第3話 きな粉棒

 

町の時計はちょうど十九時三十分を表示している。比較的田舎である美咲町はロウソクの火を消すかのように一瞬で暗くなる。

 天音と水の二人で浅川橋に着くと同時に早速どこか怪しげな人物をたまたま見つけた。浅川橋と書いてある看板の近くをうろちょろしている黒いマスクに青い帽子の男を発見した。浅川橋は大人3人がギリギリ並んで通れるような狭い橋で、少し前に浅川橋とは別の大きな橋が出来たことで最近は人もあまり通らない。


「よし、水。ちょっと渡ってみろ」

「なんで!? 一緒に行くんじゃないの!?」

「俺も近くにいる。こういうのはだいたいターゲットを女性に絞っている可能性が高いんだよ」

「確かにそうだけど」

「いざとなったらこれを使え」

「ってこれ! じゃない!」

「そうそう、刺すと刃が引っ込むやつ! きな粉棒の当たり商品ね」

「ふざけないでよこんな時に!」

「まあまあ、いいからいいから」


 天音はおもちゃのナイフを水のポケットに入れてそっと背中を押した。


(まったく、あのバカ……後で駄菓子屋のきな粉棒を全部食ってやるんだから)


 人の気配はない。

 覚悟を決めておそるおそる歩き出した。

 なるべく男から離れてゆっくり橋を渡ろうとしたその時――。


「あ、あの~、すいませ~んっ~!!」


 暗くて顔で誰かは分からなかった。

 突然男が上着を脱ぎ捨て、上半身裸でこちらへ近づいてきた。誰がどう見ても危険な状態だったが、実際に遭遇するとどう対処していいかわからないものだ。


 (ヤバいヤバい逃げよう! これで確定だわ。通報して終わりよ!)


 水が全力で男をかわし、橋を進んでいった瞬間、天音もすぐに全力で走り出した。男は先回りして水が行く道を両手を広げて塞いだ。


「水! 戻れ!」 


 水が大声で呼ぶ天音のいる方へ戻ろうとした瞬間、男に腕を掴まれ、後ろに倒れそうになった。


「ここをぉ…………」

「やめて……離してっ!!」



 カランッ、カッ、カッ



 その時、天音に渡された例のナイフがアスファルトの地面に転がった。

 橋を照らす電灯で道に落ちたそのナイフが銀色にきらめいていた。


「ぁ、!」


 男は急いで上着を拾い橋を渡ってその場を立ち去った。


「大丈夫か水!」

「ええ……。あんたの予想通りみたいで癪だけど、貰ったおもちゃのナイフを本物と勘違いしたっぽいわ。暗かったせいね。」

「シンプルにビビって逃げたのか、私服警官とでも思ったのかよくわからないが、取り敢えず無事でよかった」


  二人は川西が待っている駄菓子屋に帰宅し、浅川橋で起こったことをなるべく細かく伝えた。


「あの男……何かただの変質者とは違うような気がするんだよな……どうも」

「どこがよ? 夜道で女子生徒を襲った変態野郎。The 変質者じゃない。川西さんから聞いた話と同じだったでしょう?」

「そうだな……」

「ごめんなさい……潤羽さん……私のせいで危険な目に」

「川西さんのせいじゃないわ。今回は犯人が8。こいつが2の原因で危ない目にあったわ」

「まあ俺のおもちゃのナイフでビックリ作戦のおかげで助かったじゃないか? そうだろ?」

「いてッ」

「はいはいありがと」

「目が怖いぞ……お前……」


 今日はもう遅いということで天音は川西を家まで送っていった。水も自分の家に帰る準備をしていた。送り届けた後、天音も家に帰ってきた。


(水も帰ったか……)


「――ん?」

「ああ! あいつ!!」


 レジにあったはずのきな粉棒が箱ごとなくなっていた。


「こりゃあ今月も大赤字だぜ……」

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