繰り返す、何度でも。

柚城佳歩

繰り返す、何度でも。

いつもと同じばずだった。


道路沿いの歩道、隣には相田あいだあかり。

家が隣同士で、母親同士が意気投合。

物心ついた頃には既に、家族みたいに側にいた。


家からの近さで決めた高校も同じになって、部活のない日には一緒に帰り、帰り道にあるスーパーでそれぞれ母親から頼まれた買い物をして帰る。

今日もまた、そんな代わり映えのない一日のはずだった。


夕食のメニューであろう買い物を済ませ、スーパーを出てすぐ。

誰かの叫び声とけたたましいクラクションが聞こえた。

何事かと足を止めたら、大きなトラックが木を薙ぎ倒しそこまで迫ってきていて。

やばい死ぬ、と思った直後に横からの衝撃があり、アスファルトで肘や顎を擦りながら振り返った先にはあかりの姿はなく、スーパーの壁に突っ込んで停車した空回りするタイヤの下、人の手が見えた。


あっという間の出来事で、声も出なかった。

誰かが呼んだ救急車に乗せられ、病院で手当てを受け、警察から事情聴取をされた後、待合室に泣きながら飛び込んできた俺とあかりの母親を見て、漸くあかりに突き飛ばされて助けてもらったんだと理解した。


原因はトラックの整備不良からくる故障。

あの事故で怪我人は出たもののドライバー含め皆軽傷、あかりだけを奪っていった。

時間が経つと感情が追い付いてきて、やり場のない悔しさだけが胸の中に渦を巻く。

くそ、くそ、くそっ。

なんで動けなかった。

あかりの手を引くなり突き飛ばすなり出来たのに。それで俺は助けてもらったのに。

もう一度やり直せるなら、絶対に助ける。

戻りたい。あの時間に戻りたい。

強く願っても奇跡なんて起こるはずもなく、悔しさを抱えたまま、いつの間にか眠っていた。




翌朝、メッセージの着信音で目が覚めた。


『おはよう!おばさんからも言われると思うけど、今日は午後練ないから一緒に買い物して帰ろう』


「あかりっ!?」


送ってきた相手を見て一瞬期待してしまったが、こんな事あるはずがない。内容にも見覚えがあるし、何より日付が昨日だ。寝惚けて操作したんだろう。

ベッドにスマホを放り出し、のろのろと着替えをしているとまた着信音が鳴った。


『もう起きてるでしょ?見たなら一言くらい返事しなさい!』


「なんだ、これ……」


誰かのイタズラとは考えにくい。

でもあかりのはずもない。

わけがわからないまま、一言了解の返信をして準備を再開した。


違和感が確信に変わったのは学校についてからだった。

時間割、授業内容、友達との会話。全てが昨日と同じだった。

朝、母親があまりにいつも通りだと思ったのも、俺を気遣ったわけじゃなく、


極め付きはスマホの日付。

最初見た時は自分のが壊れたのかと思い、周りにいた何人かの画面も見せてもらったから間違いない。

見慣れたあかりの姿を見た時、つい泣きそうになった。あの瞬間をやり直せる。




放課後。あかりとスーパーへ行った。

ここへ来るまでに考えた事がある。時間をずらせば事故に巻き込まれないんじゃないかと。

いつもの倍近い時間を掛けて買い物をした。

あかりには急かされ文句も言われたが、あかりを守るためだ。これできっと大丈夫。

そんな期待は直後にあっさり打ち砕かれた。


誰かの叫び声。けたたましいクラクションの音。

壁に突っ込んだトラックと、隙間から見える下敷きになった人の腕。

スーパーから出た途端、あのトラックが真っ直ぐ迫ってきたのだ。

動く余裕なんて全然なかった。

視界に映る光景が目の奥に焼き付いている映像と重なり、何かが込み上げてきて堪らず吐いた。


救急車に乗せられ病院へ行き、警察にも説明して、母親たちが泣きながら駆け付ける。

全てが同じだった。あかりがいない事まで。

これが初めてループした時のあらましだ。

以来俺は同じ日を繰り返している。


夜眠ると、また同じ日の朝が来る。

最初は混乱したが、それ以上に、どうやってもあかりを救えない自分が腹立たしくて堪らなかった。事故が事前に起きるとわかっているのだから余計だ。


あかりを先に帰らせ一人で買い物してみたり、寄り道して遠回りしたり、隣町の商店街まで行ってみたり、真っ直ぐ帰宅してみたり。

いろいろ試したけれど、どうやってもあの場所であかりは事故に巻き込まれてしまった。



人が死ぬところなんて、何回経験しても慣れる気がしない。近しい人間なら尚更だ。

今日でループして十回目。

いっそ、俺が関わらない方がいいのかもしれない。半ば自棄糞やけくそな気持ちで学校をサボった。あかりからの連絡も無視した。


ただ無為に時間が過ぎていった。

そして、テレビでもネットでもあの事故のニュースが速報で入った。

もうどうしろっていうんだ。

どうやったらあかりを救えるんだよ!


その時、電話の着信音が鳴った。

発信元は園田そのだ

きっと俺が学校を休んだ事と、あかりの事故のニュースを知って心配してくれたんだろう。

園田とは中学からの付き合いだが、出会った当初から変な奴だった。

オカルトとミステリーが好きで、怪しげな雑誌を毎月欠かさず愛読している。

普通ならあまり積極的に関わりたいと思わないのだが、妙に聞き上手で気付けばいろいろ話してしまう。


この時もそうだった。

俺は事故とループの事を話していた。

園田は、同じ日を繰り返しているなんて与太話を最後まで茶化す事なく聞いてくれた。


「同じ日をループしてて、その度にトラックが突っ込んできて相田が死ぬって……。いや、でもお前はその手の嘘とか冗談嫌いな奴だよな」


時折何か呟きながら、真剣に考えてくれている。

誰かに話したからかもしれない。ずっと胸に溜まり続けていた澱が少しだけ軽くなった気がした。


「ごめん。正直、今まで園田の話はあんまり、というか全然信じてなかった」

「いいよ、別に。オレもこの際だから言っちゃうと、信じてないなってわかってたし、それでも笑わないで付き合ってくれるだけで嬉しかったからさ」

「でも、話としては純粋に面白かったよ」

「だろ!オカルトには浪漫が詰まってるんだよ」


一通り話し終わった後、園田が声のトーンを変えて言った。


「なぁ、バタフライエフェクトって知ってるか?」

「バタフライエフェクト?」

「ほんの些細な事が、様々な要因を引き起こして、とても大きな現象に変わる引き金に繋がる事があるって考えなんだけど、相田を救うための鍵が何かあるんだよ。その変化がお前一人で足りないなら、オレも巻き込めばいい」

「どういう事?」

「例えば明日の朝、いや、戻った今日の朝?とにかくオレに電話して同じ説明をしてくれないか。オレは絶対に信じるし、協力もする。それで何かが変わるかもしれない」

「……わかった。やってみる」

「絶対に相田を助けような」


このループから、心強い味方が増えた。




園田の記憶は他の人と同じく朝になったらリセットされる。

けれど、朝の電話で前のループまでにわかった事を俺が伝える事で情報を共有して次の策を練った。

さすがオカルト好きを自称するだけはある。こちらが戸惑うほどにあっさりと信じてくれた。

園田を巻き込んだ事で、確実に変化が起き始めていた。


例えば俺とあかりが近くの公園で待機し、買い物を園田だけに頼んだ時は、事故現場はスーパーではなく公園になった。

不思議がるあかりを説得して、園田と二人で帰した時は、事故現場は変わらずあかりは無事。ただ他の親子連れがトラックに轢かれてしまった。

あかりが無事でもこれでは意味がない。


大きな変化を起こすための鍵が他にあるはずだ。

俺たちは次にトラックの事を調べ始めた。

何度も間近で見た。ニュースでドライバーの名前も見たし、ナンバーも特徴もはっきり覚えている。

園田が「こっちはオレに任せてくれ」と言うので覚えている限りの情報を伝え続きを一任すると、運送会社だけではなく、毎日必ず立ち寄るという場所まで割り出してくれた。


どうやら地道に聞き込みをしてくれたらしく、話を聞いた弁当屋さんによると、いつも弁当を買った後、向かいに設置された自販機でコーヒーを買っていくそうだ。


「ターゲットがいつもコーヒーを買うってんなら、オレたちで買い占めようぜ」

「それもバタフライエフェクトってやつか?」

「そう。どれがきっかけになるかわからない。何でも試してみよう」


俺の二十一回目の今日が始まる。




電話の後すぐに園田と待ち合わせて件の自販機に向かった。

一口にコーヒーと言っても数種類ある。

さすがにどの種類を飲んでいるかまではわからなかったので、二人で片っ端からボタンを押して買っていった。

ゲームのためにとっておいたお年玉のほとんどを使ってしまったが後悔はない。金ならまた貯めればいい。


すれ違う人に振り返られながら、大量の缶コーヒーを二人で抱えて登校する。

とても二人では飲みきれないので、先生にもクラスメイトにも配って回った。

そして放課後が来た。


俺とあかりと園田の三人でスーパーに向かう。

三人で買い物というのはまだ試していなかったからだ。

今までで一番緊張していた。

頼むからもう何も起こらないでくれ。

会計を済ませ、祈りながら外へ出た途端、近くに見覚えのあるトラックが見えた。

これでもダメか……!

しかしトラックはゆっくりと停車した。

何も、起きない?成功したのか?


「何してるの?早く帰ろう」


その場で立ち竦む俺を、あかりが呼ぶ。

あかりが生きて、そこにいる。




この時の詳細は、夜に掛かってきた園田からの電話で知った。

俺たちがコーヒーを買い占めた事で、あのドライバーはコンビニへ向かったらしい。

駐車場に停めた際に違和感を覚え、会社に連絡。

配送の荷物は代わりに来たドライバーが引き継ぎ、件のトラックは整備工場へ。

つまり、事前に事故を防げたのだ。


「やった……!」


今度こそ、誰も死なせず事故を防げた。

長い長い二十一日間の幕が漸く閉じようとしている。

お祝いとして、電話越しに園田と缶コーヒーで乾杯をした。

初めて飲んだブラックコーヒーは、想像よりは苦くなかった。




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繰り返す、何度でも。 柚城佳歩 @kahon

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