第2話 難事件の香り


 六月末の金曜日、学校から戻ってきた水は同級生らしき女子生徒を相談者として天音の前に連れて来た。


「お、そちらはのお客さんかな?」


 黒いスーツに身を包んだ天音はコーヒーカップを手にしたまま駄菓子屋には到底似合わない背もたれの長い黒い社長椅子の上で足を組み格好を付けていたが、歪んだ赤いネクタイと額に浮ぶ汗が身支度を急いで整えた事を明白に告げていた。


「気にしないで、この人ちょっとアr、いや、子供なのよ」


 その女子生徒は背が高い黒髪ロングではきはきした元気のよい子であった。礼儀正しい素振りから優等生であることがすぐにわかった。


「私は水さんと同じ高校の生徒会長をしてる川西響かわにしひびきというものです」


 しばらく話を聞くと二人の出会いは家庭科の授業で同じ班になり水に助けられ、そこから仲良くなったということが分かった。たしかに水は料理が得意だ。毎日のように俺に最高級ホテルに劣らない料理を作ってくれる。天才な探偵には天才な相棒がつくというのはよく聞くものだ……などと天音は心の中で言っている。


「で、そんな生徒会長さんの相談ってのは料理の上達ってわけではないんだね?」

「はい……最近学校周辺に現れた変質者を調べて解決して欲しいです……!」

「オーケー。その依頼受けるぜ」

「ちょっと待ってよ純! そんなの警察の仕事じゃない。ドラマみたいに上手くいくわけないでしょう?」

「いや、警察には言えない事情があるんだろ? 生徒会長さん」


 天音の視線の先には大事な日に赤丸を付けてある六月のカレンダーがあった。


「学園祭が近いの……。警察に言って延期や中止になっちゃうのは絶対嫌なの……」

「だってよ水? それに俺はドラマ出演をまだ諦めていない」

「は?」


 水はいつものように天音の中身のない話を面倒くさそうにあしらいながらも今のような学園祭が中止になるかもしれないという予想を響が言う前に察したところを少し凄いと思っていた。


「でもいざという時は話が通じる千賀さんを呼ぶことよ」

「へいへい、そんなやつに頼まなくてもピピっと解決できますよと。ピピっとね」


 千賀白せんがましろは天音の高校の頃の親友で過去に何度か厄介になっている。お互い平和意識が強くて芯が強い人間なのだがそこまで仲良くはないようだ。いい感じの距離があっていい刺激になる存在と言う。それと天音とは正反対で若くして警部になった優秀な人だ。


「それでその変質者の特徴や見かけた場所なんかはわかるか?」

「特徴は帽子をかぶっているのと毎回金曜日の夜あたりに見かけるらしいです、それで場所はかなりランダムで……学校を南に下ったところにある、その橋の反対側にさらに下ったところにある便、学校から南西にあるの3か所です。」

「3つがどれもまあまあ近いな。じゃ早速行くぞ水!」


(あまりにも変質者の情報が特定されすぎてる……もう警察に捕まってもおかしくないはずだがな……)


 学園祭の無事のために頭の隅に浮かんだ小さな疑問を一旦忘れて全力で事件に向き合うことにした。

 ちょうど金曜日ということで早速天音は駄菓子屋から最も近いところにある浅川橋へと向かった――。

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