陥穽 2話
アイク視点
「速度上げー!そのまま突っ切れ、前の2隻は見なくていい、どうせあっちから追いかけてくる。」
船長の指示に合わせオールの調子を合わせる太鼓の音が早くなる。シバン、四番目の太鼓のリズムという意味で全力でオールを漕げという意味だ。俺もこんなところで副船長などを気取っていないでオールに噛り付いた方が役に立てると思うのだが。
「おめぇは漕ぎ手に回んじゃねぇよ。それよりも一隻でも相手を潰すことに集中してろ。チャンスがあればこっちの指示なんざ待つな。勝手に乗り込みな。」
そうは言ってもな。この先相手の船に飛び乗っても、相手は旗を降ろしただけの軍船だからな。オールの漕ぎ手は訓練された水兵だし、こちらが乗りこみゃ当然漕ぎ手とも切り合いになる。
皆切ってしまえば船は一人じゃ動かせんし、海の上を走るわけにもいかん。後でローズに叱られてしまう。
「乗り込むのは良いけどよ、どうやって船に戻れってんだよ。」
「乗り込むほど船が近づきゃやり様はいくらでもある。前みてぇに海の上を走る必要はねぇよ。一隻に時間を使い過ぎるなよ。全員切る必要はねぇ。航行不能にできるならそれだけして戻ってくりゃいい。」
「あぁ、それなら何とかできそうだ。舵輪とマストを根っこから壊しちまえば、そう簡単には復旧できないだろうからな。」
「はっはっは!そりゃいい。まさか予備の舵輪を持っているわけでもあるまいしな。舵輪の台座毎やっちまえば少なくともこの海戦の最中じゃどうにもならんな。」
そう笑いながらも、次々と船長は指示を出す。ワッチからも刻一刻と変わっていく状況報告が上がる。すでに旗艦からの連絡旗は見えなくなって、これ以降のこの船の動きは船長の腹一つにかかってくることになる。
前方の2隻はこちらにケツを見せて快走していたがそのまま左右に舵を切り始めた。ワッチからの報告では既に前方左右からこちらに向かって全速で突っ込んできている船が合計4隻見えたという報告が上がっている。このままいけば俺達だけで6隻を相手にすることになりそうだ。
「取り舵10!左舷の右側の奴とすれ違う!アイク出番だ。船を近づけすぎるなよ!ラムを食らうぞ。
距離は大分あるが、行けるか?旦那。」
「あぁ、ロープを使わんでいいなら何とかする。あっちのマストが全部倒れたらそれが合図だ、迎えを頼む。」
「了解だ!迎えが遅れた時は敵さんを可愛がって時間を潰してくれや。」
敵もただこちらとすれ違うだけで済ます筈もない。漕ぎ手に回っていた海兵もデッキに上がってきて既に双方激しいバリスタや弓矢の応酬が始まっている。此方の左側面を取るべく左舷の2隻が取り舵を切り始める。
「中々こちらの思う通りにはいかんか。予定変更だな。左舷の左一隻にラムを仕掛けるぞ!アイク、お前さんは右の一隻を潰してくれ。」
「いいのか?このまま足を落とせば右舷側の2隻が突っ込んでくる。」
「時間を掛けりゃやばいけどな、右舷の奴らが追いつく前にお前さんが2隻とも潰してくれるをの期待してるんだよ。
丁度奴らの船に挟まれる形で間に滑り込むから手早くやりゃ右舷の奴らに横っ腹を突かれることはねぇ。相手も此方のラムをおとなしく食らってくれるわきゃねぇからな。左側は接舷して切り合いになるって予想だ。
手早く頼むぜ!」
何とまぁ俺頼りの大した指揮だと嫌味の一つもかましたくなるが、4隻に囲まれ、お代わりが2隻いる状況でただ逃げるんじゃなくて6隻全部食うつもりなら、まぁ仕方ない。
どうやら残りの7隻はこちらの本隊を追っていっちまったようだしな。
普通なら接舷した2隻とやり合っているうちに周りを囲まれて終わりだけど、そう上手く相手の思い通りにはさせてやれん。
船長に応と軽く返事をして手早く見張り台まで登り、タイミングを見計らい見張り台とマストを壊さない程度に力を加えて飛び出す。普通の人間ではロープを使っても到底届かない距離、いくら俺でも足場がしっかりしていないとジャンプだけじゃ届くのは難しい距離。届かせようと力を籠めりゃ見張り台もマストも吹き飛んじまう。
少しだけ浮遊の魔術を使ってズルをする。周りから何となくあり得るのかな?程度に見えりゃそれでいい。飛び乗る軌道がワイヤーワークを使った映画の特撮の様に見えているかもしれないけどな。
迫りくる敵船の間にこちらの船が滑り込む寸前に、舵輪をめがけて一気に突っ込む。着地の寸前に鋼の六角崑を舵輪に叩き込む。
安心しろ!ちゃんと手加減は出来ている。返す刀で手近なマストを叩き折り、もう一本のマストの方に走り出す。衝突に備えていたのか、射かける事もせずに手近な物に掴まっていた敵兵は誰一人として常識外の展開についていけていない。
まるで木偶の様に俺の動きをただ眺めている。態々相手が立ち直る時間をくれてやる積もりは無いからな。奴らが俺を明確に敵だと判断するまでにはもう一本のマストも叩き折って遠ざかりつつある自船にデッキから飛び出す。
当然、土台になった船へのダメージを考慮しない勢いで飛び出したから、足場になった船のデッキは衝撃でバラバラに弾けてしまったようだが、沈むことは無いだろう。
「よう、戻ったぜ。」
空中で浮遊の魔術を使い微調整して船長の側にふわりと着地すると、数分ぶりで苦笑いの船長が迎えてくれた。
「旦那ぁ、派手にゃできねぇって言ってなかったか?」
「すっげぇ!流石アイクの兄貴だ!」
「あの距離を一っ飛びなんて信じられねぇ!エイリークが来たぞ!エイリークが来たぞ!」
アークルが騒ぎ始め、周りが声を合わせ始める。
船上にエイリークが来たぞの大声を上げながら左舷に取り付いた敵船にこちらからもフックを打って固定する。
「手早くやれよ!こいつをやってもまだ残り4隻あるんだ!フックもすぐに外せるように準備しておけ!
全員切る必要はねぇ、足を奪え!」
兵長のマーカスの言葉に応!と皆が応え一斉に乗り込む。右舷からの2隻はまだこちらに向かっている最中で、足を殺した右側の船が邪魔になっているらしくこちらに近づきあぐねている。
舵輪とマストを壊された右舷側の敵船は、オールで舵を取りながら場所を変えようと足掻いているようだが……。
「右舷敵船、沈みかけている!こりゃアイクの一撃で船底をやっちまったかもな。あっはっは、またアイクがやらかしたぞ!」
「いいんだよ!今回は拿捕が目的じゃねぇ、アイクの旦那!奥義でガンガンやっちまってください!」
戦友たちはもう俺の行動に慣れたのか、この程度の出来事じゃ驚かなくなってしまったようで、いいぞ、もっとやれ!と囃し立てる。
今までエイリークを恐れて周りに近寄りもしなかった奴らとどこが違うんだろうな、とふと疑問に思うが考えても詮無い事と今は割り切り、左舷に取り付いた敵船の舵輪にリクエストに応じて気を込めて六角崑を叩き込む。
叩き込まれた舵輪の土台が船底を突き破る確かな手ごたえ。
「旦那ぁ、やるならやるって言ってくださいよ!総員、船に戻れー!」
「急げこいつも沈むぞ!」
慌てて自船に戻り始める我が戦友たち。何が起きているのか理解できずに逃がすまいと追いすがる敵の海兵を適当に蹴散らして俺も自船に戻る。慌てて船を固定していたフックを外し始める我が戦友共。
自船に切り込みをかけてきていた敵さんはそれを阻止しようと動き出すが片っ端から俺が潰して回る。
傾きける敵船に巻き込まれてはたまらない。必死で固定したフックを取り外し終えるころには、一目でわかる位に敵船は傾いていた。かなり大きな穴が船底にあいたと見える。
沈む船と運命を共にするつもりはあちらさんにも無いようで、イチかバチかと此方側に飛びこんでくる敵兵もそれなりにいるが、速やかにあの世へ退場してもらう。
何人かは六角崑の当たり方がまずかったのかそのまま吹き飛んで行ったが、さして運命は変わらんだろう。
沈みゆく敵船から鼬の最後っ屁の様に矢玉が飛んでくるが、さして被害を受けないまま離脱に成功する。
この時点でこちらも既に何人かは死傷者が出ているが、未だに士気は上がる一方だ。俺はちょいとばかり気分が下がっちゃいるが、割り切れない程じゃねぇ。
「うっしゃ、まだ4隻残っている。更にあっちについてった奴らも何隻かいるんだ。獲物は両手に余るほど、手柄も立て放題だ。男冥利に尽きるってもんだろう!?
手めぇら気合い入れろ!奴らを食らいつくすぞ!!」
応!と船長の檄に皆が応える。下の方からオールを漕いでいる水兵たちが「エイリークがぁ、来たぞぉ」と声を合わせてオールを漕ぎ続ける。
右舷側から大きく回り込んできた2隻と、左右に展開して前側左右から挟み込むように反転してきた2隻に包囲されつつある状況で、それでもまだ勝利を信じて我と我が戦友は突き進む。友が血に濡れ、力尽きようとも己が命の尽きるまで。
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