が最初に聞いたのは悲鳴声だった。先程のひったくり犯が床に頭から血を流して倒れていた。少し離れて彼を囲むように数人の客が呆然と立ち尽くしていた。入ってすぐ一番驚いたのは店内が水浸しになっていたことである。
「これはいったい……」
警備員も駆けつけて店を出ようとする人達を引き止めて警察を呼んでいた。水と雫は店の人に何があったのかを聞いた。ひったくり犯は水たちが着く五分前に店内に客として入ったらしく、しばらくして店内の明かりが全て消えた瞬間銃声が聞こえて明かりが点いた時ひったくり犯はすでに床に倒れていたと言う。その時、店内にはバーテンダー二人と老夫婦と若いカップル、そしてお忍びで来たという女優の七人が居た。水は近くで文句を言っていたカップルに話しかけた。
「せっかくのデートだったのにっ……最悪よ……この服も何円したと思ってるの!! さっきプレゼントも貰ったのに……」
「ホントだ! それにこいつを殺したヤツがこの中にいるってそこの老夫婦が言うんだぜ? 冗談じゃないよ」
「あの、すいません。 何で皆さん濡れてるんですか?」
「スプリンクラーだよ。あそこの爺さんが灰皿ひっくり返してテーブルクロスに火がついたんだ。君たちは学生か?」
「ちょっと家族を探してて……。それは事件の前ですか?」
「そうだよ。それでびしょ濡れになったと思ったら電気が全部消えちまってなんも見えなくなったんだ。そして銃声が聞こえてちょっとしたら明かりが点いた。そしたらこれだ……」
(どうゆうことだ……? 犯人は店内にいるこの7人の誰かで間違いないけど、暗闇の中でどうやってこのひったくり犯を狙ったんだ? 火の明かりを利用したと思ったけど違うみたいだし……)
「水、窓に穴はなかったしやっぱりこの中に犯人がいるはずだ」
(窓……got me notの文字がスプリンクラーで消えかけてる……)
「ワシを疑ってるのか! 灰皿をひっくり返したのはこのグラスを落としそうになった時に転んでそうなったんじゃ。それに婆さんもワシも目が悪い。暗闇でまったく見えんかった! 客の位置を見渡せたそこのバーテンダーのどっちかじゃよきっと!」
「なっ、電気をつけようと裏に行って復旧させたのは私ですよ!?」
「じゃあもう一人のお前ってことか?」
「早く警察呼んでちょうだい」
「警察は渋滞であと三十分来るのにかかるそうです」
「…………」
「落ち着いてください!!」
店内は犯人探しが始まり混乱していた。
雫は銃で殺されたひったくり犯の周りを調べていた。
「どうしたの? 雫」
「こいつ、水の財布持ってない……」
(このひったくり犯、外国の人だったんだ……どうして殺されたんだろう……)
「雫。今はそっちは大丈夫。それより何か分かった?」
「ワイングラスのステム、持ち手の部分が折れて床にワインがこぼれてる。きっとワイングラスを持って歩いてたところをやられたんだ」
「ちょっとすいません。ワインを渡したのはあなたですか?」
「はい。今日はイベント日でして、最初の一杯はこちらが選んだワインを無料でお渡ししていました。ほら、そこのカウンターにまだ配ってないのがあるでしょう?」
「Happy birthday……」
「ああ、それもサービスでして、メッセージを書いて渡すんです」
「あ! すいません! ちょっとこすったら消えちゃいました」
「水性ですからね。スプリンクラーのせいですよ」
「じゃああの消えかけた窓のgot me notもこの水性ペンで書いたものだったのか……」
「got me not? ああ、forget me not ですよ。忘れないでっていうような意味なんですが店長が書いたんです。外から見たら反転して恥ずかしとも言ったんですけどね……」
水はそう言われて一番奥のforget のfor が書かれていた所に向かった。
(ここは近くの天井にスプリンクラーがあったからちょうどforがもろに影響を受けて消えたのか。スプリンクラーはまだ他のところにもあったから水浸しになるわけだ)
「水! 今の話ホント?」
「え? forget me not ?」
「そっちじゃなくて水性ペンの方!」
「バーに来たお客さん全員に最初の一杯は水性ペンで書かれたメッセージと一緒に無料で渡したってさ。それがどうかした?」
「なら、ボク。犯人が分かったよ」
今までそれぞれが騒いでいた店内の客は雫のその言葉でシーンと静まった。
「このひったくり犯改めジョン・フォーさんを殺した犯人はこのワイングラスを配ったそこの電気を直しに行ってないバーテンダーだ!」
「!?」
「さあ、銃を隠し持ってるんだろ?」
「違う! 私はやってないですよ! 証拠も無いのに……」
「証拠ならジョン・フォーさんが最後まで持ってたこのワイングラスにある」
「そんなもの……」
「あんたがこのワイングラスにメッセージ書いたんだろ? ジョン・フォーさんのはWelcome to Night って書いてある。はっきりと」
「そうですよ……みんなにメッセージを入れてたんです。それと同じように」
「同じように? いやさっき確かめたんだ。このワイングラスのメッセージだけ指でこすっても消えないぞ?」
「…………!!」
「雫……まさか」
「そう、このメッセージだけ水性ペンで書いたものじゃない」
「だからってそれが何で私が犯人になるって言うんですか……?」
「なら、確かめましょ。もう一人のバーテンダーさん、ちょっと電気を消してもらってもいいですか?」
「は、はい」
店内は再び暗くなった。
「ほら、ね? 文字が光ってる。これで犯人の場所を特定したんだ。聞いた話だと暗くなってたのは一分未満。このトリックを知らない人は少し前のスプリンクラーの起動も相まってただただパニックになったはずだ。こんな文字の明かりは気づかない」
「わ、私じゃない…………」
「明かりを付けてちょうだい。犯人がわかったなら私はもう帰るわ」
これまで黙っていた大きなサングラスをかけた背の高い女性が店を出ていこうとしたその時――
「まだ店を出ないで! 警察が着くまで誰も出ちゃダメよ。……雫。今説明してもらったトリックは正しい。私もそう思う。けど犯人はそのバーテンダーじゃないよ」
「!?」
「犯人は今出ようとしたそこの女性だ」
「ほう……私が?」
「そ、若手人気女優の
水一人で暗闇に紛れて集めたそのキーが今、真実への扉を開く――
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