2 インターセプター

 高度10,000m、空は碧く澄みわたり、音は発動機の音が遠く聞こえるのみ。しばし、界下の喧騒を忘れさせてくれる。周囲に見えるのは、黒々とした宇宙との境界線だけ。私はこの神の領域を飛ぶと、いつも思う。界下の喧騒を忘れ、この漆黒の闇の神の領域へ誘って欲しいと。でも、それは、いつも神々に呼ばれることなく、再び、トリガを引くために現実の世界へと降りていくしかないのだ。


私は伊豆諸島から北上し茨城上空から南下したのちに気流に乗り東京上空へと攻撃を仕掛けようとしているスーパフォートレス6機編隊の迎撃に上がり、太平洋上、房総沖で、護衛の戦闘機がいない事から、お供の者の同行は丁重にお断りして単機で遊んでいる最中。


中途半端に、ついてこられても、それは邪魔なだけだから……


残弾、燃料、発動機、全て良好……残り4機……。


私の空に護衛もなしに、近くの友達の家にでも遊びに来るように、気軽に近づいたことを後悔しながら死ぬがいい……。


位置エネルギーを速度エネルギーに変換して一気にすり抜け、その瞬間で、37mmを斉射。鈍重な奴らなど練習用の的以下だ。ただ、気をつけなければならないのは、ハリネズミのように銃座がそこかしこにあるので、その弾に当たらないようにすればいいというだけ。


簡単な話し、まともに撃ち合わなければいいだけ。電子計算機で有線制御された各銃座は、やはりそれなりの脅威にはなるが……私の機体の前にはその電子計算機の計算速度すら追いつくことは出来ない。


一撃必殺、高速離脱。


全力降下中は余りに早すぎて姿勢制御すらままならない私の別注愛機。高速を追求するあまり翼端を300mm切り取った。そのおかげで、最高速はあがったけど、まともに飛ばせるのは私だけ、変に操縦桿をひねれば、その瞬間、失速してスピンを起こす、気難しい可愛い奴。


そして、全般馬力不足の我が軍の発動機の短所を埋めるため無理やり詰め込んだ大型マグネシュウム製排気タービン二基に機械式過給機二基。この子たちをつけたおかげで段違いの性能が絞れるようになった発動機だが、これだけでも整備長には苦虫をつぶしたような顔をされる。


仕方ない、こうでもしないと、我が軍の戦闘機はまともに米軍とやり合えないのだから。そして、極めつけは、帝都防空秘匿部隊に配備後に装備された出どころ不明の37mm機関砲。整備長が不敵に笑っていたが、なるほど、B29の急所をねらえば一撃で落とす事が出来た。面白いおもちゃをもらった。そのほかは翼内に30㎜砲を二門、但し単独発射機構に改造した、つまり、トリガ一回絞ると2門一斉に火を噴く機構をやめて、それぞれ、トリガを2つ付けて無駄撃ちをふせいでいる。贅沢は敵だから。誰かが言っていた。


大型機関砲なんてのは、当たればデカいけど、まず、その前に当たらない。それを当てられるのが職業飛行機乗りなのだが、今は、そんな奴は我が軍では片手ぐらいしかいないだろう。そんな一人が私、人呼んで ボルネオの女神。東京の女神に改名したいところだが。来てまだ、数日。おいおい、浸透させましょう。


では、そろそろ、行きますか。

私は奴らの頭上4,000m上空を速度を合わせて飛行中。このまま少し速度を上げてから、先行したのち、一気に急速降下10,000mから6,000mへ4,000m分の位置エネルギーを速度エネルギーへと変換する。


優しく、優しく操縦桿をひねり、背面飛行からおよそ5秒後に奴らが通るはずの私の真下へ向けて全力降下フルダイブする。

排気管から一瞬、火花が見える。かまわず、スロットルを優しく全開にして発動機の回転を一気に上げ切ると、それは独特の高い耳をつんざく強制冷却ファンと機械式過給機と排気タービンの金属音のシンフォニーを奏でながら強烈な加速度へと変換される。


今まで、静穏だった世界が一気に慌ただしくなり、機体のフラッター、ジャダーが、私に仕事しろと挑んでくる。


「そう、そう! 悪い子ね!! もっと、もっと暴れなさい!!」


速度は既に800km/hを超えた。この子の限界は確か750km/hくらいだったかしら、翼がミシミシ言ってる、いえ、機体そのものも、ジュラルミンの外装のしわ、フレームのゆがみを感じる。もう駄目だよ。って言っているの?


違うわね。


もっともっと、飛ばしてって。そう言っているのでしょう?わかるわよ。


楽しい!!


 遥か下方、私を見つけたであろう奴らの銃座から閃光が見えてくる。ターゲットの4機の上部銃座とお尻を合わせて12門の一斉射はなかなか壮観ね。


「でもね……。


遅い、遅い、遅い、遅い、遅い!」


私の愛機は並みの日本軍機の速度では無いのだから、照準調整が済んだころには、既に機体もろとも落ちていることでしょう。落ちながら反省をしたらいいわ。地表に落ちるまでには時間があるから。


そして……


私は艦戦乗りの頃から愛用している電影光学照準器に映し出されるスーパフォートレスの殿しんがりの胴体横、主翼の付け根、燃料タンクへと狙いを、クロスを定める。そこには帰り道の燃料があるから。


「……落ちろ……」


トリガを引いた。


途端に、美しいシンフォニーの間に割り込む、お腹の底に響く重低音の連続した発砲音。


さすがに、今までの30mmとは違うのね。


面白い!


帝都防空にまわされてスーパフォートレス相手に30mm機関砲で如何にたたかうか思案していたが、今度の整備長はなかなかの曲者の様で気に入った。


3……2……1


斉射終了。


機体をひねり右主翼後方から離脱。すり抜ける瞬間、窓から搭乗員と目があった。怯えた目をしてこちらを見ていたわ。


ふふふ……いい眼をしているわ。嬉しい……


下部銃座の射程範囲から抜けた辺りで、後方から爆発音が聞こえて来る。


3機目。


「どう! 父さん! この子の方が、まだまだ早いわよ!!」


次は上昇して、下部から攻撃しようと思うのだが、まだ、爆撃コースを変更しないようだ。しぶとい奴らめ。全滅覚悟か?どちらにしても、残りは海上で叩く必要がある。適当に爆弾を落とされてはかなわないから。

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