貴方が帰るその日まで 3話
ローズ視点
「仮定に仮定を重ねてしまっていますから、当然確度は下がりますけど、今の所の結論としては王都での一件を切っ掛けにアイク様、もしくは私達に悪意を持つ勢力が一つ。そしてランシス王国内の反体制派が一つ。
ムルドがどちらに繋がっていたのかはわかりませんけど、この二つの勢力が手を組んだ可能性が高いですわね。
反体制派だけでは私達を敵に回す理由が弱いですし、アイク様か私達に敵意をもっているだけならアイルグリスと手を組む理由が薄い。外から敵を引き込むことになるわけですから当然、自分の権益を侵される可能性もあるわけですし。
香辛料の相場があれたことが切欠ですね。両者で話し合いがもたれて何らかの妥協が成立したと考えれば両者が手を組む可能性はあります。」
エリスがゆっくりと考えながら話をまとめ始める。
「そこで香辛料の情報を提供することでアイルグリスとの交渉を持とうとした。ん……。ランシス王国内では戦場の幽鬼エイリークの情報は、伝説ではなく確かな情報として貴族たちの間に伝わっているから。
そうか、私達をムルドに襲わせた理由は私たちを殺す事じゃなくて。」
「私たちの身柄を確保する事かぁ。ぞっとしないわね。つまりエイリークに対する人質として価値を認めてくれたって事ね。アイクさんが私達を人質に取られて素直に言う事を聞くとは思えないんだけど。」
そういうマリアにエリスが笑いながら応じる。
「かえって張り切って色々とやらかしそうですよね。まぁ、強化されてなかった場合、私たちはその時点で巻き込まれて死んじゃうかもしれませんけど。
その時はアイク様、落ち込んじゃうんだろうなぁ。うん、多分今のアイク様なら悲しんでくれると思うわ。」
はっはっはワロス。今の私達がおとなしく人質になれるはずがない。うっかり興奮状態で身体を動かしたはずみで回りに惨劇をまき散らしそうで本気で怖いわね。
そんなことになったら今度こそ大解放してしまいそうで、そればかりはシャレにならないわね。
周りを見渡すとようやく皆も納得顔になってきたようね。意を決したようにエリアがお嬢様と私に声を掛ける。
「ストレージ内のムルドを直接尋問すればもっとハッキリと状況がつかめると思うのですが、何故そうなさらないのでしょうか。」
まぁ、当然の質問だよね。昨日の時点でマリアとエリスには事情を説明しておいたけど、まだ皆には伝えてないのよね。
「あ~……。うん、人間ってさ結構丈夫なように見えて意外に脆いんだよね。ムルドたちが潰されたのは両足だし、死ぬことはないかなと思って最初は放置して階段の死体と外の死体の方を優先して片付けたのよ。
ストレージの機能を利用して、血や脳漿なんかの汚れなんかも収納できそうだったから少し時間をかけて試行錯誤していたら、2人の様子がおかしくなってきてね。」
「両足が潰れたら当然、脚部の大動脈ってわからないか、太い血管があってね。それが傷ついちゃう可能性もあるのよ。そこから血が出ると人間、そうは長く持たないのよね。で、ローズはついそれを忘れちゃってたと。」
う、痛い所をついてくる。元看護士の私の名誉の為に言わせていただければ、最初に見た段階では大動脈から出血しているようには見えなかったのよ。ただ、作業している段階で意識を取り戻した二人が何とか逃げようと藻掻いたせいで、その時に折れた骨が動脈を傷つけちゃったみたいなのよね。
「私が見た段階だと、大丈夫だったのよ。まぁ、言い訳は兎も角ね、今ストレージの外に出したら数十分で死体が2つ増えそうなのよね。」
「つまり現状では尋問も拷問もする暇もなくあっという間に死んじゃうからストレージに入れっぱなしって訳なのよね。私たちの手元でそんな大怪我をした人を直す手段は無いから、彼らを有効活用しようと思ったらアイクさんが戻ってこられるのを待つしかないのよね。」
顔を真っ青にしたサラクとラスタが各々頭を下げて謝罪してくるけど、少なくとも私たちの中では一番手加減が出来た方だし、足を刈るように命じたのは私だから、そこは気にしないように伝えておく。
「力の加減を学ぶための訓練が必要ですね。既に一度襲撃があったわけですから、すぐにまた襲撃があるとは思えませんし、今のうちにちゃんと動けるようになっておくべきだと思います。」
マリア付の侍女、エイラの意見にエリスが待ったをかける。
「訓練の必要性は否定しませんけど、再び直ぐの襲撃はないと判断するのはちょっと早計かもしれませんよ。
今回の襲撃が失敗したことをランシス側がアイルグリス側に伝える可能性は低いと思います。当然、自分は失敗した頼りないパートナーだけど一緒に頑張ろうとは中々言える事ではありませんからね。隠せるのなら隠すかと。
足並みをそろえるどころか、今まさに手を組むかどうかの選択をしている最中でしょうから。
さらに言えば多分、国内の反体制派とアイク様か私達に遺恨があると思われる因縁派が足並みをそろえているとも限りません。
アイルグリス側が私達を始末しようと考える可能性は無くはないですが、先程説明した通り今の段階ではそこまで判断がいきつかないかなと思います。ですが国内の今回手を出していない方の組織が既に襲撃があった事に気が付かずに手を出す可能性は否定できないんですよね。
その時一番厄介なのはレイモンド様が因縁派に含まれていた場合ですよね。あれでも一応次期公爵様の可能性がありますし、前皇太子の威を借り現当主を差し置いて色々と口も手も出していましたから。
彼から要請があった場合、子爵も配慮せざるを得ないかと。」
「アルベルトは既に鬼籍に入っているわけだし、今のレイモンドは立ち位置は微妙だけど、まぁいずれは公爵になるだろうから、確かに子爵としてもレイモンドの命令を無視はできないわよね。
まぁ、命令できる立場ではないはずなんだけどそういう建前は、この際意味無いし。」
私の言葉にエリスは頷いて続ける。
「子爵ならば当然ルーフェスにある兵力を動かせますし、当屋敷の警備兵も元はと言えばルーフェスの出ですから、子爵が敵に回った場合どうなるか。」
「そこまでやるかな?大体標的にはローズもいるんだよ。それを子爵は知っている。まぁ、今はお忍びの態をとっているけど、いや。お忍びだから知らなかったと言い訳することはできる訳ね。」
「まぁ、子爵を通じて既に公爵もローズがここにいる事は解っているはずですから、そんな言い訳はさすがに通用しませんよ。ただ、公爵家のお家騒動に巻き込まれるを良しとするとは思えません。
ローズは公爵家を継ぐのはレイモンドだと思い込んでいるようですけど、実は今の段階で一番ノーマン公爵家を継ぐ可能性が高いのはローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルム、つまりローズなのよね。」
いきなり落とされた爆弾に、私は一瞬言葉をなくす。だがマリアを除く周りの侍女や御者達は皆頷いているのを見て自分が今まで何か勘違いをしていたか思い返してみる。
「前の常識で考えていたのかもしれませんけど、一応この国は長子相続が基本なんですよね。レイモンドが嫡男として育てられていたのは単にローズがアルベルトと婚姻を結び王家に入る事が決まっていたからですよ。
まぁ、それでも男が当主である方が色々と都合がいいので、長子が女子の場合は色々と理由をつけて嫁に出して長男に継がせるパターンが多いのですが、それでも男女問わず長子相続を守っている家もたくさんあります。
ノーマン公爵家もその一つですよ?」
色々と頭の中で今までの思い込みが吹き飛ばされていく思いがした。フィミルの「なんで男が当主だと都合がいいのですか」という質問に「畑は種を一度に一つか二つしか実らせることはできませんが、種は彼方此方の畑にまき放題ですからね。お世継ぎを作るのには好都合なんですよ。ただ、種をまきすぎて後でトラブルを抱える家も少なくありませんけど。」と身も蓋もない事を言ってこの場の面々を赤面させていた。
だけどそんなことは頭に、少し、しか入ってこない。いやさ、一瞬エリスってすごいなぁって思って考え込むよりも吹き出しそうになったんだけどね。
てか、私の感じた衝撃を返してほしい。なんか真面目に考える気力がなくなったわよ。
そんな私の様子を見たエリスがニコリと笑いかけて話を続ける。
「だからアルベルト兄様がお亡くなりになった以上、ローズが王家に嫁入りすることは無くなったわけで、現状ローズとレイモンド様の公爵家相続はイーブン状態かな。
レイモンド様も色々とやらかしてしまいましたから、どちらかというとローズがかなり有利かもしれない状況ですもん。
子爵としてはローズに力を貸す可能性の方が高いですけど、こればかりはどう動くかは私じゃわかりませんわ。」
「レイモンドにある程度まともな思考力が残っていれば子爵に助力を頼むことは無いかもね。
第一子爵はダニエルさんを通じてエイリークを知っているわけだし、レイモンドにとっても目の前で惨劇を目撃しているんだから、こちらにちょっかいを掛けるとしても堂々と表に出るとはちょっと考えにくいわね。」
マリアの話を聞いているうちに最悪の事態は避けられそうだという事は理解できたけど未だに私自身混乱中で考えが纏まらない。
そんな様子を見たマリアが一度話を区切ろうと声を掛ける。
「そろそろ時間も良い所だし、今日の所はいったん話を切り上げましょ。さしあたっての結論は、何処からかわからないけどもう一度襲撃があるかもしれないから、それまでに動けるように訓練しておきましょうって事で。
通常業務を少しだけ早く切り上げてシャワーを浴びる前にひと汗かく感じでいいんじゃないかと思うけど、どうかな?」
マリアの提案は特に反対意見もなく満場一致で採択されてとりあえず本日の話し合いは終了したわ。
皆が解散した後、私付きのナバが次の面談の約束の為に応接室へ移動してほしい旨声を掛けに来るまで私は放心していたわ。
今更いいけどさ。それが解っていても今と同じ道を選ぶのは間違いないから問題は無いんだけどさ。ずっと色々と悩んでいたのよ。諦めていた事もあるのよ。なんかさ色々と、勘違いが憎い。
今日の夜は枕を涙で濡らすことになりそうね。あ、いいや二人を部屋に呼んでお酒に付き合ってもらう。うん、そうしよう。
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