第5話 辛い現実
「で。なんで誘ったあんたが怖がってるの……」
「べ、べべ別に? おっ俺から、はっ離れるなよ?」
「はあ……暗がりの廃工場でビビる探偵……かっこ悪いわねホント」
「バカタレ! 幽霊がホントに出たら、どどどーすんだよ」
商店街と美咲公園の間に位置するこの廃工場。間と言ってもすぐ隣りと言うわけではない。辺りは茂みに覆われて獣が住処にしてそうないかにもおそろしい雰囲気を醸し出している。そして今は夜の七時を過ぎた頃。人工的な明かりは無く、月明かりが射し込んでいる。今朝に雨が降ったこともあり、地面が少し濡れている。
「待て! この先誰かがいるっ! こっちの柱に隠れるぞ」
「なんでわかったの?」
「あれを見ろ、まだ新しいタイヤの跡だ。そして跡が一つだけということは……」
「まだ帰ってない……」
(内容はよく聞き取れないが奥から話し声がする! 2人、いや3人か!)
ブロロロンっ!!
大きなエンジン音が辺りに響き渡り、物凄いスピードでその場を去っていった。黒のワゴン車! 車のナンバーは暗くてよく見えない。
「あれあやしくない? 絶対あやしいわ。話しかけに行けばよかったのに!」
「確かにあやしいが別にあれが事件と関わりがあるとは限らないし、もし黒だとしても危険すぎるしな……」
「警察呼ぼ! ほらあんたの同級生だった千賀さん! って! ちょっと待ちなさいよ」
「事件の鍵が転がってるかもしれねぇ」
天音は先ほどの怖がっていた様子は噓のように勢いよく廃工場の中へと走っていった。
中に入って十五分、二人はスマホの明かりを頼りにして中を捜索し始めた。
なんかの部品製造工場だったのか――
(ん? これは……)
「どうかしたの? 何か拾ったの?」
「そうか……そーゆーことかもしれねえな」
これまでに拾ってきたキーワードが天音の頭に集約されて事件の真相を導き出した。
「なにかわかったの?」
「これまでの事件の真相とこれからの事件の真相を話す」
「あんたがそう言うってことは根拠が固まったということね」
「これから電話する千賀にある確認をして予想通りだった場合、さらに固まるぜ」
「話して」
天音は事細かく事件についてわかっていることを水に話した。
「……そうだったのね」
「今日は帰って、明日の昼にその犯人さんのいるとこいくぞ」
「わかったわ……」
廃工場を後にして二人は寄り道をせずに家を目指した。水は自分のアパートの玄関に入る直前まで聞かされた真相にかなり動揺した表情を見せていた。
「今日はゆっくり休め」
「うん、おやすみ」
今日は一日中、調査と聞き込みの繰り返しだったからかなり疲れさせてしまったようだな……。
◇
『もしもし、千賀か? ちょっと確認したいことがあってな』
『ちょ、切るな切るな! 昔毎日のように駄菓子奢ってやっただろ!? あのブタメンとか意外と高いんだぞ?』
『今回のはでけー事件なんだ。ほっとけば美咲町がいっきに吞まれちまう』
『ああ、ありがとよ』
――明日はいよいよ謎解きの答え合わせといきますか。
◇
「天音さんこんな真っ昼間に廃工場に集合ってなんなんすか?」
仕事の休憩時間に急いで駆けつけてくれたマッキーこと牧野さんは天音に何をこれからするのだと問いただして少しイライラしていた。
「もう少しだけ待ってくれマッキー。まだ役者が揃ってねえーのよ」
「あの、もしかしてこの人が変質者だったんですか?」
水は事前に天音に言われたとおりに依頼人である川西さんもこの廃工場に呼び出していた。
「それをこれから話すらしいわ。依頼人の川西さん、宅急便センターの牧野さん、そして私たち二人と、」
「いやあ遅れてすまないねー」
「八百屋さんの上居さんでな」
「時間も無さそうなので簡潔に進めるとしましょうか。まず今回の変質者事件の犯人、それは上居さん、あなたですね?」
「ははは、何を言い出すんだ天音ちゃん。証拠でもあるのかい?」
「まず川西やマッキーから聞いた話だとその変質者は青い帽子を被っていたらしい。宅急便センターの従業員が被ってるような帽子だ」
「ならその従業員の誰かが犯人じゃないのかい?」
「それなら僕が天音さんに言われて調べましたよ。従業員の中にあやしい人物はいません。そもそも外に行くときはルールで青い帽子ではなく白い帽子に変えるんですよ。わざわざ外に青い帽子を持ち出す人はいませんよ」
「そして上居さん、あんたの店である八百屋でよく着けてる帽子も青じゃないですか?」
現場に緊張が走る。そして数秒のことだった。
「そうだとも、、僕が変質者だった。ごめんよ天音ちゃん」
あっさりとした犯行を認める返事に真実を知る天音と水以外の二人は動揺していた。
「そしてここからが裏の事件の話だ」
「???」
「実は上居さんが犯人ってことはかなり前から分かってたんだ。あんな目立つ色の帽子なんて滅多にないからな。まあ確実だと思ったのはマッキーに確認取った後だけどな。これまで調べてたのは変質者事件の裏のことだ」
上居は酷く焦った様子で天音の方を睨んでいた。
「私は純に言われて浅川橋を渡った時、確かに襲われたわ。おそらく上居さんに」
「その時水と一緒にいた俺はある違和感を覚えた。それは噂を耳にした川西や襲われた本人である水には到底わからない違和感だ」
「僕が変質者の犯人だった!! それで終わりだろ天音ちゃん!!」
その大声に水や川西、牧野はしばらく何も声に出すことができずにいた。
「あんた、最初から女子生徒を襲うことを目的としてなかっただろ? 水や川西の通う学校は女子の割合が高いから変質者って言われてもしょーがないけどよ」
「…………いいや、違う!! 僕はたしかに女子生徒を襲った!!」
「上居さん、あんたは水が橋を渡った時、なぜ渡ろうとしたら拒絶し、橋を戻ろうとした時は追ってこなかった? 俺にはまるで橋の先に行かせないようにしてたように見えたのだが」
「き、気のせいだよ! ……あの時は刃物みたいなものが見えて怖かったんだ! だから追わなかったんだ! 違うかい?」
「そして今朝知り合いの警察に確認してきた。あの宅急便センターの近くの道、交通整備なんてやってるのはありえないそうだ」
「……」
「決まりだな……。あんたは変質者ではなく何らかの目的のために道を塞いでいたんだ。そして俺たち、知り合いを変質者として襲ったことで急遽道を塞ぐ方法を交通整備のフリに変えた。まあ昼って理由もあるかもしれねぇが」
「この廃工場ってことですか?」
「ああ浅川橋や宅急便センター近くの道を下った先はここだ。そしてさらにそれを決定付けるのが昨日たまたまここで拾ったこの青い手袋だ」
「…………」
「あんたは八百屋でよく野菜を掴む手袋を外してお客さんのお会計をすることがあったな。で、そん時によくその手袋を脇に挟んで落としてたよな? ここで何かお会計でもしてたのか?」
「もうやめてくれ!!」
上居は天音を両手で押し倒した。
「どうしても大金が必要だったんだよ……」
「いったい何があったんだ?」
「つい最近の出来事さ。美咲商店街が衰退しているのは知ってるだろう? みんな店を畳んじまって、僕の店も厳しい状況になって……そんな時にある男たちがやって来たんだ。これから言う時間にこの廃工場に人を寄せるな。それに見合う金は渡す。ってね。あやしい内容だと思ったさ! でもそれ以上に活気ある商店街に戻したかった!正しい判断ができない程に生活が苦しかったんだ! 金さえあれば…………!!」
上居はその場に崩れ落ちた。
「確かにこの世にはお金があれば解決することはたくさんある。だがな、手を汚してまで掴んだ金で解決して得るものなんてのは空っぽで脆い
天音は上居の胸ぐらを掴んで起こした。
「前にあげたわさびのり、あれ10円なんだぜ……? あんときの上居さん、偽りのない嬉しそうな顔してたぜ……」
「ぅ……すまなかった………………」
天音を含む全員がそのどうしようもならない真実を胸に、上居の放つ思うようにいかない現実の悔しさを乗せた咆哮にただ立ち尽くすのみだった――。
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