3 神子中佐

「お! 女神のお帰りだ」


「見たところ、無傷だな」


女神と呼ばれた、神子みこ中佐は、延長軸のあるエンジ前方の空間に37mm機関砲を無理やり突っ込んでカウルをたたき出しにして、前方視界が悪い操縦席周りで、突然、失速する雷電の特性を知りながら、まともに着陸できるかさえ分からないような物にも関わらず、綺麗に着陸を決めた。


昨日、前方カウルの30㎜2門にあわせて37mmも乗せろと言ってひと悶着起こしたらしいが、結局は、30㎜2門おろして37mm1門に換装した。それだって十分大事だったと思うのだが……

そもそも、オリジナルには無いそこに、どうやって機関砲を隠し持っていたかぜひ聞いてみたい。


中佐は南方戦線が崩壊したので台湾上空でしばらく暴れていたところを本土防空へと呼びもどされて2日、本日がここでの初陣だったのだが、その噂に違わない活躍をされた。


「神子中佐、初戦6機全機撃墜とは、いやいや、鬼神ですな」


指令がわざわざ指令所から出て来て、雷電から降りた中佐に笑顔で話し掛けている。


「整備が行き届いていたおかげで全力で戦えました。あ、指令、私は鬼神じゃありません。女神です。機体横の天照大御神アマテラスオオミカミをご覧になったでしょう? 帝都の空の守護女神とでもしておいてください」


そう言って、飛行帽とゴーグルを外した守護女神は、背中までの淡い茶色の髪をなびかせ、薄茶色の瞳を輝かせていた。


白く透き通る肌と顔つき、華奢で細長い手足、その戦歴からは想像できないような可憐な方だ。


僕は、


「中佐は……日本人では無いのですか?」


近くにいた杉本整備長に聞いた。


「ああ、日本人は、日本人さ。中佐の父上がな……まあ、いろいろと訳アリなんだよ。だがな、帝国海軍唯一の女性戦闘機乗りにして撃墜数100越えのエース中のエースっていう事実は忘れるなよ。中佐に空であったら死ぬだけだ。味方でよかったな」


「整備長、とっても素敵なおもちゃありがとう。37mm機関砲、気に入ったわ。私のスタイルにピッタリ、あなたとは上手くやって行けそう」


神子中佐は笑顔で整備長に歩み寄り談笑している。なるほど、100機超撃墜の海軍屈指のエースは日本人離れした容姿といでたちから、わざわざ説明しなければ、雷電から降りて来るところでも見ない限り、説明書きと本人はまったく一致しなさそうだ。


「あら? あなたは?」


「整備兵の益子です。よろしくお願いいたします。中佐」


「そう、あなたの取り付けてくれた。37mm。照準も私の言った通りで狂いが無かったわ。ありがとう」


中佐は昨日、僕が作業をしていたのを見ていてくれたのか……

僕は、中佐に見つめられ、恥ずかしながら、顔を赤らめていたと思う。咄嗟に敬礼してごまかしたつもりだ。


「中佐、しかし、あんた、あんな機体で、よくも、まあ、まともに飛ばすね。驚くよ」


整備長が、すました顔で会話を引き取ってくれた。


そうだ、中佐の機体は驚くほどバランスが悪い、いや、一つの性能に全てを集中している。しすぎている。最高速、重火力それ以外は、全くの度外視、少し手首をひねればあっというまに失速するような機体のセッティング。まともではない。


「まあ、慣れとでも言えば分かりやすいのかな……身体の一部のようなもの……ですね。言い換えるとダンス、そう! ダンスを踊るのよ……あははは」


屈託なく笑う表情からは、空で会ったら、敵に絶望を与えるような戦闘機乗りには見えないが、人は見かけによらないとはこの事だな。

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