第11話 中途半端な男



「揺るがない信念で、色々な技を磨いて全てにおいて負けない男になりなさい」


 父は警察官であり、周りにも自分にも厳格な人だった。黒斗くろとという名には他の色に負けないで強くなれという意味を込めたらしい。反対に母はどんなときも私の味方でいてくれた。幼き頃の黒斗はそんな名前や父におびえていたが母の支えがあり、何度も救われた。


「お父さんはああ言ってるけどね黒斗。お母さんはね、全ての色が混ざった、どんな色にもなれる黒って意味を込めたのよ」


 。その言葉を聞いて黒斗は小学校時代を前向きに送ることができた。ここまではどこにでもありふれた温かな家庭というやつだろう。


 しかし、その長く続いた日常は一瞬で終わることになった。父が捕まえた犯人の仲間が大神家に強盗に入ったのである。金品は奪われ、家は燃え尽きた。父と母は殺された。


「黒斗……私たちの……をまもって……」

「何を? 何を守るの? お母さん………… お母さん!!」


 あの時、母が何を守ってと私に言ったのかは今もまだ分からない。そこからは涙を振り払うために、いつか果たす目的のために父に言われた通りに色々な技術を身につけた。勉強や好きなバスケットボール以外に剣道、柔道、ボクシングなどの武術や料理や書道、ピアノなど幅広く自分にできることを増やしていった。ほとんどが独学だが一流に劣らない専門分野が今で百を超えるまでに至った。




 ◇




 しばらくして大神黒斗は父と同じ警察になった。町を守るためだの、平和のためだのと周りには話したが、それは建前であった。悪人の駆逐して、両親を奪ったこの町の浄化が本心であり、信念となった。


 こんな黒斗にも仲間ができた。黒斗と同じで表では言えないような信念を掲げたものたちだ。警察の名誉のために自分の友達が犠牲に捕まったことを根に持っている赤沢蘭あかざわらん。長年寄り添った親友に裏切られ、金を奪われてから全ての人を信用できなくなった紫咲むらさきゆり。いじめられた過去から弱者をいいように利用している強者に裁きを求める黄永公英きながこうえい


「黒斗さん! 僕たち3人もそれに協力しますよ!」

「組織犯罪対策特殊課か? これは私のこれまでの功績に免じて第一課の隅にひっそり1人用に作ってもらった俺の目的のための場所だ。給料こそでるが美咲町にしか存在しない異例中の異例の組織だ。そもそも君たちは目的が違うだろ?」

「目的や理由は違えどKARASUを追っているのは僕たちもです!危険も承知の上です!」

「分かった……今日から私たちは組織壊滅を最終目標にこの特殊課で活動する!」




 ◇




「これが噓偽りのない私の過去だ」

「はぁ~? めちゃくちゃいい話じゃんか大神先生~! ん? ちょっと待てよ。なーに裏切ってKARASUのメンバーになってんだこのバカタレ野郎―!」


 胸ぐらをつかもうとしてきた天音を大神はひらりとかわす。


「バカなのは探偵あなたですよ。裏切られたのはこっちです」

「どういうことだ?」

KARASUをすることになって特殊課を長く離れることがあったんです。情報を仲間と共有するために特殊課に戻ったら、もう特殊課というものは跡形もなくなっていたんですよ。そして

「なんだと!? 他の仲間はどうなったんだ? 警察が何だってそんなことを……」

「その件については丸っきり分かりません、要は家庭という居場所と仲間であった特殊課の居場所がなくなってしまったというのが私の過去です」

「KARASU、やめたのか?」

「ギリギリの状態です。スパイと疑われてもおかしくない状況ですね。まあもともと1人でやる予定でしたので」

「じゃあ今日から俺たちもその目的の組織壊滅に協力するぜ!」



 「ふざけるな探偵」


 大神は天音の胸ぐらを掴んで静かに怒った。


「今回の暗号を解かせたのも過去を話したのも全てお前への忠告だったんだぞ」

「……危険は承知の上だ」

「そーゆーことじゃない。組織も追う、探偵もやる、駄菓子屋もやる、みんなを守る、中途半端な道を歩いて得られるものなど何もない! その失敗例が私だと何故分からない!!」

「まだ失敗してないだろう? 大神先生」

「家族の復讐のために。力をつけるため。KARASU壊滅のために。生活を犠牲に色々なことを習得して経験して警察になった。だが初めてできた仲間に裏切られ、警察に殺された。残った居場所は恨んできた組織のKARASUだけ……こんな残酷なことがあるか。最初から全部もってるお前に僕の何がわかる?」


「あんたの信念はもう折れたのか?」

「なんだと?」


 天音は諭すように語りかける。


「駄菓子屋探偵が中途半端だのみんなを笑顔にするなんてガキのようなバカげた夢だのそんなことを言われたのはこれが初めてじゃないさ」

「それなのにまだ続けているとは、ただのバカということか」

「そうかもな。でも1つずつさ。1人ずつ。町に1万人いたとしたら1日に1人笑顔にしていったらいつか笑顔に溢れる町になるだろ? 探偵じゃあ少し堅いからよ、俺が昔に笑顔になれた駄菓子屋やり始めたんだよ」

「わからないですね、全く」


 これまで黙って二人の話を隣で聞いていた水が立ち上がった。


「出会ってから今日まで何がそこまで純を動かしてるのかは分からなかったけどね、この半端で子供のように全力なとこが意外と町のみんなを惹きつけたりするのよ?」


 天音は大神の手を胸ぐらから離した。大神は水の言葉で冷静さを取り戻し、席に戻った。


「中途半端に踏み込んだ者はその全ての居場所が無くなって1人になる、、失敗。か……。強い信念をもってないようなヤツがこんな大掛かりなことをして俺たちに危険を諭すようなマネはしなかったと思うが? それにそんな目はしねーよ。俺と同じ目はな」

「っ!!……」


 大神は言い返そうにも言葉が出なかった。


「この空間こそが今のあんたの居場所さ。あんたの信念、俺たちも支えてやるよ」

「……ふふ……バカですね、私の信念は探偵に支えられるほど腐ってませんよ」

「信念に従って中途半端を選んだ俺たちだ。中途半端でも夢が叶うことをどっちが先に証明できるか勝負してやるよ」

「私以上に中途半端な人はいないですからね、私が証明出来たら中途半端も悪くないってことになりますね」


 大神は天音たちのバカ正直で真剣な表情を見て肩の荷が軽くなったのか初めて笑った表情を見せた。天音も大神も何が正しくて何が間違いだったのか、敵と味方という議論に疲れて笑いあった。




 ◇




「最後に何度も言いますが私は味方でもなく敵でもないです。中途半端なので。これからは私の信念に従って生きていきます」

「組織に潜りすぎるなよ」

「とりあえず今は中途半端を活かして母の守りたかったものを知るために母が勤めていたこの学校でじっくりこの町を見渡そうと思います」

「そうか、」



(割り切るようになったな、もはや中途半端に誇りさえ感じる)



 こうして大神黒斗という男に振り回されながらもなんとか無事に学園祭は幕を閉じた。






『こちらコードネーム:。組織を嗅ぎまわっている天音純および潤羽水の情報が入ったカードをそちらに送ります』

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